神の癒し
何度か深呼吸をしてもらい、侍女さんの身心から緊張が解れたのを見計らって、わたしは “
本来この加護は、所在不明者を念視してその安否を確認するものです。
ですがその念視の際に目印とするのが、対象者の “魂” なのです。
新しい生命が母胎に宿ったとき、魂もまた新しい生命に宿るのです。
わたしは “探霊” の加護を通じて、侍女さんに宿っている新しい魂を感じ取ろうとしました。
そして……。
(これは喜ぶべき事なのでしょうか……それとも)
胸の内で嘆息するとわたしは目を開けて、不安げな眼差しで見つめている侍女さんに言いました。
「小さいですが、確かな魂を感じました。あなたは身籠もっています」
侍女さんの中から感じた、確かな魂。
まだ小さいですが、紛れもない新しい生命の息吹でした。
侍女さんの顔が苦悩に歪み、ついには顔を覆って泣き出してしまいました。
やはり、望まぬ懐妊だったのです……。
「相手の方と話し合うことはできますか?」
嫌々をするように、激しく顔を振る侍女さん……。
明日をも知れぬ、迷宮での生活……。
愛する人がいるから、生きてゆける……。
でも……だからこそ、その人の負担にはなりたくはない……。
「この拠点の指揮を執っているトリニティさんは、女性でとても話のわかる方です。わたしも面識がありますし、相談に乗ってくれるでしょう。あなたとお腹の子に悪いようにはされないはずです。ですが……」
わたしは口調に力を込めました。
「ですが、やはりまず相手の方に打ち明けることをお勧めします。わたしは以前にも、あなたと同じ境遇に置かれた女性を知っています。その人は相手の人に打ち明けられないまま全てを失い、今もひとりで苦しんでいます。あなたに同じ思いをしてほしくはありません」
その悲しみは……苦しみは……ひとりで背負うには重すぎるのです。
「…………あの人と……話してみます……」
泣いたことで、気持ちが落ち着いたのでしょう。
やがて嗚咽が止まると、侍女さんが真っ赤に泣き腫らした目で呟きました。
「それがよいと思います」
まずは当人同士で話し合う。
他人が手を差し伸べるのは――口を挟むのはそれからです。
「わたしの
アドレス冒頭の7は、探索者を表す数字。
末尾の3は、わたしたち “フレンドシップ7” を表す数字です。
またアドレス冒頭の1~4までは、第一~第四の各近衛小隊。
末尾の1~4までは、それぞれの小隊に属する第一~第四までの各分隊を表しています。
さらに冒頭5が、輜重隊その他の後方支援部隊。
6が、対策本部(司令部)直属となっているのです。
「表札代わりの立て札があるので、すぐに分かると思います。夜でも構いませんから」
「………………はい……」
蚊の鳴くような声で、侍女さんが頷きます。
「……もう行かないと……仕事がありますから」
「体調がすぐれないと伝えて、身体に負担になる労働は避けてください。妊娠初期は子供がとても流れやすいですから」
もう一度うなずくと、侍女さんはお礼を述べて衝立の陰から出て行きました。
救護所を出て行くその背中を見送りながら、他に出来ることはなかったのか……反芻しました。
ですが、答えが出る前に次の患者さんの苦しむ声が聞こえて、わたしはすぐに気持ちを切替えなければならなかったのです。
それからわたしは、何人かの女性患者さんを治療して、救護所から送り出しました。
患者さんが途切れ、一息吐いて手を清めようと水差しから洗面器に水を注ごうとした瞬間――。
わたしは唐突に、回避できたはずの悲劇が目の前に迫っていることに――いえ、もしかしたらすでに通り過ぎてしまったかもしれないことに気づきました。
それは虫の知らせとしか言いようのない事象でした。
わたしは咄嗟に “
そして、顔面を蒼白にして駆け出したのです。
「――どうしました、聖女さま!?」
軍医さんが、血相を変えて救護所を飛び出したわたしに叫びますが、返事をする余裕など元よりありません。
わたしは馬鹿です! 大馬鹿です!
あんな精神状態の彼女を、ひとりにしてしまうなんて!
彼女はわたしではないのに!
生まれ育った
念視によると、彼女は地底湖の岸辺にいました。
その辺りは淡水域ではなく汽水――それもほぼ海水の、生活用水には仕えない水打ち際です。
どうしてそんな場所に?
答えは決まっています。
“探霊” で感じ取れた魂は、侍女さん本人と身籠もっている赤ちゃんのふたつ。
ですが、赤ちゃんのそれはか細く、弱々しく、今にも消え入りそうでした。
どうして! どうして!! どうして!!!
どうしてそんな真似を!?
どうして気がつかなかったの!?
(――お願い、間に合って!)
わたしは走りました。
心臓が爆発しても構わないくらいに走りました。
そしてようやく彼女の姿を視界に捉えたとき、わたしはそのあまりの痛々しさに、乱れた息を整えることも忘れて――絶句しました。
侍女さんは冷たい湖水に下半身を浸して、身じろぎもしていませんでした。
自分の中に宿った……宿ってしまった生命が消え去るまで、ただジッと身を切るような冷たさに耐えていたのです。
あの人は――自分自身で堕胎しようとしていたのです。
「駄目えぇぇぇっっっ!!!!」
わたしは絶叫し、打ち寄せる湖水に飛び込みました。
地底湖の流れの差でしょうか。
その水は、普段水浴びに使っている淡水域の水よりもずっと冷たく、まるで氷のようでした。
わたしは侍女さんに武者振り付くと、力任せに岸へと引きずり上げます。
侍女さん瞳は朦朧と焦点が合わず、失神寸前です。
女神さま! ニルダニス様! どうかこの人に、この子に――――わたしに御慈悲を!
わたしは自分の中に存在するすべての後悔を、怒りを、悲しみを、苦しみを、救いを求める願いを――祈りと加護に込めて、叫びました。
「―― “
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