義勇探索者

 わたしたちは帰国するトリニティさんやボッシュさんと別れて、徒歩で王城に戻りました。

 アッシュロードさん、ドーラさん、ハンナさん、“フレッドシップ7”、“緋色の矢”、ノーラちゃん、カエルさん、クマさんの、総勢一六名と一匹と一頭の精鋭部隊です。

 外郭城壁正門という目立つ場所で降車、あるいは下馬し、それまで馬車の窓や馬上に見えていた顔がぞろぞろと引き返していく様子に、群衆にざわめきが広がりました。

 リーンガミル市民の好奇の視線を浴びながら、ひとりを除き、全員が胸を張り堂々と誇らしげに歩を進めます。


 内郭王城正門に着くとアッシュロードさんが守備隊長さんに訳を話し、マグダラ陛下への取り次ぎを頼みました。

 送り出したばかりの外交団が戻ってきたことに仰天しつつも、隊長さんは直ちに伝令を走らせます。

 それからわたしたちはひとまず広めの応接室に通され、連絡がつくなり謁見の間に移動し、慌ただしく女王陛下の御引見を賜ることになりました。

 アッシュロードさんとドーラさん、ハンナさん、わたし以外の人は初めて通される場所なので、陛下が現れるまでのあいだ興味津々といった様子で内装や調度品などを見渡しています。


 バタンッ!


 と突然、先触れもなしに国主の入退場に用いられる専用の扉が開き、息を切らせたマグダラ陛下が駆け込んできました。

 言葉もないままに、わたしたちを――アッシュロードさんを見つめて……。

 そして、アッシュロードさんは……。


「…………つまり、そういうこと……です」


 全員、奇麗にずっこけました。

 い、いくらなんでもです!

 それでもマグダラ陛下は理解されたご様子で、上気した顔でうなずかれました。

 人前で、わけても外国の人間の前で感情や、まして涙など決して見せられないご身分です。

 ですがその瞳は確かに、安堵に潤んでいました。

 陛下が玉座に着かれると、ドーラさんが左胸に手を当て敬礼しました。


「お言葉を賜る前に発言する無礼を、どうかお許しください陛下」


「構いませぬ。どうぞ、ドーラ・ドラ」


「では我らが寡黙なリーダーになり代わり言上申し上げます。ここにいる一六名と一匹と一頭、今より義勇探索者としてエルミナーゼ殿下救出の任に就くことをお許しいただきたく願います」


 ザッ! とアッシュロードさんを含む一五名と一匹と一頭が、ドーラさんにならい胸に手を当て頭を下げます。


「もし陛下のお許しあれば我ら直ちに “呪いの大穴” におもむき、魔物が立ち塞がればこれを斬り伏せ、穽陥せいかんあればこれを回避し、闇を照らし魔を祓い、万難を排して殿下をお救い申し上げ、もって陛下の宸襟しんきんを安んじ奉る所存にございます」


「義心溢れる勇士たちよ、どうぞ面をあげてください」


 再び顔を上げるわたしたち。


「まことに心強い言葉、千軍万馬の援軍を得た思いです。あなた方の赤心せきしん微かなりとはいえ疑う余地もありません。リーンガミルの統治者として、またエルミナーゼの母として、申し出に感謝いたします…………ありがとう、本当に」


