触れ得ざる者

「――惰弱な。それでこのドーンロアの郎党が務まると思うてか」


 視線の先には、純白の聖衣をまとい、長剣から蒼白いオーラを立ち昇らせた壮漢が立っていた。


「消滅する前に教えてやる。この衣の前にはおまえたち天使も魔族と同じ悪魔系カテゴリーだということを」


 リーンガミル聖王国女王マグダラの王配ソラタカ・ドーンロアが臨戦の眼差しで、配下を追い詰めていたガブリエルに告げる。


「以前わたしと同じ “熾天使セラフ” にあなたと同じことを言って、言葉通りに打ち倒した勇者がいたわ」


 ガブリエルがゆっくりと向き直る。


「でもあなたは彼じゃない。まとっている “君主の聖衣ローズ・ガーブ” も “K.O.D.sナイト・オブ・ディスティニー・シリーズ” ではない。その鎧は遙かな昔、“K.O.D.s” を超える聖なる鎧を作り出そうとした古代魔導王国の工匠たちの執念の産物。でも人の手ではそれが限界だった。女神ニルダニスの創り賜ふた “K.O.D.s” に及ぶことはなかった。 その鎧ではわたしには勝てない」


「――ならば己が身を以て試してみるがいい!」


 瞬間、ソラタカの姿が掻き消える!

 装着者の能力を限界まで引き出す “君主の聖衣” の特殊効果バフが、マスターニンジャを超えるスピードをソラタカに与えていた!


 ギンッ!


 並の遣い手なら気づかぬうちに首が飛んでいる瞬息の襲撃を、熾天使もまた超絶の反射速度で受け止める!


「この剣も同じ! 魔剣 “貪るものカニバーン”! “退魔の聖剣エセルナード” を超える一剣を生涯を賭して希求した刀工の遺産アーティファクト! でもやはり届かなかった! まるであなたと同じだわ! ソラタカ・ドーンロア!」


「なんだと!?」


「届かぬものを追い求めて、命を燃やし尽くしてしまう! 執念は妄執もうしゅうに、妄執は怨念に! あなただけでなく周りの人間すべてを燃やし尽くす!」


「我に燃やされるなら、それまでの者ということよ!」


「その傲慢さ、全然 “楽しく” ない!」


 ソラタカの魔剣とガブリエルの神剣が絡み合い、激しい鍔迫り合いになる!

 二本の刀身が魔法の火花を散らし、闘争の視線が真正面からぶつかる!


「天使風情が知ったことを! かつて世界が滅びの淵に立たつたびに、おまえたちが何をしてきたか! 天の高みから見下ろしていただけではないか! 血を流し犠牲を払い、決して取り戻せぬものを失いながら剣を振るったのは我ら人間よ!」


 ソラタカの中で溶岩のように滞留し続けてきた憤怒が、舌鋒となって噴火する!


「そうして取り戻せぬものを増やしているのが自分自身だと、なせ気づかないの!」


 ガブリエルの熾天使の膂力が、“君主の聖衣” のバフを受けるソラタカを上回り、突き放した!

 トンボを切って跳び退るソラタカ!

 ガブリエルは追撃し、横薙ぎに神剣を振るう!

 その稲妻を帯びた一撃を、ソラタカの “護るものシールド+3” が弾き返す!

 猛然と打ち合う人間と熾天使!

 魔剣と神剣が戛然かつぜんと互いをぶつけ合う!


 打ち合う! 打ち合う! 打ち合う!

 斬り下げ! 斬り上げ! 斬り落とす!

 擦り上げ! 薙ぎ払い! 打ち落とす! 


 ソラタカの五人の配下が畏怖し、魂を抜かれるほどの激闘!


 ピシッ!


 熾天使の神鎧に細い亀裂が走る。

 ガブリエルの斬撃を弾きながら振るわれた、ソラタカの切っ先が掠めたのだ。

 

「殺意の籠もらぬ剣で、このドーンロアを殺せると思うてか!」


 ソラタカ・ドーンロアは “勇者” の聖寵を授かった、世界有数の迷宮探索者だ。

 二〇年前、即位前の王女マグダラとパーティを組み、史上最悪の簒奪者 “僭称者役立たず” の置き土産である “呪いの大穴” に挑んだ。

 “僭称者” と相打ちになり “呪いの大穴” に呑まれた弟王子アラニスを捜索するこの探索は困難を極めたが、ソラタカは巨大で凶悪な地下迷宮からアラニスの遺品である “K.O.D.s” の回収に成功し、彼の跡を継いで “運命の騎士ナイト・オブ・ディスティニー” となった。

 束の間ではあったがソラタカは確かに、“K.O.D.s” の正統な主立ったのだ。


 ガブリエルは思う。


 もしソラタカの幼馴染みの少女が非業の死を遂げることがなかったら、ソラタカはマグダラとの政略結婚に応じず、後に存在が確認された迷宮の真の主アーク・ダンジョンマスター魔太公デーモンロード” の討滅に赴いていただろう。

 そしてもし討ち果たすことができていたのなら、彼は今も “当代の運命の騎士” であり続け、ソラタカ・ドーンロアを取り巻く人間の運命は大きく変わっていたはず。

 ソラタカの使命を肩代わりし、双子の弟を狂わせてしまった兄の運命も。

 

 双子の幼馴染み――片桐貴理子。


 その気配が、熾天使の切っ先を鈍らせている。

 今は女神と解け合っている少女の想いが、ガブリエルを躊躇ためらわせている。

 兄を護ったように、弟もまた護っている。

 貴理子はその生が多くの人間の運命と結び付き、強い影響を与える存在。

 触れてはならない存在だった。


(……貴理子、あなたは死んではいけなかった……あなたが死んだことでこんなにも多くの運命が狂ってしまった)


「どうした、来ぬならこちらから行くぞ!」


 魔剣から立ち昇るオーラが持ち主の闘志の高まりを受け、一気に噴き上がった。

 ソラタカの気迫を “君主の聖衣” が “貪るもの” へと注ぎ込みフィードバックし、+5相当の魔剣の切れ味を倍加。高次元生命体天使・悪魔さえ斬り裂く、必滅の刃と化す。


 決着の一撃のためにさらに気魂を充実させるソラタカを前に、ガブリエルは理解していた。

 この人間を打ち倒すことはできる。

 天界で最年長の天使である自分の力は、最高級の魔法の武具で武装した勇者の力をなお上回って強大だ。

 しかし自分には、この人間の魂を解き放つことはできない。

 この男の魂魄をがんじがらめに縛る呪縛を断ち切り、本来の善性を腐敗させ続けるこだわりを解くことは、できない。

 それは自分の役目ではなく、貴理子もそれを望んでない。

 少女がその役目を担わせ、想いを託したのは――。


 ソラタカが先をとって動き、必殺の間合いに踏み込む!

 ガブリエルも遅れずに応じ、人間と天使の死闘は決着へと収束する!


「そこまでだ」


 静かだが抗うことのできない強制力が、ソラタカとガブリエルの剣を止めさせた。 



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※スピンオフ第二回配信・開始しました!

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

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プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

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