そういうときもある。
「あ~、やっぱりまだ全然片付いていません」
淑女協定に基づき某客室に入ると、某さんがかっ散らかった部屋の真ん中で、ぽつねんと立ち尽くしていました。
衣類だの武器だの鎧だのが、あっちにポイポイ、こっちにポイポイポイ。
明日にはリーンガミルを発つというのに、“
まさに “非常の人”
日常生活では、これっぱかしも役に立ちません。
「……あ? なんだ、おめえ?」
「なんだと言われましても。お当番ですよ、今日の」
「その言い方やめろ、卑猥だ」
臭い顔をするアッシュロードさん。
「いいからどっか行ってろ。俺ぁ、これから本気出すんだ」
「本気を出して、ここからさらに散らかすのですか? いいからあなたの方こそ、ベッドの上にでも避難していてください」
そういうとわたしは、ドシドシとアッシュロードさんの背中を押してどかします。
「……あ~」
決まり手、押し出し。ライスライトの勝ち。
「さて――それじゃやりますか!」
ムンッと僧衣の袖を捲ると、わたしは今度こそ部屋の片付けに掛かりました。
「……出会ったころは、曲がりなりにも素直な娘だったのに」
出会ったころは曲がりなりにもハードボイルドだった誰かさんが、追いやられたベッドの上でブツブツ言っています。
「あなたにはあなたに、わたしにはわたしに向いた仕事があるのですよ」
結局アッシュロードさんはそれきっり黙り込んでしまい、つまらなそうに部屋が片付いていく様子を眺めていました。
あとで遊んであげますから、もう少し我慢しててください。
「……なぁ」
少ししてからアッシュロードさんが、珍しく遠慮がちな声を出しました。
「なんです?」
「……おめえ、いいのか?」
「なにがです?」
「……だから、このまま
「……」
一瞬、しわくちゃの衣類を伸ばしていた手が止まりました。
まったくどうすれば、こうもしわくちゃにできるというのでしょう。
「良いも悪いも、他にどうしろというのですか。“フレンドシップ7” を抜けて、隼人くんたちのパーティに入れとでも?」
再び衣類をピンピンと伸ばしながら、わたしは答えました。
「そんな不義理なことはできませんよ」
「……そりゃ、そうだけどよ」
なんとも煮え切らない口調のアッシュロードさん。
「……ちっとばかし、
「割り切らなければやっていけませんよ。世界三大地下迷宮の最深部を目指すのです。いくら友だちの頼みだからといって、はい、いいですよ――なんて言えるわけがないではありませんか」
「……」
「わたしはすでに “フレンドシップ7”の一員であり、城塞都市 “大アカシニア”の探索者ギルドに席を置く身なのです。“
「……そもそも?」
「わたしはあなたの所有物なのですから。持ち主のあなたが帰国する以上、わたしだけが残るなんてそんなこと、契約的にも、法律的にも、道義的にも、愛情的もあり得ません」
ぐぅの音も出ないアッシュロードさん。
「進むべき道は前にしかないのです」
「……おめえ、ますます優等生ぶりに磨きが掛かってきたな」
ぐぅの音の代わりに、ため息を吐くアッシュロードさん。
「……でもな、若えんだから道が一本だとか思い込むなよ。少し身体の向きを変えるだけで、後ろに続いてた道だって前に伸びてることになるんだからよ」
再び止まる、わたしの手。
「ど、どうしたのです、急に大人ぶって」
「……俺ぁ、大人だ。それも悪い部類のな。俺だけじゃねぇ。おめえの周りには良い大人がいねえ」
「そ、そんなことありませんよ! ドーラさんもトリニティさんもボッシュさんも、皆さん素晴らしい人で尊敬しています! もちろんあなたも!」
「……探索者としてならな。だがそれが本当におまえのためになっているのか」
「もちろんなっていますとも! わたしも探索者なのですよ!?」
バンバンバンッ! と埃なんてついていない真新しい礼服を叩きます。
「アッシュロードさん! いったいどうしたというのですか!? 急に良い大人に目覚めてしまって! 何か悪い物でも食べたのですか!?」
わたしの剣幕にアッシュロードさんは、
『…………そういうときも、あるんだよ』
としょんぼり呟いたきり、今度こそ本当に黙り込んでしまいました。
まったくこの人は!
自分のせいでわたしが友だちと別れたと――元の世界に帰らないと罪悪感に駆られているのですから!
ええ、そうです! そのとおりです!
でもそれは、五週遅れの罪悪感です!
不器用! 鈍感! クソ真面目の聖人君主のコンコンチキ!
もう知りません!
プイッ!
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…………ごめんなさい」
「…………そういうときも、ある」
「…………うん」
女王陛下付きの侍女メリッサさんが、寺院に運び込まれた隼人くんたちの急を告げに現れたのは、わたしが目尻に浮かんだ涙を擦って、グスッと鼻をすすったその時でした。
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