調合

『ガァー、オイラの仕事場にようこそ』


 水晶玉から光が伸び、宙空に “ダック・オブ・ショートショートのアヒル” さんの姿が投影されたのです。


『留守をしていてすまなかったな。

 オイラが、霊のコンサルタント “ダック・オブ・ショート” だ。


 あの門番どもを打ち倒してここまで来たんだ。

 さぞかしな覚悟と事情があってのことだろうよ。

 わかってる。皆まで言うなって。

 あれだろ、オイラを訪ねてきてくれたってことは除霊したい奴がいるんだろ?


 助けてやりてえとこだが、見てのとおりオイラは他の仕事で出かけちまってる。

 待っててくれてもいいが、食い物はねえし、オイラもいつ戻れるかわからねえ。


 そこでだ。

 どんな手強い霊魂スピリットでも一発で除霊できる、オイラのとっておきの秘薬の作り方を教えてやる。

 ああ、とっておきだ。とっておきの除霊薬だ。

 材料はこのテーブルの上にあるはずだから、好きに使ってくれてかまわねぇ。


 作り方は簡単だ。

 まず “アメーバのゼリー” に “スライムの挽肉” を混ぜる。

 それに “イモリの汁” を加えれば、大霊媒師ショート様とっておきの除霊薬の完成だ。

 コイツは効くぜ、ガァ!


 そいじゃおめえ、もしくはおめえさんたちの頭に良い閃きスパークが散るよう祈ってるぜ。


 それと――。


 もしおめえ、もしくはおめえたちがただの盗賊の類いだっりした場合は、あとで迷宮中の霊どもスピリッツをけしかけてやるからお楽しみにな――ガァ!』


「「「「「「…………………………」」」」」」


 投影が終わりショートさんの幻影が消えたあとも、わたしたちはしばらく黙り込んだままでした。


「わ、わたしパス! 調合は他の人がやって!」


「わ、わたしもです! “スライムの挽肉” なんて絶対に無理!」


 いきなり田宮さんが裏返った声で叫べば、負けじと安西さんも声を裏返します。


「あ~……できればわたしも辞退したいです……ごめんなさい」


 わたしも『……あははは』と引きつった笑みを浮かべて、遠慮がちに申し出ます。


 女子ズルい、超ズルい……ですよね。

 ごめんなさい、まったくもってそのとおりです。

 ですがさすがに、アメーバに、スライムに、イモリはないです……。


「「「……」」」


 女子が早々に逃げ出してしまい、顔を見合わせる男子ズ。


「「「……はぁ~~~」」」


 深くやるせない溜息のあと、やにわに顔色を変えて、ふん! ふん! ふん! と、グー! チョキ! パー! のジャンケンポン!


「おーし!」


 ガッツボーズをしたのは早乙女くん。


「ま、頑張れ」


 ポンと肩を叩き、クールに声援エールを送ったのは五代くん。


「…………」


 そして自分の出したパーを呆然と見つめているのが隼人くん。


 ああ、隼人くん。

 あなたは知らないでしょうが、あなたはジャンケンで必ずパーを出す癖があるのですよ……。

 かくいうわたしもリンダに教えられるまで気づきませんでしたが、そうなのですよ……。


「…………はぁ~」


 今度はひとりだけで再びやるせない溜息を吐くと、隼人くんは顔を上げて円卓に向き直りました。


「し、慎重に。慎重によ、志摩くん」


「う、うん、慎重に」


「……さすがに大胆にできるような実験じゃないな」


 身体を寄せ合って遠巻きに見守る田宮さんと安西さんに、隼人くんが呟きます。


「…… “アメーバのゼリー” っていうのは、多分これだろう。“スライムの挽肉”はこれ……かな。あとは……」


 ブツブツと確認しながらビーカーや試験管、フラスコや三角フラスコなど雑多な品々で溢れている円卓から、材料の詰まった瓶を選り分けていく隼人くん……でしたが、その手が沈黙とともに止まってしまいました。


「どうしたのですか?」


「……あとは “イモリの汁” なんだが、見当たらない」


 わたしの問いかけに、隼人くんから返る困惑した声。


「でもショートさんの話では……」


 わたしは意を決して歩を進めると、隼人くんの隣に立ち円卓をのぞき込みました。


「これが “アメーバのゼリー” だと思う。こっちが “スライムの挽肉”」


「ええ、そうですね。言われてみれば確かに沿う見えます」


 またもやアバウトな意見が口を衝いてしまいましたが、標本瓶に入れられているそれらは原形を留めておらず、そもそも論としてアメーバにもスライムにも原型がありません。

 瓶に詰まっているドロッとした液状の物体を見て、おおよその見当を付けているだけです。

 ショートさん、願わくば瓶にはラベルを貼っておいて欲しかったです……。


「“イモリの汁” は……どれだ?」」


「どれだ、と言われましても……」


 返答に窮してしまいます。

 その時には他のみんなも集まってきていて、怖々とした表情で卓上を見つめています。


「や、やっぱり、瓶の中にイモリが浮いてるんじゃねえか? こうホルマリンに漬かって」


「でも、それじゃ “イモリの汁” じゃなくない?」


「必要なのは姿焼じゃなくて煮汁だろ」


「でも煮汁なら他の液体と見分けがつかないかも……」


「「「「「………………」」」」」


「あ、見てください、この瓶」


 パーティが気まずい沈黙に包まれたとき、卓上を探っていたわたしの視線が保存瓶のひとつに引き付けられました。


「これ、見ようによってはイモリに見えませんか?」


 それは赤黒い液体に浮かぶ、無数の小さな物体でした。

 手足がなく判別は難しいですが、両生類の特徴が残っているような気がなきにしもあらず……です。


「そ、そうか? 俺にはミミズに見えるぞ」


「手足がないのは煮詰めて溶けてしまったから?」


「ふ、不要な部位なので前もって取り除いたのかもしれませんね」


 早乙女くん、田宮さん、安西さんがわたしの見つけた保存瓶を見て、口々に主観を述べます。


「俺にもミミズに見えるな。不本意ながら」


「なんだよ、その不本意ながらって」


 五代くんの呟きにムッとした表情を浮かべたのは……いつもの人です。


「でも他にそれらしい物は……ないみたいよ」


「「「「「「………………」」」」」」


「悩んでいても。消去法で一番可能性が高いのでいこう」


 再び立ち込めた何とも嫌な沈黙を振り払ったのは、隼人くんでした。

 自分で選んだふたつの瓶とわたしが見つけた瓶を、手元に寄せます。


「枝葉はできるだけ離れていてくれ。いざというとき “神癒ゴッド・ヒール” が必要になるかもしれない。他のみんなもだ」


「りょ、了解です」


 わたしは気張ってうなずくと、部屋の南東の隅に身体を寄せました。

 他の人たちもそれぞれ壁に引っ付きます。

 周りからわたしたちが離れたのを確認し、隼人くんが一度大きく深呼吸しました。


「し、志摩」


「なんだ?」


「絶対にから安心しろ」


「コントじゃないんだから」


 早乙女くん一流の気遣いに溜息を漏らすと、隼人くんは表情を引き締め、薬の調合を始めました。

 空の保存瓶にまず “スライムの挽肉” (と思われる液体)を適量移し、次いで “アメーバのゼリー” (とやはり思われる液体)を慎重に少量ずつ様子を見ながら加えていきます。


 同量を混ぜ合わせても反応は……色が変わっただけです。

 煙が上がったり刺激臭が立ち込めることはありません。

 隼人くんの見立ては間違ってなかった……と見るべきでしょうか?


(で、ですが問題は次です)


 隼人くんは “イモリの汁” である可能性が一番高い(……ように見える)瓶を手に取り蓋を開けると、慎重に、怖々、恐る恐るともいえる動作で中身をたった今混合したばかりの液体に注ぎ足しました。


 一滴、二滴……さらに多量に。

 そして、すべての “汁” を注ぎ終えた瞬間――。


 ボンッッ!!!!


 破裂音とともに薬瓶から大量の煙が噴き出して、昭和のマンガのような光景が出現したのです。



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