秘めたる力
“リーンガミル親善訪問団” の首脳部が対策本部として使っている天幕は、本来一軍を指揮統率する司令部が野営時に使用する物だ。
気の利いた
内装も豪華で、さならが移動する小宮殿だ。
その大天幕の最奥、一行の指導者が執務室兼私室として使ってる
アッシュロードとドーラ、そして急を告げたハンナ・バレンタインの視線の先には、持ち運びが可能な最大サイズの執務机がある。
しかし、その向こう側に主の姿はない。
あるのは机と対で造られた豪奢な椅子と、その上に落ちた小さな小さな彼女の
そしてその首回りや袖口やから零れる、大量の灰だけだった。
「……レインッ」
アッシュロードは呆然とする頭の片隅で事態の深刻さを憂い、暗澹たる気持ちになった。
何が原因かはわからない。
だが何が起こったのかは一目瞭然だった。
彼らの有能な指導者トリニティ・レインは、一夜のうちに灰になってしまったのだ。
「……わた……わたしが見たときはすでに……」
ハンナの口から震える声が漏れた。
「……朝食を運んでいいか訊ねたら……返事がなかったから、それで中の様子を見てみたら……」
「誰にも知られてねえか?」
「た、多分……警護の騎士以外には……」
「ドーラ」
「ああ」
ショックを隠しきれない様子ながらも、ドーラはアッシュロードの意を汲み、護衛の騎士に箝口令を敷くために間切りの外に出た。
剣に名誉の誓いを立てた忠誠心に篤い騎士たちである。
万が一にも秘密を漏らすことはないだろう。
アッシュロードは広い執務机に近づき、反対側に回り込んだ。
床に零れた灰を踏まないように、慎重に足を運ぶ。
自分の盟友の一部なのだ。
例え一粒子といえど踏みたくはない。
後の蘇生を考慮すれば尚更だ。
(……まるで殺人現場の捜査だな)
執務机の下を覗き込みながら、アッシュロードは思った。
外部から魔物が侵入してトリニティを襲ったとは考えにくい。
天幕の周囲には、探索者が迷宮でキャンプを張るときと同じように、聖水で魔除けの魔方陣が描かれている。
この結界を越えて魔物が天幕に侵入するのは不可能だ。
少なくともこの世界の
そもそも
だとするなら――。
(……こいつか)
アッシュロードは机の下に転がるふたつの水晶玉を見て、言い知れぬ不安に襲われた。
ひとつは明るい光を放ち、もうひとつは仄暗い輝きを帯びている。
“
“
第五階層と第四階層。
善と悪ふたつの
「……なにか見つかったの?」
「……ああ」
恐る恐る訊ねたハンナに、アッシュロードはうなずいた。
「……例の水晶玉だ。どうやらこいつが犯人のようだ」
「……でも、どうして?」
「……わからん。おそらく “秘めたる力” のせいだろうが……まさかトリニティが扱いを誤るとはな」
それらは “
本来であれば “
「……人を灰にしてしまうような力を秘めた魔道具があるなんて」
「……ああ、俺も初めて知った」
だが、何事にも最初はある。
すべての冒険職の中で唯一アイテムを鑑定する能力を持つ
トリニティ自身、初めて見る品だとも言っていた。
おそらく未知の魔道具を調べている最中の事故だったのだろう。
それにしても……だ。
「騎士たちに口止めをしてきたよ」
アッシュロードとハンナが薄ら寒い思いに囚われていたとき、ドーラが間切りの中に戻ってきた。
「何かわかったかい?」
「鑑定中の事故だろう」
机の下に向かって顎をしゃくってみせるアッシュロード。
身を屈めて机の下をのぞき込んだドーラは、そこにふたつの水晶玉を見て取り納得し、そして吐き捨てた。
「随分とまぁ、悪辣な品があったもんだよ」
「ど、どうするの?」
気丈に振る舞ってはいるが、ハンナは明らかに動揺していた。
無理もない。
アッシュロードもドーラも、ハンナが幼い頃からトリニティに目を掛けられていたことを知っている。
ハンナにしてみればトリニティは、年の離れた姉のような存在なのだ。
そのトリニティが灰となった姿を発見してしまったのだ。
まして彼女は、この “
動揺するなという方が無理な話だ。
「とにかく箝口令だ。それから訪問団の首脳部を集めてくれ」
「わ、わかったわ」
アッシュロードの淀みない指示に、幾分落ち着きを取り戻すハンナ。
「それと――」
「“緋色の矢” と “フレッドシップ7” も……ね?」
先回りしたハンナに、アッシュロードは首肯した。
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