 人は、自分以外の誰かの真実の人柄に触れたとき、それが誠実であればあるほど限りない愛着を覚えるのかもしれません。

 マグダラ陛下のため政者ではないひとりの女性としての気持ちに接し、わたしたち全員の心にこれまで以上に確固とした気持ちが生まれたのです。


『この人を助けたい』


 ――と。


 そしてこういう雰囲気に水をさすのが、この人です。


「今は砂時計の一粒が砂金よりも貴重だ。すぐに段取りを始めてえ。適当な場所を用意してくれ」


 アッシュロードさんが、素のべらんめえ調で陛下に願い出ました。

 話がついた以上、頭の中はまだ見ぬ迷宮でいっぱいなのでしょう。

 礼儀作法など、もはや完全に吹き飛んでしまったようです。


「それでしたら良い場所があります」


 マグダラ陛下は気にした風もなく、むしろ好ましげなお顔で鷹揚に微笑むと、近侍

の者に一言二言申しつけました。

 その後わたしたちがマグダラ陛下に案内されたのは――。


「え、円卓だぁ!!?」


 パーシャの素っ頓狂な声が、優に三〇人は座れるような大きな円卓が置かれた部屋に響きました。

 パーシャが驚くのは無理ありません。

 円卓とは “身分差” のない席を意味します。

 つまりこの卓にマグダラ陛下がお着きになることは、わたしたちと対等であるとの意思表示なのです。

 陛下が円卓に手を触れ、何事か呟きました。


「縮まっちまった」


 シュルシュルとが縮んだ正円の卓を見て、ジグさんが目をぱちくりさせました。


「一八人なら、この大きさがちょうどよいでしょう」


 す、すごい魔法です。

 さすが古代魔導帝国に連なる国です。


「大きさが変わるだけじゃないわ。風の精霊シルフェも宿ってる」


「ええ、ですから離れた席の人と話すときも大きな声を出す必要はありません」


 精霊の存在を感じ取ったフェルさんに、陛下がうなずかれます。


「そ、それじゃ内緒のヒソヒソ話とかできませんね」


「音を伝える手伝いをしているだけだから、口元を手で覆えば問題ないわ」


 妙な心配をするわたしに、フェルさんが苦笑しました。


“なるほど”


