レギオン★
「……さて、いよいよ使うときが来たようだな」
トリニティは汗にまみれ額に張り付いた前髪を煩わしく思いながら、かたわらのドワーフの老戦士や、武装した彼女の秘書官に呟いた。
“賢者” の恩寵を持ち、
他の呪文や加護は、聖職者系最高位の加護である “
すべてを使い切ってなお、波濤のように押し寄せる “
「“
温存ではなく、使えなかった攻撃呪文。
広大とはいえ密閉された地下空間で用いるには威力がありすぎ、大崩落を招きかねなかった最大最強の呪文。
しかし焼いても焼いても、斬り刻んでも斬り刻んでも、一向に数を減らさないどころか、分裂や同化を繰り返し、増加し続ける
「ドワーフに “
“
「……ドワーフなら誰でも、化物に同化されるぐらいなら岩に押し潰される方を選ぶ」
アン・アップルトンを始めとする非戦闘員たちから、『行ってください。わたしたちなら大丈夫です』と送り出された老戦士は、そういって古の名匠の手による愛剣を見た。
「……贅沢を言えば、もう少し暴れたかったがの」
戦闘への参加が遅れた老ドワーフは、その点だけが不満だった。
「ハンナ――」
「わたしは軍人であり武官です。最後までお供させていただきます」
トリニティに視線を向けられたハンナが、上官の言葉を遮った。
やはり汗にまみれ汚れてはいたが、白い
トリニティは黙ってうなずいた。
『その姿をあいつに見せてやりたかったよ』
とだけ胸の中で呟いて。
トリニティ以外の
兵力の大半を担う騎士や従士といった前衛職も、疲れ、傷つき、あるいは石となって、戦える者は三〇人満たない。
聖女の機転で “
(――
トリニティは最後の呪文のための精神統一を前に思った。
戦いの最中、彼女の小さな身体は迷宮に走る振動を何度となく感じていた。
馬鹿でかいモグラか、それとも特大の
どちらにしても “
そこに変換効率が一〇〇パーセントに近い、物質から純力への等価交換が行われるのである。
どんなに精密に魔導方程式を書き換え、質量をごく少量に抑えたとしても、地底湖一帯の地下空間は崩れ落ちるだろう。
誰よりも地質に通じた老ドワーフが無言でいるのが、何よりの証だ。
自分を含めた “リーンガミル聖王国親善訪問団” は、数十万トンの岩塊の下敷きとなって全滅する。
(それでも化物に記憶を奪われ、身体を乗っ取られるよりはマシ……と考えるのは、思い上がりだと思うか?)
トリニティは最上層に消えた猫背の盟友に、心の内で語りかけた。
盟友は戻らず。
救助に向かった聖女たちも還らず。
ここにいれば貴重な戦力となったはずの、六人の女探索者たちの行方も知れず。
もちろん援軍などあるはずもなく。
「――諸君らの勇敢で篤実な忠誠心に感謝する! アカシニアに栄光あれ!」
そして響き渡ったのは、世界にふたりしかいない “賢者” の最後の詠唱――ではなく、朗々たる
あるはずのない援軍の参陣・来着を告げる、勇壮なる先触れ。
トリニティは我が耳を疑った。
さらに我が目を疑った。
ゲートを通じ、眩い輝きと共に次々に舞い降りる
手には天界の炉で鍛えられた神剣を携え、瞳には揺るぐことのない信仰に裏打ちされた闘志を宿す、
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669759738188
“矮小な人間を助けるなど、はなはだ不本意なれど――”
トリニティの頭の中に、直接声が響いた。
無数に舞う天使たちの中央に、一際 “
金色の神鎧をまとった六枚の翼を持つ、三大天使が一翼。
神の軍団の長にして、天使たちの長。
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669760057071
“
天使長の号令一下、天使たちが一斉に攻撃を開始する。
攻撃を開始したのは天使だけではない。
いつの間にか出現していた
“
同化も石化も心配のない
他にも迷宮の守護者として召喚されたありとあらゆる魔物が、今や明確に敵と認定された異星の生命体に襲い掛かった。
迷宮は “妖獣” の屠殺場と化した。
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669763866946
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669766039464
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669766593298
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669767103923
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669767541940
トリニティは眼前で繰り広げられる余りにも突拍子もない光景に脱力し、愛用の杖にもたれ掛かった。
類い希なる知識と知能を持つ彼女でも、この展開は予想できなかった。
それでもトリニティ・レインは、残された力を振り絞って叫んだ。
「て、天使の長よ! ご助勢感謝する! しかし我らの同胞もまた迷宮のどこかで危機に瀕しているのだ! 彼らも助けていただきたい!」
“案ずるには及ばぬ。その者たちにはすでに別の者が向かっている”
“彼女はともかく、あのような者どもに救われるなど、わたしなら到底耐えられぬがな”
◆◇◆
スカーレットは自刃と討ち死にのどちらを採るか、葛藤していた。
袋小路に追い詰められ退路はない。
後方からの奇襲にノエルとヴァルレハのふたりの魔法使いが石化した今、剣だけで何十匹いるかわからない “妖獣” の包囲を突破するのは不可能だ。
相手がただの魔物なら、最後の最後まで死力を尽くし、力尽きるその時まで一匹でも多く道連れにするところだが、寄生され記憶まで同化されるのは御免である。
左右に立つゼブラとエレンも、同じ思いだろう。
ふたりとも傷つき、疲れ切っていた。
盗賊のミーナもだ。
「……ごめん」
「……気にするな。女なら仕方のないことだ」
スカーレットは切っ先の奥の “妖獣” に意識を向けながら、背中で謝るミーナを慰めた。
ミーナは今日、女であった。
体調もかんばしくなく休養を摂るべきだったが、騎士隊による最下層での食料調達に不猟が続いていて、彼女たちもやむなく四層に潜ったのである。
本来なら最後尾で警戒に当たるミーナであったが、体調を慮ったノエルが交代を申し出、ミーナは一列縦隊の四番手に就いた。
その結果 “妖獣” の奇襲を許し、
「……一匹でも多く道連れにしてやりたいが、力尽きて記憶を奪われるのは御免だ」
「……そうね、わたしも同化されて拠点の友だちを襲うのは嫌」
「……」
「……わたしも、それでいいよ」
スカーレットの意見にエレンはうなずき、ゼブラは無言で、ミーナは震える声で賛同した。
(……レット、ゆるせ! わたしは化物に乗っ取られた姿を、おまえにだけは見られたくない!)
スカーレットが恋人を想い魔剣の刃を首筋に当てたとき、勃然とその炎は燃えあがった。
迷宮の回廊を埋め尽くす異星の生物の頭上に、突如出現した燃えさかる炎の玉。
火球中心から炎の鞭が伸び、“妖獣” たちを舐めた。
鞭で触れられた数匹が、一瞬で干涸らび死滅する。
そして揺らめき現れる “
炎の中で
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669767921707
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迷宮保険、初のスピンオフ
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』
連載開始
エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。
本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m
https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757
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迷宮無頼漢たちの生命保険
プロローグを完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
下記のチャンネルにて好評配信中。
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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