同胞★

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211793077351


飯牟礼俊位いいむろとしたか……大尉」


 りん光を発してにじり寄る八体の “憑屍鬼ワイト” に、壁に刻まれた傷文字の名前が零れました。


「なにっ!?」「えっ!?」「はっ!?」


 割って立つ前衛の三人に動揺が走ります。


「彼らは……巡洋艦『畝傍うねび』の日本人乗組員です」


 苦い事実を告げなければなりませんでした。

 “憑屍鬼” がまとう襤褸ボロは燐に塗れていましたが、よく見れば士官が艦隊勤務時に身につける軍装の残滓ざんしが見て取れました。

 なにより発せられている、この強い波動。

 怨念へと昇華……堕した無念。


「本当なの!?」


「『畝傍』の日本人回航員は、見習い士官を含めて八人だった……数は合ってる」


「ど、どうすんだ!?」


 “腐乱死体ゾンビ” に比べれば鮮度を保っているとはいえ、いずれにせよ不死属アンデッドと化してしまってる以上、魂を呼び戻すことは……。


「倒すのよ!」


 わたしの思考を、剣のように鋭い叫声きょうせいが切り裂きました。


「立ち塞がるならみんな敵よ! 魔物よ! 元が日本人だろうと関係ない!」


 スタッフにすがりながら叫ぶ安西さん。

 疲労困憊し呪文を唱える集中力も失せた今、声だけを武器にするように叫びます。


「恋っ……!」


 親友の変貌ぶりに、田宮さんが言葉を失います。


「安西の言うとおりだ! 立ち塞がるなら敵だ! 躊躇ちゅうちょするな!」


 隼人くんの叱咤に、動揺から脱するパーティ。

 わたしはスゥ……と小さく息を吸いました。


(強い怨念で力を増しているとはいえ、“憑屍鬼” は “憑屍鬼”。魔法も竜息ブレスもなく、落ち着いて麻痺パラライズ吸精エナジードレイン にさえ気をつければ恐い相手ではありません――)


「ならば、せめて最期は安らぎの中で! 隼人くん、早乙女くん、合わせてください!」


 重なり合う三つの祈り。

 身体の中に吹き起こる、清浄無垢な風。

 怨念と化した生への未練と無念を抱き留める、神々の抱擁。

 解呪ディスペルの聖なる祝福が、八体の“憑屍鬼” を包み込みます。


 一体、また一体と崩れ落ちる “憑屍鬼” たち。

 その身体は灰に。そして塵に。

 最後の一体が崩れ去ったとき、神々の御業が奇跡を呼びました。

 灰となり塵となって消えた身体の上に現れた、ひとりの壮年の男性。

 身にまとっているのは水兵セイラーのものとは明らかに違う、士官の軍装。


『君たちは……誰だ?』


 飯牟礼大尉の霊が、訊ねました。

 予期せぬ出来事にわたしも含めて、誰も反応できません。

 唯一動けたのは……。


「俺たちは……」


 隼人くんは答えかけ、そして胸を張って言い直しました。


「俺は日本人、志摩隼人。ここにいる四人の指揮官です」


 異世界で生き抜いてきた歴戦の戦士として、誇り高く堂々と。


『日本人!? 今、日本人と言ったのか!?』


「そうです。あなたは飯牟礼俊位大尉ですね?」


『いかにも。わたしは飯牟礼だ。どうしてわたしの名を知っている?』


「壁に刻まれた文字を見ました」


『そうか……そうだったな』


 急に濃い疲労を思い出したように、肩を落とす飯牟礼大尉の霊。


『確かにわたしは、壁に遺言を刻んだ……君も軍人なのか、志摩くん?』


「いえ、違います。ただ生きるために隊を組んで戦っています。本来ならもうひとりいたのですが、先の戦いで命を落としました」


 安西さんが何かを言いかけましたが、腕をつかんで制しました。

 今は隼人くんに任せるべきです。


『そうか……それは残念だった』


 飯牟礼大尉の霊は同情と哀惜の籠もった表情で少しの間、瞑目めいもくしました。

 五代くんに祈りを捧げてくれたのでしょう。


『我々もそうだった。この世界は過酷だ。わたしの部下たちも、ひとりまたひとりと死んでいった――志摩、もし知っているなら教えてほしい。ここは一体どこなのだ? 「畝傍」にいったい何が起ったのだ?』


