除霊★

 ボンッッ!!!!


 破裂音とともに薬瓶から大量の煙が噴き出して、昭和のマンガのような光景が出現しました。


「は、隼人く――ケホッ、ケホッ、ケホッ!!?!」


 煙幕に遮られた隼人くんに向かって叫んだ瞬間、あっという間に拡散した煙を吸い込んでしまい、わたしは激しくせ返りました。

 気管が激しく刺激され、両目からは涙がボロボロと零れます。


「ゲホッ! ゲホッ! 失敗か!? ――おい、志摩っ!!」


「ケホッ、ケホッ!!! ――れ、恋っ!!? 大丈夫!!?」


 激しく咳き込みながら、隼人くんよりも安西さんを気遣う田宮さん。


(――そ、そうでした! 安西さんには喘息の持病が!)


 バンッ!


 そのとき乱暴に扉が蹴破られる音が響き、


「きゃっ!?」


 安西さんの小さな悲鳴が聞こえました。


「あ、安西さん!?」


「恋っ!?」


「だ、大丈夫、部屋の外に出た……みたい」


 安西さんの声には発作の気配はなく、ただ困惑の色がありました。


「頭を低くして外に出ろ!」


 やはり部屋の外から五代くんの怒鳴り声がします。

 その声を目指して、全員が転がるようにショートさんの仕事場から逃げ出しました。


「志摩っ!」


 煙の吹き出してくる玄室に向かって、再度怒鳴る五代くん。


「あ、ああ、大丈夫だ! 別になんともない!」


 すぐに隼人くんが応じました。


「無事なのですか!?」


「少し喉がむずがゆくなっただけで、薬ともども無事だ」


 煙の中から現れた隼人くんを見て、胸に手を置きひとまず安堵します。

 みんなを見てもポイズン麻痺パラライズ石化ストーンといった症状は今のところ見られません。

 刺激の強い煙で喉や肺がビックリしてしまったようですが、特に有害というわけではなさそうです。


「あの……ありがとう」


 安西さんが戸惑いつつも、五代くんにお礼を述べました。

 どうやら彼が咄嗟に、安西さんを部屋の外に引っ張り出してくれたようです。


「成功したのか?」


 五代くんは答える代わりに、隼人くんに訊ねました。

 その視線は隼人くんが手にする薬瓶に注がれています。


「わからない。でも色は変わった……変わってる」


 隼人くんの言うとおり蓋をされた薬瓶の中には、ピンク⇔グリーンと変色を繰り返すドロッとした液体が密封されていました。


「ど、毒々しいな。とても成功したとは思えねえぞ」


「ピンクになったり緑になったり……まるで信号機ね。気持ち悪い」


「でも、あの臭いなら確かに効きそう……」


 早乙女くん、田宮さん、安西さんが、それぞれ忌避の目で薬瓶を見つめます。


「とにかくバルサンもどきはできたんだ。ゴキブリに効くかどうか試してみるしかねえだろう。駄目なら――」


 ――また調合するまでだ。


 肩を竦めた五代くんの言葉に、他の誰もが自分たちの “ガチャ運” の無さを思い出し、暗鬱あんうつな気持ちになったのでした……。





「――それでは、どうぞよろしくお願いいたします」


 “時の賢者ルーソ” さまのの扉の前に立つと、トキミさんが丁寧にお辞儀をしました。


「おう! 期待しててくれ!」


 快活な早乙女くんとは対照的に、わたしを含めた他の五人の表情は晴れません。

 ショートさんの仕事場からとって返したわたしたちは、トキミさんに除霊薬が手に入ったことを報告し、再びルーソさまの物置に案内してもらいました。

 前回調べさせていただいたときは、扉を開けるなり守護者と思しき亡霊ゴーストが現れ、妨害されてしまいましたが……。

 今回はこの薬で退散ターンさせることができるでしょうか。


「あの臭いをまた嗅ぐかと思うと気が重いわね……」


「それじゃ、またあの金切り声を聞くのか?」


「ほんと、あなたって性格が悪いわよね!」


 物憂げに呟いた田宮さんが五代くんの辛辣な反応に一転、怖い顔で睨みました。


「五代、よせ。田宮も。おまえが金切り声になってるぞ」


「ふんっ!」


 隼人くんにたしなめられ、田宮さんは不機嫌を隠さずにプイッとそっぽを向いてしまいました。

 物置を守っている亡霊は侵入者を認めるなり、部屋中を飛び回りながら精神を苛む甲高い声で噎び泣き、追い払うのです。

 わたしや早乙女くんの解呪ディスペル も通じず、もし強引に押し入ろうとしていたら発狂してしまったでしょう。


「薬の調合が間違ってなければよいのですが……」


 わたしは慎重に両手に持つ薬瓶に視線を落として呟きました。

