絶句★
防護巡洋艦『
風雲急ヲ告ゲル対外情勢ニ鑑ミ、明治一九年一二月三日
本国ヘノ回航ヲ急グモ、南シナ海ニテ大嵐ニ遭遇ス
乗組員全員意識ヲ失ウ
気ガツケバ、コノ迷宮ニ囚ワレテイタ
水モ食料モ尽キル
狂気ガ忍ビヨル
黄金ノ幻ヲ見ル
仏蘭西人、亜剌比亜人ノ離叛相次グ
日本人孤立ス
我ラ還ルコト能ワズ
我ラ生キルコト能ワズ
祖国ノ行ク末ヲ案ジツツ、軍人トシテ名誉アル最期ヲ選ブ
日本国ヨ永遠ナレ
天皇陛下、万歳
大日本帝国、万歳
サラバ
大日本帝国海軍大尉
・
・
・
「……なんだ、これは……」
苔の下から現れた傷文字を読み、絶句する隼人くん。
「どうしたの?」
「
異変に気づいた田宮さんと早乙女くんが、駆け寄ってきます。
少し離れた壁際に座り込んでいた安西さんも、顔を上げました。
「もっとずっと驚くべきものです。そこの壁を見てみてください」
わたしは一歩下がり、ふたりのために場所を空けました。
隼人くんも
壁に刻まれた文字を判読するうちに、ふたりの顔色が変わっていきます。
田宮さんは驚愕に。
早乙女くんは困惑に。
「な、なによ、これ……」
期せずして田宮さんの口から、隼人くんと同じ呟きが漏れました。
「畝傍……なんて読むんだ、これ?」
「
「小山ですが万葉集にも詠まれている名勝です」
隼人くんの説明に付け足します。
前の世界では隼人くんは歴史が、わたしは古典が好きだったのです。
「この
「ちょっとまて! ちょっとまてって! 意味わかんね! なんでそんな
「だから同じなんでしょ……突然訳もわからないまま、この
田宮さんの言葉に今度こそ状況を理解する早乙女くん。
血が噴き出てくるほどに無念の滲む文言に圧倒され、言葉を失います。
「いえ、同じではありません」
「……どういうこと?」
否定するわたしに田宮さんが、訝しげな視線を向けます。
「わたしたちは純然たる自然現象によってこの世界にきました――ええ、そうです。
この世界の魔法では人為的な “異世界転移” は不可能だからです」
「そ、そうだ! 初めて会ったとき、確かマグダラ女王もそんなことを言ってた!」
早乙女くんが大きな拳で大きな掌を打ちます。
わたしはうなずき、言葉を続けます。
「ですがそれが可能な人間――いえ、場所が存在するのです」
「迷宮……ね」
「はい」
田宮さんの気づきに、わたしは再びうなずきました。
「迷宮はこの
「魔方陣? 迷宮なら人為的な “異世界転移” が可能になるということか?」
「そうです――迷宮には “
ですがわたしは “
その人は紛れもなく幕末の日本からきた剣豪でした。
アッシュロードさんやドーラさんは、中世期の “十字軍” とも遭遇しています。
迷宮支配者の “
「だが
隼人くんの意見に
「いえ世界を司る存在だからこそ世界の理のから外れることはないのです。“真龍”が三十郎さんや十字軍を召喚できたのは、迷宮だったからと考えるのが最も自然です」
「まって、それじゃわたしたちが倒してきた盗賊たちって!」
「ええ、おそらくこの畝傍の乗組員だった人たちでしょう……この迷宮の支配者は、わたしたちの想像を遙かに超えて邪悪です。連れてくるだけ連れてきてあとは狂うに任せた」
「むしろ積極的に狂気に導いた気配すらある――ここを見ろ。『黄金ノ幻ヲ見ル』とある。欲望を刺激して、正気を失わせたのかもしれない」
「水も食料も尽きて、あるのは絶望だけ。そんな時に “黄金の幻” 見せるだなんて、どこまで人間を愚弄しているのよ」
「偽りの希望としてこれほどの相応しいものはないでしょう。そして最低限の武器と防具だけを与えられた彼らは狂気を糧に、金塊貯蔵庫へ続く
「なんて野郎だ!」
憤りが場を支配します。
「――だがこれは示唆だ。迷宮なら “異世界転移” が可能というな」
重苦しい空気を払うように、隼人くんが力強く言いました。
「そうか! 連れてくることができるなら、還ることだって!」
「そうよ! そのとおりだわ!」
早乙女くんと田宮さんの表情にも活力が戻ります。
「瑞穂はどう思う?」
隼人くんがわたしを見ます。
突き刺さるほど真剣な眼差しが、わたしを捉えて放しません。
「あるいは……そうかもしれません。絶望も希望も、迷宮はあらゆる望みを受け入れてくれる場所なのかも」
わたしの抽象的な返事に、隼人くんが何かを言いかけたときでした。
視界の片隅で動く物がありました。
「
歪んだ時空のなせる業。
今の今まで安全だった玄室に、突然現れる脅威。
これが迷宮です!
「“
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211793077351
叫ぶなり魔法の
燐光を帯びた
「“憑屍鬼” なら
戦棍と盾を構える早乙女くんの言葉に、ゾクリ……! とした悪寒が走りました。
「いえ! もっと強い負の波動を感じます! おそらく
数多の不死属と
「げっ!?」
(なんです、この強い無念――怨念は!? とても “憑屍鬼” のものでは――)
そしてわたしは、ハッと気づかされたのです。
立ち塞がる不死属から放射される、強烈な波動の正体に。
「飯牟礼俊位……大尉」
壁に刻まれた傷文字の名前が、口から零れます。
にじり寄る八体の “憑屍鬼” は巡洋艦『畝傍』の、日本人回航員だったのです。
--------------------------------------------------------------------
※スピンオフ第二回配信・開始しました!
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』
https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579
--------------------------------------------------------------------
プロローグを完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
下記のチャンネルにて好評配信中。
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます