交換条件
「……瑞穂」
病室に通されたわたしの姿を認めて、隼人くんの瞳が見開かれました。
「枝葉さんっ!」
「枝葉っ!」
田宮さんや早乙女くんの
出立の前日に駆けつけたときには意識を失ったままでしたが、今はもうパーティの全員が目を覚ましていました。
「ど、どうして? “大アカシニア” に帰ったんじゃ?」
「帰りました。でもまた戻りました」
同様に驚き訊ね返す安西さんに、うなずきます。
ニルダニス大聖堂でも奥まった場所にある “静養の間” は貴人用で、他の冒険者の姿は見えません。
このことからも、隼人くんたちが特別な待遇を受けていることがわかります。
「それじゃ……!」
「わたしたちもエルミナーゼ様をお救いするために “呪いの大穴” に潜ります」
「力を貸してくれるの!?」
「はい――ですがそのためにもまず、現在の迷宮の状況を教えてほしいのです。
「そんなのお安い御用だぜ!」
「まて、
「ゲッショー言うな! ――なんだよ、忍?」
勢い込んだ早乙女くんを五代くんが制し、早乙女くんが睨みます。
五代くんは早乙女くんを無視して、わたしに鋭い視線を向けました。
「枝葉、おまえ今 “わたしたち” って言ったよな? 俺たちのパーティに参加してくれるわけじゃないのか?」
「わたしが潜るのはわたしのパーティとです。わたしたちはエルミナーゼ様の救出を目的とした義勇探索者として、リーンガミルに残留しました。
「……俺たちにおまえらの噛ませ犬になれっていうのか?」
最初から低かった五代くんの声がさらに低まり、殺気すら籠もります。
五代くんの言わんとすることを悟り、他の四人も表情を硬くしました。
「同じ迷宮に生きる者として、あなたたちの気持ちは理解できます。この半年の間に積み重ねてきた苦労、流してきた汗と涙と血――それらが矜持となるのは当然です。道を譲るのはさぞかし不本意でしょう。ですが今なによりも重要なのは、エルミナーゼ様をお救いすることです」
彼らとて、これまで迷宮探索の先頭を走ってきたパーティです。
相応の自負があるのも当然でしょう。
ですがこれは救出ミッションです。
まず優先すべきは、エルミナーゼ様の救出でなければなりません。
「どうかお願いします。事態は一刻一秒を争うのです」
わたしは重ねて頼みました。
「わかった」
うなずいたのは、リーダーの隼人くんでした。
「志摩、テメエ!」
「五代、枝葉の言うとおり今一番重要なのはエルミナーゼの救出だ。そこがブレたら全部おかしくなる」
そして隼人くんは、さらに表情を険しくして何かを言いかけた五代くんに掌を向けて制し、わたしを見ました。
「だが、条件がある」
「条件?」
「枝葉が俺たちのパーティに加わること」
「――」
「俺たちもエルミナーゼの救出を諦めるつもりはない。なぜなら “ニルダニスの試練” が関わっているからだ。先を譲れば、女神の神託を受けられなくなる。そうなれば俺たちは元の世界に帰れない。俺たちは俺たちの自身のためにエルミナーゼを助けなければならないんだ。それにはおまえの力が必要だ」
息を呑んだわたしに、隼人くんが続けました。
エルミナーゼ様が囚われているのは “呪いの大穴”の最下層。
そこにたどり着くには、“
使命を達成できれば最下層への道が拓けるだけでなく、女神から神託を受けることができると言われています。
隼人くんたちは女神に、元の世界に帰る方法を訊ねるつもりだったのです。
「ちょっとちょっと! さっきから黙って聞いてればなに勝手なこと言ってるのよ!」
通廊から “
「王女様はあんたたちの仲間なんでしょ! それなのに自分たちの事情を優先させるわけ!?」
顔を真っ赤にさせてパーシャが隼人くんに食って掛かります。
「俺たちは元の世界に戻るために迷宮に潜っている。それを捨ててまで尽力しろとは、誰も――たとえエルミナーゼでも言えないはずだ。君がエルミナーゼの立場なら同じことが言えたか?」
「それはあんたが口にする言葉じゃない!」
パーシャはまさしく火の玉のように顔面を赤くして、一歩も退かない隼人くんを睨み付けました。
「そうかもしれない――だがだからといって、エバが君たちのパーティに加わる理由はない」
歯ぎしりをするパーシャに代わったのは、やはり通廊に待機していたレットさんでした。
レットさんだけでなく、ジグさん、カドモフさん、フェルさんも入室してきて、剣呑な眼差しを隼人くんたちに向けています。
