リブート

 カンカンカンッ! カンカンカンッ! カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンッ――。


 三打ち、三打ち、三流れ!

 拠点への魔物の襲来を告げる警報の拍子!


「おまえたちは準備をしてからこい!」


 司教ビショップでありながら盗賊シーフ のような俊敏な身ごなしで走りつつ、トリニティさんが怒鳴りました。


「はいっ!」


 わたしたちは南の防衛線に駆け付けるトリニティさんと一旦別れ、自分たちの篝火アドレスに戻って装備を整えます。

 拠点防衛の装備で、極寒地の救出ミッションはこなせません。

 乾燥海藻の燃料を詰め込められるだけ詰め込んだ、大容量の背嚢。

 その背嚢に括り付けられた、丸められた分厚い防寒着と毛布。

 同様に吊された、鉄靴サバトンやブーツに装着する鉄爪アイゼン

 葡萄酒を混ぜた人数分の “聖水ホーリーウォーター

 すべて事前に準備を終えているので、あとは背負うだけです。


「エバ様っ!」


 篝火に戻ってきたわたしたちを見て、アンが駆け寄ってきました。


「ちょっと出掛けてきますね。あとをよろしくお願いします」


「はいっ」


 わたしは微笑み、阿吽の呼吸でアンがキッパリとうなずきます。


「よし、装備漏れはないな? ――行くぞ!」


「おっちゃんやドーラでも無理だった迷宮を、あたいたちが踏破すんのね! わくわくするよ!」


「目的はあくまでグレイたちの救出よ!」


「わかってるって! どっちしても、これでしばらくおっちゃんに大きな顔ができる!」


 フェルさんとパーシャのやり取りを耳に、今度こそ拠点の南に向かって走ります。

 妖獣群の第二波が襲来しているなら、すでに激しい戦闘が行われているはずです。

 しかし防衛線に近づいても、戦いの怒号や打ち響いているはずの撃剣の音は聞こえてきません。

 わたしは槍衾やりぶすまを作る騎士や従士を掻き分けて、最前列に出ました。


「どうなっているのです!?」


 すぐ近くにいたトリニティさんに訊ねます。


「“妖獣THE THING” が現れたのではなかったのですか!?」


「まあ、見てみろ。なかなかに興味深い物が見られるぞ」


 引き攣った笑みを浮かべて、軽く顎をしゃくるトリニティさん。

 視線の先には彼女自身が氷漬けにした、巨大な “妖獣” の氷像がありました。


「……え?」


 蒼氷に封じ込まれた醜悪な物体オブジェの中心が、橙色に発光を繰り返しています。

 それはあたかも、剥き出しの心臓が脈動しているかのようでした。


「絶対冷凍波を受けても生きていたとはな……冷気に対しては恐ろしく耐性があるらしい」


「だったら氷の檻に入ってるうちにトドメを刺しちまえ!」


「“絶零アブソリュート・ゼロ” で作り出した氷だ。“焔嵐ファイア・ストーム” をいくら撃ち込んだところで解かすことはできまいよ」


「だったら、“対滅アカシック・アナイアレイター” を――」


 ジグさんが激しく苛立ち、トリニティさんをけしかけます。


「それは駄目だよ!」


 トリニティさんに代わって否定したのは、パーシャでした。


「ドーラの話を忘れたの!? “大天使アークエンジェル” 同士の戦いをさ! ガブが戦いながら時空を閉じてくれたから、この岩山が崩れずに済んだんだよ!」


「ホビットの言うとおりだ。“対滅” は地下空間で使うには威力がありすぎる。下手をしたらこの地下空洞自体を崩しかねん」


「……地下核実験」


 想わずその言葉が口を突きました。

 “対滅” の呪文はその名が示すとおり、物理現象 “対消滅” を現出させる魔法です。

 物質からエネルギーへの変換効率は、核分裂原子爆弾はおろか核融合水素爆弾すら遙かに上回り、時間や空間さえ創りだした宇宙開闢ビックバンと同質の現象なのです。

 前の世界では近くて遠い隣国の地下核実験が、地震すら引き起こしました。

 トリニティさんやパーシャの危惧はもっともすぎます。


「おまえたちは今のうちに行け! 氷の檻が奴を封じている間に――」


「いえ、どうやら手遅れのようです」


 ビシッッ!!! ビシッ、ビシッ、ビシッッ!!!


 わたしがトリニティさんに劣らない引き攣った顔を浮かべたとき、巨大な氷像から乾いた大音が発せられ、無数の亀裂が走りました。


 再起動リブート


 野太い法螺貝と甲高いコントラバスとを同時に吹き鳴らし・掻き鳴らしたような、神経を逆撫でする鳴き声が発せられました。

 蒼氷の戒めを脱した巨大な “妖獣” は、醜悪な咆哮を上げると脈動を――膨張と収縮を繰り返しています。


「な、なにをする気!?」


「わからん!」


 おののくフェルさんに、トリニティさんが答えます。

 さしものトリニティさんにも余裕がありません。

 “賢者” の恩寵を持つ彼女でさえ、生態がまったく不明な異星の生物にはおいそれと手が出せないのです。

 しかし、この慎重さ――躊躇ためらいがさらなる状況の悪化を招いてしまったのです!


「――いかん!」


 トリニティさんがその場にいた誰よりも早く “妖獣” の意図を察したときには、手遅れでした!

 希代の女性賢者が対抗呪文を唱える暇もなく、収縮から膨張、さらには最膨張した “妖獣” が、ボンッ! という強大な破裂音と共に弾け飛んだのです!


「破裂した!?」


「違う、分裂だ!」


 驚愕するレットさんを、トリニティさんが怒鳴りつけます!


「馬鹿者! 早く行け! 乱戦に巻き込まれるぞ!」


 周囲に拡散し、蠢く無数の “妖獣” たち!

 巨大な “妖獣” は無数の個体に再分裂し、大群をもってもう一度襲い掛かる気なのです!

 わたしたち一人一人に寄生して同化するのなら、その方が都合がよいのでしょう!


「レットさん!」


「よし、行くぞ! 続け!」


 そしてわたしたちは、瞬く間に包囲陣を敷いた “妖獣” の群れに向かって吶喊しました!

 ここで突破できなければ――お終いです!



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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