加速

「力を貸してください。アッシュロードさんとドーラさんを助けに行きます」


 わたしは決然とした眼差しで五人の仲間を見つめると、ガブリエルさんから伝えられた状況を説明しました。


「行くわ」


 やはり決然とした表情で即答したのは、もちろんフェルさんです。


「……ドワーフは退かぬ」


 そしてカドモフさんも。


「ちぇ、しゃーねーな」


 へっ、と肩をすくめるジグさん。


「ちょ、ちょっと待ってよ! みんなノリが良すぎるよ!」


 そんなメンバーを見て、真っ赤になって慌てたのはパーシャです。


「そりゃ、あたいだって出来ることなら助けに行きたいよ!? おっちゃんもドーラも “イビル” だけど、そんなに悪じゃないし! でも精神力マジックポイントがスッカラカンなんだよ!? これでどうやって最上層まで行くっていうのさ!」


「ええ、ですからわたしたちはすぐに眠らなければなりません。一分でも一秒でも早く眠って、一分でも一秒でも早く目覚めるのです」


「こんな激しい戦いの直後なんだよ……神経が昂ぶってて、質の良い睡眠なんて摂れないよ」


「いざとなれば、いつかのようにポカリとやってもらうまでです」


 わたしはそういってジグさんを見ました。

 “アレクサンデル・タグマン” さんの事件の際、魔力の尽きたまま迷宮に潜ろうとしたわたしは、ジグさんによって強制的な休養を摂らされたのです。

 パーシャの言うとおり精神力を回復させるには、ただ眠るだけでなく質の良い睡眠を摂らなければなりません。

 激しい戦いのあとは神経が高ぶり、どんなに身体が疲れていても中々寝付けないものなのです。

 たとえ眠れたとしてもその眠りは浅く、時として悪夢となって逆に神経を蝕みさえします。

 それならポカリ! と一発もらって意識を失った方が、よほどマシなのです。


「そんな無茶な……」


「無茶でもやるのよ! やらなければグレイは死んでしまう!」


 フェルさんが怒鳴りました。


「レット……」


 パーシャがすがるような目つきで、リーダーのレットさんを見ます。


「素早い決断を下したいときは、解決法の難易度はさて置き、他に代替案がないか考えるんだ。他に方法がなければそれで決まりだ――アッシュロードとドーラを助けるのに、俺たちが救出に向かう以外の方法あるか?」


 全員の沈黙が、レットさんの問いかけへの答えでした。


「なら決まりだ。“フレッドシップ7” は、アッシュロードとドーラの救出に向かう」


 決断の速さが長所であるレットさんの、これが彼一流の方法なのでした。


「~はぁ、わかったよ。あたいが薄情者だとか、臆病風に吹かれたとか、そんな風に思わないでよね」


「もちろんです、パーシャ。あなたがわたしたちを心配してくれていることは、みんなよくわかっています」


「そ、それならいいんだけどさ、別に」


「よーし、そうと決まれば早速だ――歯を食いしばれ、パーシャ」


「いーっ!? あたいから!?」


「魔術師のおまえが一番魔力を消耗してるだろうが。だから一秒でも早くさせてやるよ」


「ゴクリ……い、痛くしないでね」


 不敵な笑みを浮かべてにじり寄るジグさんに、パーシャが青くなって生唾を呑み込みました。


「――待て、その必要はない」


 その時、パーシャにとっての救いの声が響きました。

 全員が振り向くと、そこにいたのは豪奢な法衣ローブに身を包んだ一見すると小柄な女の子――。


「トリニティさん!」


「話の切れ端から、おおよその事情は察した。アッシュとドーラが大変なのだな?」


 わたしはうなずきます。


「わたしたちが助けに行きます」


「わかった。これを使え」


 そういってトリニティさんは、小さな手に握った古ぼけた短杖ワンドを差し出しました。


「なんだい、それ?」


 パーシャが興味津々といった様子で食いつきます。

 赤くなって、青くなって、普通に戻って。

 まるで信号機です。


「太古の偉大なる魔術師の遺物アーティファクトだ。秘めたる力スペシャルパワーを解放すれば、消耗した魔力を回復することができる――顎にをもらわなくてもな」


 そういってニヤリ、とジグさんを見るトリニティさん。


「そんなものが……」


 わたしは思わぬ神助に、喜びよりも驚きが先に立ってしまいました。


「効果は絶大だ。ひとりで使えば自分の限界を遙かに超えて、オーバーキャストで全位階の魔力がフルチャージされる」


「ひえっ……」


 驚き息を飲むパーシャに、トリニティさんが苦笑を浮かべて続けます。


「だがおまえたち三人では、そこまでの効果は望めないだろう。せいぜい通常の魔力が戻るだけだ」


「それでも充分です」


 わたしの、パーシャの、そしてフェルさんの顔に、希望の籠もった決意が漲ります。


「――よし、パーシャ。これはおまえが使え。魔術師のおまえでなければ、この杖の力は引き出せぬ」


「あいっ! 師匠マスターっ!」


 パーシャはついにトリニティさんを師と仰いでしまったようです。

 そして師匠よりもさらに小さな掌によって解放される、短杖に秘められた力。

 それは加護による優しい癒しとはまるで違いました。

 無理やり魔力を注入ブーストされるような、他者による強制。


「「「――はぁ、はぁ、はぁ!」」」


 杖が力を使い切りガラクタBROKEN ITEMに変わったとき、“フレッドシップ7” の三人の魔法使いスペルキャスターは、乱れた息と引き換えに消耗した魔力を取り戻していました。


「よ、よいです、出発しましょう」


 わたしは額に浮かんだ汗を拭うと、レットさんに言いました。


「だが、四層への直通路ショートカット海藻ケルプどもが塞いでしまってる。要塞の奥の縄梯子を使うしかないぞ」


「さらに言うと、四層の “熱風の扉” を潜るための “炎の杖” もないよ。あれがないと “立て札ゾーン” を抜けていくしかない」


「他に方法は?」


「「……ない」」


「なら決まりです」


 わたしは微笑みました。

 “動き回る海藻クローリング・ケルプ” の大群を駆除して、孤島の直通路を使えるようにするには、大量の魔力を必要とするでしょう。それでは本末転倒です。

 “転移テレポート” の呪文を使えるトリニティさんは悪の属性であり、四層へ飛ぶことは出来ません。

 同じく “転移”を修得している中立のヴァルレハさんは、食料調達に出たまま戻っていません。

 面倒でも、危険でも、困難でも、一層一層登っていくしかないのです。


「幸いにして “妖獣THE THING” どもの襲来は止んでいる。この隙に――」


 カンカンカンッ! カンカンカンッ! カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンッ――。


 その時、拠点の南からあの不吉で耳障りな金鼓の音が響き渡りました。


「まったく! 苛つかせてくれる!」


 トリニティさんが吐き捨て、走り出しました。

 わたしたちもすぐに続きます。

 どのみち要塞区域エリアに赴くには、拠点の南側から行くしかないのです。

 立ち塞がるものがなんであれ、あの人への道を遮るのならば、蹴散らし蹴散らし突破するまでです!



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