初対面の時と同じく、一触即発の雰囲気です。
「エバ、行こう! エバの昔の友達だか知らないけど、あたいこいつら気に入らない! こんな奴らから話を訊かなくても、迷宮の情報ぐらいいくらでも集められるよ!」
「同感ね。どんな事情があるにしても、仲間の窮地に取引を持ちかけるような人たちの話なんて訊く必要はないわ」
フェルさんも大いに気分を害した様子です。
「皆さん、落ち着いてください。わたしたちが言い争ってもなんの解決にもなりません」
わたしは溜息を吐きました。
訪れたのが早すぎたのかもしれません。
隼人くんたちにしてみれば、全滅寸前の事態を潜り抜けようやく目を覚ました直後の、まさに寝耳に水の話です。
混乱や恐怖を引きずっているのは当然で、気が高ぶるのも無理はありません
「……志摩くん、わたしたちも少し頭を冷やした方がいいわ」
田宮さんの勧めもあり、わたしたちはいったん退室することにしました。
侍祭さんの計らいで使わせていただけることになった別室で、新ためて相談します。
「相談することなんてなにもないよ! そうでしょ!?」
「ああ、迷宮の情報うんぬんは別としても、エバの引き抜きは論外だからな」
パーシャの憤慨は治まらず、隼人くんたちとお酒を飲んだことがあるジグさんまでが吐き捨てるように言いました。
「エバ、君はどう思っているんだ?」
レットさんが黙り込んでいたわたしを見ました。
発言をしなかったのは頭の中を、銃撃戦の弾丸さながらに思考が飛び交っていたからで、言葉にして伝えるのが困難だったからです。
わたしは慎重に言葉を選びました。
「わたしは……加わってもよいと思っています。彼らのパーティに」
場が凍り付きました。
「最後まで言わせてください。もちろんわたしはこのパーティを―― “フレッドシップ7” を抜けるつもりはありません。一時的に加入するだけです」
「情にほだされたわけ!? 意味がわからない!」
「もちろんそれもあります。ですがもっと冷静に考えたうえでの結論です」
涙ぐんでなじるパーシャに、噛んで含めるように説明します。
「表現は悪いですが彼らをこのまま放置しておくのは、巡り巡ってわたしたちにも悪い影響が出ると思うのです」
全員の顔に疑問符が浮かびました。
「ええと、つまりはこういうことです。隼人くんは “勇者” の聖寵を持つ転移者で、他の人たちもそれに準じた聖寵・恩寵を持っています。これは先代の “勇者” であり現在のマグダラ陛下の配偶者である “王配” 殿下や、かつて陛下とともに “呪いの大穴” を踏破したパーティと同じです」
“大アカシニア” を出立する前に散々レクチャーされた “リーンガミルの近代史” を思い出しながら話を続けます。
“僭称者” と相打ちになった
そして先代の “勇者” は “女神の試練” を乗り越えて “
「リーンガミルの人々が隼人くんたちを、救国の英雄であるマグダラ陛下のパーティと重ねているのは間違いないでしょう。このまま隼人くんたちを放っておいて、今度こそ全滅してしまったら……人々に与える影響は甚大です」
まもなくお布令が出て “僭称者” の復活と、エルミナーゼ様の略取が発表されるでしょう。
隼人くんたちは動揺した市民の希望になるはず。
その隼人くんたちが迷宮から還らなかったら……。
「わたしたちは彼らよりも力があるかもしれませんが、彼らの代わりにはなれないのです」
わたしの説明に、パーシャを含めた全員が
「さらに言えば、義勇探索者とはいえわたしたちは “大アカシニア神聖統一帝国” の人間です。わたしたちが直接エルミナーゼ様を助け出すことを快く思わない人もいるでしょう。マグダラ陛下がいらっしゃる以上は大丈夫だとは思いますが、有形無形の妨害がないとは言い切れません」
「生臭い話ね」
「ええ。ですがトリニティさんが帰国した今、わたしたちには政治的な判断も求められるのです」
眉根を寄せたフェルさんに、うなずきつつも言い添えます。
「エバの考えはわかったが……だからといって
「もちろんわたしも取り決めは必要だと思います。ですから――」
・
・
・
「話はまとまったのか?」
“
「わたしはあなたたちのパーティに加わります。ですがその代わりに、あなたたちもわたしたちの
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