舞踏会

 城館パレス舞踏場ボールルームには宮廷楽師たちの奏でる、軽やかでゆったりとしたワルツが流れていました。

 リーンガミル城に数ある広間ホールの中でも特に広く、華やかな舞踏会が催される場所だけあって、謁見の間よりも絢爛な空間です。

 今夜もわたしたち “大アカシニア” からの親善訪問団を歓待する舞踏会が開かれていて、両国の着飾った紳士・淑女の皆さんが華麗にダンスを楽しんでいました。

 その光景はさながら映画のワンシーンようです。


 わたしはと言えば奇麗に髪を結い上げてもらい、出立直前に高級ブティック “シルバン・ラ・シェール” で仕立ててもらった淡いピンクの夜会服イブニングドレスに身を包んで、ブラックタイ?の給仕さんが運んできてくれたお料理と飲み物を手に “壁の華” を洒落込んでいます。

 ダンスの合間に食べるお料理はどれもひとくちサイズで、まるでドワーフ手製の工芸品のように美しく、食べるのがもったいないくらいです(でも、たいへん美味しくいただきました)。

 お皿とグラスを手に、曲に合わせて身体をユ~ラユラ。

 気分はもう “2001年宇宙の旅” です。


「……踊りたいのなら適当なのを見繕え。選り取り見取りなんだから俺に遠慮するな」


 隣でやはり立ちん坊を決め込んでいるアッシュロードさんが、面白くもなさそうにぼやきました。

 わたしとは逆に、本当に面白くなさそうです。


「滅相もありません。わたしはあなたが逃げ出すことがないようにと、トリニティさんから見張りを頼まれているのですから」


 いちおう “大アカシニア神聖統一帝国” 近衛騎士の礼服に着込んでいるアッシュロードさんですが、お世辞にも似合っているとは言いがたく、目の前で流麗なステップを踏む “ベルばら” のアンドレやフェルゼン伯のような殿方たちとは、比ぶべくもありません。

 当然ダンスに誘ってくるご婦人もなく(まあその方が、わたしとしては心安らかでいられるので大歓迎なのですが)、本人曰く “清涼飲料水のように薄い” お酒を不味そうに舐めながら、ただただ散会まで時間が過ぎるのを待っているのでした。


「そもそもわたしがダンスに誘って欲しいのはあなたで、そのあなたはダンスが踊れません。そしてわたしもボールダンスはおろか、フォークダンスでも相手の足を踏んでしまうほどの鈍臭さを誇ります。つまりわたしたちは、ふたり揃って壁際がお似合いというわけです」


 うんうん、とうなずきます。

 キャンプや後夜祭のたびに “オクラホマ・スタンパー” の異名を取ったのは、なにを隠そうこのわたしです。


「俺らぁ、迷宮無頼漢だぞ……ダンスが踊れなくて困ることはねえ」


「まさしくまさしくのMe tooです」


 わたしは嬉しくなってしまいました。

 やはりこの人とわたしは “割れ鍋に綴じ蓋” です。

 これ以上ない似合いのふたりと言わざるを得ません。


「他の人が踊っているのを観るのも楽しいものですよ」


 だからお皿とグラスを手に、曲に合わせてユ~ラユラ。

 深海を漂うお魚のように、ユ~ラユラ。

 そんなわたしの前を、


「――ノーラ! 今度はあっちのテーブルだよ! 氷菓アイ・スクリームがあるんだ! 氷菓が!」


「あいニャッ!」


「ゲロゲーロ! 俺様を置いていくな!」


「クマー! 待ってクマー!」


 ドレスの裾をたくし上げたパーシャとノーラちゃんがシュ~タタ、シュタタ! と駆けていき、真鍮製の蛙さんと熊さんがガチャガチャと追い掛けています。

 リーンガミル到着の翌日から連日連夜催されてきた、歓待の昼食会や晩餐会。

 どれもこれ以上ない豪勢で手厚いおもてなしではありましたが、迷宮無頼漢なわたしたちからしたら “しゃちほこ張った” 席ばかりで、正直かなりグロッギーでした。

 でも今夜の舞踏会は少なくとも自由に動き回れる分、パーシャやノーラちゃんも大いに生気を取り戻しているようです。


「晩餐会だけでも、マグダラ陛下主催、近衛騎士団主催、一般騎士団主催、商工会議連盟主催。これが貴族社会の日常なら、わたしは平民に生まれて本当によかっ――」


「――聖女様、よろしければ一曲お相手いただけませんか?」


「うえっ!?!?」


 喉から漏れる荷車に轢かれたカエルのような声。

 わたしの小市民的な述懐を上書きしたのは、いつのまにか目の前に立っていた眉目秀麗なリーンガミルの貴族?騎士?の青年。

 爽やかな笑顔は、誰かさんとは大違い。

 普通の女の子なら、ぽわわん❤としてしまったでしょう。ぽわわん❤と。

 しかしわたしは、自他ともに認める変わり種な女の子です。

 趣味の多様性とニッチさにかけては、他の追随を許しません。

 イケメン貴族さんにダンスに誘われるぐらいなら、“亜巨人トロル” とソロで殺り合う方を選びます。


盾役タンク ! 盾役タンク ! 盾役タンク ! You are 盾役タンク ! I need 盾役タンク !)