 と納得して、銘々席に着きます。

 円卓に着いたのは、義勇探索者がアッシュロードさん、ドーラさん、ハンナさん、フレンドシップ7”、“緋色の矢”の一五名。

 リーンガミル側からは、マグダラ陛下の他に近衛騎士クィーンズ・ガーズと秘書官とおぼしき方が一名ずつです。

 当然アッシュロードさんの右には副将格のドーラさんが、左には副官のハンナさんが座っていました。

 フェルさんが怖い顔をしていますが、今回ばかりは仕方ありません。

 ノーラちゃんはカエルさんとクマさんをお供に、別室で特別に美味しいケーキを振る舞われています。


「これなるは、近衛騎士 “ロンドラッド” と 祐筆書記官の “マイスン”。わたしの補佐として同席をお許しください」


「ロンドラッドです。以後お見知りおきを」


「マイスンと申します。なにとぞよしなに」


 ロンドラッドさんは立派な風貌をした壮年の騎士で、舞踏会のおりに魔法の鎧を着て混乱の収拾に当たっていていた方です。

 短いやりとりで受けた印象は、人当たりのよい豪放磊落な武人のそれでした。

 マイスンさんは、これまでにも何度か陛下の御側にいるところを見かけましたが、話したことはありません。

 ロンドラッドさんとは対照的な、線の細い柔和な方です。


「さっそくだがまず確認しておきたい。王女が連れ去られた場所は “呪いの大穴” で間違いないか?」


 おふたりの紹介が終わるなり、アッシュロードさんが口火を切ります。


「間違いありません。“探霊ディティクト・ソウル” で最下層第六層に反応がありました」


 何を当たり前のことを聞いているのか――と思うかもしれませんが、その当たり前の認識が往々にして単なる思い込みであることも多いのです。

 “呪いの大穴” に潜ってから “探霊” を使い、『反応がない! エルミナーゼ様が連れ去られたのは別の場所だ!』――なんてことがあってはたいへんです。


「……そうか」


 陛下のお言葉に、アッシュロードさんは無精髭の浮いた顎を撫でながら難しい顔で黙り込んでしまいました。


「ミ――アッシュロード卿、なにか気になることでも?」


「……王弟アラニスの時は、見通せなかった」


 二〇年前の探索のことを言っているのでしょう。

 当時は王弟殿下と相打ちになった “僭称者役立たず” の怨念が渦巻いていて、女神ニルダニスにも殿下の安否が確認できなかったのです。


「前回の迷宮支配者ダンジョンマスターは “魔太公デーモンロード” だった。今回とは “僭称者” 本人だ。その違いじゃないか?」


 ドーラさんが隣に座るアッシュロードさんに顔を向けます。


「魔王よりも与しやすいってことさね」


「……そうだな」


 納得してはいないようですが、アッシュロードさんも今はそれ以上こだわるのをやめたようです。


「支配者が帰還したのならで迷宮の補強をしたとしてもおかしくねえし、むしろそれが普通だ。冒険者探索者の被害が続出してるってのもうなずける――ライスライト」


「は、はい」


「おめえの友達は確かレベル7で、迷宮が様変わりする前は探索の先頭を走ってたんだったな」


「その通りです」


「それが迷宮の入りばなでコテンパンにされた」


「いえ、それだけではありません。彼らは “勇者” を筆頭に希少レアな聖寵・恩寵を持つ者たちばかりで、潜在能力ボーナスポイント も最低でも30以上持っていました」


「ほとんどの能力値がすでに種族上限に達していた……か」


「ええ」


 マグダラ陛下の補足に、難しい顔をますます難しくするアッシュロードさん。


「“紫衣の魔女アンドリーナの迷宮” に例えるなら八~九階……ってところか」


「迷宮の入り口からですか?」


「……だいたいそんなところだろう」


 思わず訊ね返してしまったわたしに、アッシュロードさんが臭い顔で首肯します。


「……踏破する必要があるのは六階すべてか」


 アッシュロードさんの呟きは風の精霊によって増幅され、円卓に着く全員の耳に届きました。


「? おっちゃん、それってどういう?」


 パーシャが怪訝な顔で訊ねます。

 エルミナーゼ様が囚われているのが最下層の六階なら、そのすべてを踏破するのは当然ではないか――と言いたい顔です。


「“滅消ディストラクション” が使えるなら、“紫衣の魔女アンドリーナの迷宮” で危険なのは実質九階と最下層一〇階の二階層フロアだけということよ」


「――あ、そういうことか」


 ヴァルレハさんの説明に、パーシャが小さな掌を小さな拳で叩きました。


「一階から八階までのほとんどの敵は “滅消” で塵にできるものね」


 フェルさんや他の人たちも納得顔です。

 レベル7で能力値が種族上限に達している隼人くんたちが潰走したとなると、魔物はおそらくネームドレベル8以上…… “滅消” で消し去ることはかないません。

 地下一階から、“紫衣の魔女アンドリーナの迷宮” で言えば八~九階の難易度。

 それは熟練者マスタークラスやそれに近いレベルの探索者でも、一歩間違えば灰となる恐れがあるということです。


「……望むところよ。手強い敵、手強い戦場あっての戦士の誉れ」


 ダンッ!


「ドワーフの言うとおりだ! 陛下に王女殿下をお救い申し上げると言上した以上、迷宮のなど誰がしようものか!」


 ボソリと漏らしたカドモフさんに、我が意を得たり! とばかりにスカーレットさんが円卓を叩きます。

 名前どおり、そして自身の髪の色のように、闘志が燃えさかっているようです。


「戦意は買うが、準備不足のまま猪突しても足をすくわれる。まずはそこからだ――アストラ、おめえたち緋色の矢は迷宮から一番近い宿にいって部屋を確保しろ。これからの拠点だ。今なら空きがあるはずだ」


「心得た」


「それと合わせて――」


「迷宮から戻った探索者に話を訊いておくのだろう? わかっている」


「頼む」


「部屋ならこの城に用意しますが?」


「ここじゃ、空気臭いが感じられねえ」


 陛下のお言葉に、アッシュロードさんがかぶりを振ります。


「前線と後方の役割は分けるべきだ。前線は戦場の近くに、後方は遠くに。それでこそそれぞれの仕事ができる。おめえはここで支援に徹してくれ」


「わかりました」


 マグダラ陛下は一瞬心細げなお顔を浮かべましたが、すぐに元の表情に戻られました。


「こっちからの連絡にはハンナを出す――ハンナ、おめえは宿と城を行き来して後方との疎通を円滑にしてくれ」


かしこまりましたイエス・サー


ライスライトたちフレンドシップ7は――」


「寺院ですね?」


「そうだ。友達だけでなく担ぎ込まれてる冒険者からもできる限り話を訊け。とにかく情報が不足してる――他に何かないか? ないなら仕事にかかれ」


 アッシュロードさんは一気呵成に指示を出し、わたしたちを向かわせました。

 そして自身はドーラさんハンナさんと残り、マグダラ陛下とさらに細々とした摺り合わせをしていきます。


 “円卓の間” を出るわたしの耳に、


『――戦闘開始オープン・コンバットだ』


 風が運んできたアッシュロードさんの呟きが聞こえました。



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※スピンオフ第二回配信・開始しました!

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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