鏡の間★
迷宮の短い
「ま、まさか透明な迷路があるのか?」
「そう考えるのが可能性……いや
鼻を押さえながら呻いた早乙女くんに、五代くんが冷静に答えます。
「確かに……透明な壁がここ一枚だけって方が変よね」
吐息して同意する田宮さん。
「引き返せない以上進むしかない――行くぞ」
隼人くんが意思の籠もった声で
「透明とは言っても壁は壁だ。手間が掛かるが後ろを除く三方を常に確認すれば、マッピングはできるはずだ」
「誰かさんのプレゼントで “
「ええ、任せてください」
おどけた表情を見せる田宮さんに、余裕の微笑を返すわたしです。
「――どうする? また “一〇フィート棒” の代わりをやるか?」
「誰が! それはおまえの役目だろう!」
五代くんと早乙女くんのその会話を最後に、わたしたちはは “鏡の広間” の探索を開始しました。
広間は七×七
「……顔料が必要だったな」
先頭で透明な壁を探る五代くんが、ポツリと漏らします。
透明な壁に目印を付けたかったのでしょう。
「
「生きて戻れたら探しておく」
「生きて戻れるに決まってるでしょ! 変なフラグ立てないで!」
軽く田宮さんに答えた五代くんを、安西さんが叱りつけました。
五代くんは虚を衝かれた風でしたが言い返すことはなく、周囲を調べ続けます。
隼人くんの言葉どおり多少手間が掛かるものの、マッピングは順調に進みました。
魔物との
「この感じならすぐに全部調べられそうだな」
早乙女くんが意気揚々と言いました。
「すぐ調子に乗るんだから。遠足じゃないのよ」
「ずっと息が詰まってるよりもいいだろうが」
なにやら懐かしい光景です。
総務委員だった田宮さんはよくこんなやりとりを、早乙女くんとしていました。
教室……学校……生まれ育った世界。
今は遠くになってしまった世界。
「本当に透過性の高い壁だ。“永光” の魔法光もまったく反射ない。ガラスの比じゃないな」
見えない壁に手を添えて、隼人くんが嘆息します。
「でも誰がこんな仕掛けを作ったんだろう? あのトンネルを掘った人?」
「どうかしら? 盗んだ金塊を運び出すなら、こんな仕掛け邪魔なだけじゃない?」
安西さんの疑問に、田宮さんが首を傾げます。
「透明な迷路が先にあって、ここしか隧道を掘れる場所がなかったのかもな」
「問題はそこじゃないわ。誰があの穴を掘ったか。透明な壁を造ったか。同一の存在なのか、そうでないのか。敵か味方か。わたしたちの脅威になるのか協力者になってくれるのか――重要なのはそこでしょ」
「そもそもその存在とやらが、まだ生きてるのならな」
早乙女くん、田宮さん、五代くんと話が続く中――不意の予感に襲われました。
言語化できない据わりの悪い感覚に、後ろ髪を引かれるように振り返ります。
「どうしたの?」
異変に気づいた安西さんが、怪訝な表情を浮かべました。
他のみんなの視線も感じながら、わたしは後方の空間に手を伸ばします。
……コツン、
指先に返る硬質な感触。
「な、なに? なんなの?」
わたしはひとつ息を吐き、答えます。
「一方通行の壁です」
「え?」
「この広間の “透明な壁” には “一方通行の壁” も存在するようです」
動揺がパーティに走ります。
「ちょ、ちょっと待て! それってつまりどういうことだ?」
「つまりこれまでのマッピングが全部無駄になったってことだ」
狼狽する早乙女くんに、五代くんが冷たいほど冷静に言いました。
「調べるべきは三方ではなく四方だったってことか……迂闊だった」
後悔を滲ませる隼人くん。
「仕方ありません。そこまでは気づくのは難しいでしょう」
「でも、どうしよう……地図が……」
隼人くんを慰めるわたしの横で安西さんが、泣きそうな顔で地図を見ます。
「羊皮紙に余裕はあるのですよね? それなら心機一転、ここから仕切り直しです」
わたしは皆を見渡して力強く言い切りました。
「疲れたら休み、水を飲み、食事をし、時には睡眠も摂って、少しずつでもいいから着実に進むのです。想像以上に複雑な構造ですが、だからこそ魔物に遭遇する危険も少ないと言えます。今回真に克服しなければならない壁は――自分たち自身です」
隼人くん、田宮さん、早乙女くん、五代くん、安西さん。
全員の表情が引き締まり、決意が充ちます。
「瑞穂の言うとおりだ。必要なのは冷静にマッピングを続ける忍耐力だ。俺たちには充分にその忍耐力がある」
そこからはまさしく、忍耐の時間でした。
一区画進む度に前後左右を調べ、壁の有無を確認。
特に後方に壁が出現した場合は、一方通行の壁として地図に記す。
進んでは調べ、調べて進む。
疲れては休み、休んだら疲れるまでまた進む。
そこに血肉湧き恐怖に凍る魔物との戦いはなく、あるのはただただ神経にヤスリを掛けられるような消耗のみ。
ですがこれも迷宮探索です。これが迷宮探索です。
悪辣なことに一箇所、始点である隧道の出入り口への
広間の先が開けていたので喜び勇んで足を踏み入れた直後、パーティは振り出しに戻されてしまったのです。
そうですとも、これぞ迷宮探索です。
わたしは身の内に不敵な闘志を滾らせながら疲れた仲間を励まし、パーティを前へ前へと押し進めました。
消耗して動けなくなってしまう前に、この広間を抜けなければならないのです。
そして……わたしたちの忍耐が限界に達しかけたその時、広間は長い回廊となって終わりを遂げたのです。
回廊は南に延びていて、途中で東にわかれていました。
わたしたちはひとまずそのまま南に進み、突き当たりを東へ折れました。
すぐ目の前に扉があり、さらに――。
『『『ようこそ
沢山の奇妙な顔を持つトーテムポールが疲れ切ったわたしたちに、
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211788879325
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※スピンオフ第二回配信・開始しました!
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』
https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579
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プロローグを完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
下記のチャンネルにて好評配信中。
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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