 わたしはにこやかに凍り付いた笑顔を浮かべながら、必死に隣の割れ鍋に向かってSOSテレパシーを送りました。

 そして零れるため息。


「悪いが、こんな余所行きの見てくれをしてるが、こいつは俺と同じ迷宮育ちでダンスは無調法なんだ。恥をかかせないでやってくれ」


 わたしもコクコクッ! と首肯します。

 リーンガミルのイケメン青年貴族さんはそんなわたしたちに鷹揚にうなずき、会釈して去って行きました。


「ひーん! 怖かったですぅ! これは何の罰ゲームですかぁ!」


 “亜巨人” の方がずっとマシですぅ!


「~全国の夢見る少女に謝れレベルだな」


「わ、わたしは自他ともに認める一般市民なのです! 一般市民が踊るのは町内の盆踊りと相場が決まっているなのです!」


「~ウルウルして威張ることかよ」


「だってぇ~」


「ま、三つ子の魂なんとやらで、確かに生まれや育ちってのは、一朝一夕にどうこうなるもんじゃねえからな。その証拠に――見ろ、あのふたりを。まるで水を得た魚だ」


 アッシュロードさんはそういって、広間の中央を顎でしゃくりました。

 視線の先では美しい夜会服をまとったトリニティさんとハンナさんが、リーンガミルの紳士を相手に見事なステップを披露しています。

 トリニティさんは臙脂えんじ色。

 ハンナさんは淡いブルー。

 “シルバン・ラ・シェール” 自慢のドレスが、ホールに艶やかな華を咲かせています。


「あのふたりのお陰で、トレバーンは面目を保ったな」


「た、確かに――」


 歴史あるリーンガミル王国の人たちは、新興の軍事国家である大アカシニア帝国を卑下しているところが無きにしも非ずなのですが、トリニティさんとハンナさんはそんな偏見と十二分に渡り合い、反対にバッキバキにへし折っている感じです。

 そして、そんなおふたりに負けず劣らずなのが――。


「おおっ、レットさん、スカーレットさん!」


 親善外交もどこ吹く風。

 自分たちだけの世界にドップリ浸っている、やはり貴族出身のリーダーズ。

 レットさんは普段からなかなかのイケメンさんなので、正装するとビシッと決まってどこから見ても貴族の若様です。

 スカーレットさんにいたってはその堂々たる美貌と体格から、まるで舞踏会に舞い降りた戦女神の様。

 ステップも優雅さと力強さが調和したもので、幾多の死線を潜り抜けてきた前衛職の面目躍如といったところでしょうか。


「貧乏貴族の九男とかいってたくせに……生意気な奴だ」


 珍しくやっかみを含んだ言葉に、思わずクスクスと笑ってしまったわたしです。


「なんです? レットさんに急にライバル意識が芽生えたのですか?」


 アッシュロードさんは拗ねたように、ふん、と鼻を鳴らしました。


「それにしてもハンナさんはともかく、トリニティさんも貴族の出身だったとは知りませんでした。リーンガミルの生まれだとは聞いていたのですが」


「……あいつにもいろいろと事情があるのさ」


 アッシュロードさんの声に翳りが差したような気がして、わたしはそれ以上訊ねるのをやめました。

 きっとそれは、トリニティさん自身が語ってくれるのを待つべき話なのでしょう。


 そうして一曲が終わりました。

 周囲から称賛の眼差しが注がれる中、トリニティさんがこちらを見ながらハンナさんになにやら話しかけています。

 ビックリした様子で聞き返すハンナさん。

 トリニティさんが悪戯っぽい笑顔でうなずいています。

 ハンナさんは一瞬逡巡する表情を浮かべましたが、すぐに意を決した様子で近づいてきました。


(あ……猛烈に嫌な予感がします)


 そしてわたしの予感は当たりました。

 わたしの予感は、悪いことばかりが当たるのです。

 ハンナさんはわたし……ではなく、アッシュロードさんの前に立つと、


一曲お相手いただけませんかShall We Dance?」


 と、手を差し出しました。


「お、俺?」


「はい。あなたをお誘いしています、アッシュロード卿」


 悠然とした表情で微笑むハンナさん。

 本当に正装をしているこの人からは、凄まじいばかりの “令嬢オーラ”が噴き出しています。


「い、いや、俺はダンスは無調法で……迷宮無頼漢だから」


「そ、そうですよ、ハンナさん! アッシュロードさんに恥をかかせるのは可哀想ですよ!」


 今度は I'm、盾役タンク ! 盾役タンク ! 盾役タンク ! 盾役タンク


「デート」


「あ?」


「――の約束をしていたのに、誰かさんと釣りに行ったのはどなただったかしら?」


「……うっ」


 いきなり古い証文を出されて、詰まってしまうアッシュロードさん。


「あなたも、まさか抜け駆けをしておいて邪魔はしませんよね? エバさん?」


「ぬぐぐぐっ!」


 こ、ここでその話を持ち出しますか! ハンナさん!

 持ち出しちゃいますか!


「さ、次の曲が始まりますわよ」


 にこやかな言動でわたしの防御ディフェンスを封じると、ハンナさんはアッシュロードさんの手をとってグイグイと広間の中央に引っ張っていってしまいました。


 酷い! これは酷いです!

 酷さのバッケンレコード、またまた更新と言わざるを得ません!

 自分がどんなにダンスを踊りたいからと言って、好きな人に恥をかかせるなんてノーグッド極まります!

 ああ、可哀想なアッシュロードさん!

 満座の中で無様な姿を曝してしまい、嘲笑を浴びてしまうのですね!


 これではまるでです!



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※スピンオフ第二回配信・開始しました!

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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