 哀願するように飯牟礼大尉が訊ねます。

 隼人くんは努めて簡潔にできるだけ理解しやすいように、巡洋艦『畝傍』が陥った現象とこの世界アカシニアについて説明しました。

 飯牟礼大尉は驚愕し、言葉を失い、瞠目どうもくして聞き入りました。


『すべてを理解したとは言えない……だがおおよそは理解できたと思う』


 説明が終わり長い沈黙のあと、大尉は深い溜息を漏らしました。


『まさかそのような出来事に巻き込まれるとは……まるでサイエンスフィクション、

ベルヌの世界だ』


 意外な名前に、パーティに驚きの気配が広がります。


『ベルヌは仏蘭西フランスの作家だ』


 それは飯牟礼大尉が初めて見せた微笑でした。

 巡洋艦『畝傍』は仏蘭西で造られたふねなのです。


「飯牟礼大尉。今度は俺たちに教えてください。この迷宮に囚われたあと、あなた方に何が起ったのかを」


 隼人くんの問いかけに大尉は静かに語り始めました。


『……ほとんどはその石壁に刻んだとおりだ。新嘉坡シンガポールまでの回航は順調だった。だが日本までの最後の航海の途上、南支那海で大嵐に遭遇した。

 日本人の回航員を含め、仏蘭西人の船員、亜剌比亜アラビア人の缶焚かまたき、誰もが懸命に艦の保全に努めたが最後には転覆し、我々は海に呑まれた。

 ……そして気がつけば、この苔むした墳墓ふんぼに囚われていた。


 水と食料はすぐに尽きた。

 備品の大半は艦と失われ、我々とこの世界にきた物資はわずかでしかなかった。

 すぐに乗員の間に反目が広がった。

 仏蘭西人は仏蘭西人。亜剌比亜人は亜剌比亜人。日本人は日本人で固まって互いを

疑心の目で監視した。


 あの幻を見なければ早晩殺戮さつりくに到り、相手の死肉を喰らい合ってただろう』


「……あの幻」


『黄金だ! この墳墓の天井まで積み上げられた膨大な量の!』


 飯牟礼大尉の声に得体の知れない熱が籠もり、わたしたちは怖気に襲われました。


『仏蘭西人も亜剌比亜人も幻の黄金に取り憑かれ、この場から去っていった。

 我々は残った。士官としての矜持が我々を踏みとどまらせたのだ。

 彼らがどうなったのか、それから後のことは知らない。

 黄金に魅入られなかったとはいえ、我々も限界だったからな。

 飢渇きかつに苦しみ、仲間の死肉を喰らわぬために、最後は自ら命を絶つしかなかった。

 だがそれも結局は無駄に終わった。

 無念を残して死んだ我々は成仏できずに、亡者となってこの墳墓を彷徨うことになってしまった』


 誰もが無言でした。

 飯牟礼大尉たちがたどった数奇な運命に誰もが、語れる言葉がなかったのです。


『だが、どうやらそれも終わったようだ。君たちのおかげで部下たちもわたしも、やっと成仏することができる』


 飯牟礼大尉の姿が揺らぎました。


「大尉!」


『志摩……最後に教えてほしい。我が祖国は、日本はあれからどうなった?

 君たちが生まれ育った日本はいったい、どんな国になっている?』


 それはとても切実で誠実で……だからこそ答えがたい質問でした。

 隼人くんは立派でした。


「あれから……あれから日本は清国との戦争に勝ちました。露西亜ロシアとの戦争にも勝ちました。俺たちが育った一〇〇年後の日本は、世界で……一番豊かで平和な国です」 


『……そうか……そうか……清国との戦争に勝ったか。露西亜との戦争に勝ったか。一〇〇年後の日本は世界で一番豊かで平和な国か……』


 霊体であるはずの大尉の瞳から、滂沱と零れる涙。


『これで本当に思い残すことはない。ありがとう、異邦の地で出会った同胞たちよ。そこの扉を越えた先には深い “闇” が広がっている。我々には足を踏み入れることはできなかったが、君たちならば踏み越えることができるかもしれない。その先に希望があることを祈っている』 


 そして飯牟礼俊位海軍大尉は最後に見事な敬礼を見せ、安息の刻を得たのでした。


「……」


「……隼人くん」


「行こう。暗黒回廊ダークゾーンへ。そして希望を見つけ出すんだ」



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