 念のために “恒楯コンティニュアル・シールド”の加護を施してあるその瓶には、ピンクと緑に変色・明滅を繰り返す不気味な液体が詰められています。

 スピリットについては一番経験を積んでいるわたしが、除霊を任されているのです。


「その時は五代の言葉どおり、上手くいくまで何度でも繰り返すだけだ。トライ・アンド・エラーは成功への第一歩だろ?」


「ええ、そうですね」


 励まされ、わたしは柔らかくうなずきました。

 隼人くんは探索者のリーダーとして確かな成長を見せています。


(いけませんね、高レベルのわたしがこれでは)


 胸の内で反省するものの、頼りがいのあるリーダーがいるのは心強く、それが気心の知れた幼なじみならなおのことで……。

 わたしは微苦笑を浮かべるしかありません。


「――よし、やろう」


 頼れるリーダーが表情を引き締め、両開きの扉の右側に手を当てました。

 左側には早乙女くんが回り、同じく扉に両手を突きます。


「枝葉――瑞穂、いいか?」


「いつでもどうぞ」


「行くぞ、早乙女!」


「おう!」


「「――せりゃああああっっっっ!!!」」


 ふたりが気合いとともに勢いよく扉を押し開くと、わたしはパーティの先頭に立って室内に足を踏み入れました。


 ボワッ!


 すぐさま床から襤褸ボロをまとったおぼろげな姿が湧き出て、部屋の中央に浮かび上がります。

 この玄室の守護者である亡霊―― “怨霊ガスト” です。


「KiYyyyyyyyiiiiiiiiッッッッッッ!!!」


 途端に金属を擦り合わせるような甲高い泣き声を上げて、“怨霊” が飛び回り始めました。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211748392526


「くそったれ! またレイダースインディ・ジョーンズかよ!」


 早乙女くんが両手で耳を塞いで罵ります。

 ですがいくら聴覚を遮断しても “怨霊” の声は直接脳髄に響くのでした。


「いきます!」


 わたしは精神の黒板に爪を立てられるような声に顔をしかめながら、叫びました。


(――お願いします、ショートさん!)


 保存瓶の蓋を捻り開封すれば、たちまち煙とともにあの強烈な刺激臭が玄室のいっぱいに拡がります。

 そして “不快な叫び声” と “不快な刺激臭” とが激突し、さらに “不快な絶叫” へとつながったのです。


「KiGYAaaaaaaaaaーーーーーーーッッッッッッ!!!」


 ”怨霊” がのたうち回るように、玄室内を飛び回ります。


「うわっ! 危ねえ!」


 早乙女くんがすんでのところで、向かってきた “怨霊” から逃れました。


「絶対に避けてください! 触れられれば吸精エナジードレイン されます!」


 わたしは飛び回る “怨霊” を注視しながら、叫びました。


「――効いています! もう少しです!」


 はたしてわたしの観察は正しかったです。

 “怨霊” は最後に一際不快な金切り声を上げると、玄室の天上に激突しそのまま霧散しました。

 一秒、二秒……再び “怨霊” の半透明の姿が現れることはありません。


「…………やったのか?」


「ええ、妖気は去りました。退散したようです」


 わたしを含めた全員が大きく息を吐き、緊張を解きました。


「今回は “ガチャ運” がよかったようね」


「運ってのは巡るもんだからな。いつも最悪ってことはないさ」


 笑顔を浮かべる田宮さんに、早乙女くんがニカッと笑い返します。


「――見ろ!」


 部屋の中に視線を走らせていた五代くんが、鋭い声で注意を引きました。


「え? いつの間に……」


 それに気づいた安西さんが困惑げに呟きます。


「“怨霊” はあれを守っていたようですね。守護者が退散したので出現したのでしょう」


 全員の視線が集まる、玄室の中央。

 そこにはそれまではなかったはずの豪華な宝箱チェストが出現していました。


「どうやら、あれが聖櫃アークようです」



--------------------------------------------------------------------

※スピンオフ第二回配信・開始しました!

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

--------------------------------------------------------------------

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る