味の素

「美味いニャッ! 美味いニャッ! 美味いニャッ! ――マンマ、これは美味いまんまニャッ!」


 ノーラちゃんが、木製のスープ鉢にてんこ盛りにされた水炊きをハフハフと頬張りながら、絶賛の嵐を巻き起こしています。


「おーおー、そいつはよかったね。でもちゃんとフーフーしてからかっ喰らうんだよ。外は冷めてても中は熱いままかもしれないからね」


「了解ニャッ! ニャーは猫舌だから、ちゃんと肝に銘じてるニャ!」


 鉢とフォークを持っていなければそのまま敬礼をしそうな勢いで、ノーラちゃんがマンマドーラさんに答えます。


「それにしても美味いニャッ! この水炊きは最高ニャッ! この味を知ったら、もう “大蛇アナコンダ” には戻れないニャッ!」


「ははは、それはそれでちょっと困るかもしれないね」


 ドーラさんが苦笑しています。

 それは確かに、とわたしも微苦笑を浮かべます。

 “コカトリスのお肉” が、そうそう手に入るとは限りません。

 むしろは望外の幸運というべきで、これからの生活を考えると、ノーラちゃんにあまりグルマン美食家になられるのも困りものです。


「いやぁ、でもノーラの気持ちもわかるよ! この美味しすぎ!」


 パーシャが、絶賛同意の嵐を巻き起こしました。

 こちらもノーラちゃんに負けず劣らず、ハフハフ、ガツガツ、湯気の昇る鶏肉をかっ喰らっています。


「肉が最高なのはもちろんだけど、やっぱりこのスープ! スープだよ! このスープが肉の味を何倍にも引き立ててるんだよ!」


「それはそうですよ。今までのただの海藻ケルプのお出汁とは、言葉どおりひと味もふた味も違うのですから」

 

 わたしはドーラさんと視線を交わし、微笑み合いました。


「ひと味目はわかるよ。ビネガーが入ってるよね。でもふた味目がまるでわからない。あたい、こんな味は初めてだよ」


 にわか仕立ての美食評論家が鶏肉を頬張るのをやめて、難しい顔でスープ鉢を睨みました。

 パーシャに限らず、ホビットはみんな食いしん坊で美食家なのです。


「そいつはね、“魚醤” っていうのさ」


「ギョショー?」


「樽に魚と塩を詰めて作る調味料さね。あたしの育った場所じゃ、当たり前に作られてもんさ」


 そう言ってから、ノーラちゃんの口元が汚れているのに気づいたドーラさんは、清潔な布巾で彼女の口を拭いてあげました。

 こそばゆそうなノーラちゃんの喉から、ゴロゴロとした音が聞こえてきます。


「幸い塩はそこら中から顔を出してるし、魚は一〇〇〇人の腹を満たすほどの漁は出来ないんで、それなら聖女様と試しに作ってみるかってことになったのさ。本来なら葡萄酒ワインと同じで、発酵が終わるのに一年以上かかるんだけど、そこはどっかの酒飲みが良い方法を見つけ出したからね」


 地底湖を含むこの広大な空間は元は海の底だったらしく、拠点の近くでも塩の岩塊がいくつも見つかっています。

 淡水の水辺の発見と共に、これはわたしたちにとって大きな幸運でした。

 いえ、それがあるからこそ、“真龍ラージブレス” はこの場所にわたしたちを召喚したのかもしれません。


 魚の方は、漁船や地引き網を用意できるわけではないので、ドーラさんの言うとおり拠点にいる全員のお腹を満たすほどには獲れません。

 騎士や従士の人が非番の際に釣り糸を垂らす程度では、せいぜい一個分隊の程度にしかならないのです。


 そこで、かねてから喉から手が出るほどに “お醤油うまみ成分” を欲していたわたしは(日本人、日本人、アイアム、日本人)、そういった人たちに理由を話してお魚を分けてもらい、魚醤造りに挑戦してみたのです。

 もちろん、いくらわたしがお母さんからいろいろなお料理を教わっているとはいっても、さすがに魚醤の作り方までは知りません。


 さてどうしましょう? ――と悩むまでもありませんでした。

 すぐ近くに、同じ “東方出身” のあの人がいるのですから。

 わたしはドーラさんが探索に出ていないときに相談してみました。

 ビンゴ! でした。

 ドーラさんは以前に魚醤を造ったことがあったのです。

 さらに、わたしと同じように毎食の調味料の貧しさに辟易していたドーラさんもまた、密かに魚醤造りを考えていたそうなのです。

 ただ魚醤は発酵食品であり、完成までにとても時間がかかるので、手が出せずにいたとのこと。


 だ・が・し・か・し――です!


 どこかの酒飲みさんのおかげで、すでにわたしたちは原料を短時間で発酵させる術を知っています。

 材料があり、方法もわかっている以上、もはやためらう理由はありません。

 わたしとドーラさんは、主計長さんからワインの空樽をひと樽ただくと、そこに分けてもらった魚と細かく砕いた岩塩を入れました。

 あとは『美味しくなれ~、美味しくなれ~』と念じながら、“大癒グレイト・キュア” を施すこと都合六回。

 その結果は――。


 上手に出来ました! ――なのでした!


「もちろんそれだけでこの美味しい “つけダレ” が出来るわけではありませんよ。出し汁と酢と、そして魚醤を絶妙な配分でブレンドしてこそ、このお味が出るのです」


 エッヘン!


「つ、つまり、これってば腐った魚の残り汁……つまりは腐汁?」


 うへぇ……とおりこした、うげぇ! な顔で、パーシャが訊ねました。


「“腐乱死体ゾンビ” じゃないのですから、腐汁はないでしょう。それにそれを言うのなら、あなたの大好きなワインやチーズだって腐っていることになるのですよ?」


 発酵食品とは、つまりはそういう食べ物なのです。


「とにかく味の方は保証しますので、ガンガンお代わりしてください。ガンガン」


「お代わり!」


「お代わり!」


「お代わり!」


「お代わり!」


「お代わり!」


「お代わり!」


「「「「「「おかわり!」」」」」」





 一〇分後。

 わたしはまだ熱々の水炊きの入ったお鍋を手に、地底湖の岸辺に向かっていました。

 “永光コンティニュアル・ライト”の明かりの中に、小さな岩に腰を下ろして、ぽつねんと釣り糸を垂れている猫背が見えてきます。


「――太公望さん、釣れてますか?」



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