拠点模様①

 “湖岸拠点レイクサイド・キャンプ” の整備は、日に日に――というより、時間毎に進んでいた。

 最初期に設置された “対策本部” と “配給所” の他にも、


 男性用トイレ×6

 女性用トイレ×3

 女性用浴場×1


 がすでに完成しており、さらには聖職者数名が常駐する “救護所”

 食料を保管するための “氷室” なども稼働を始めている。


 また正確な “区割り” がなされ、護衛の混成中隊を編成する四つの近衛小隊と隷下の分隊ごとに野営場所の住所アドレスが割り振られ、簡略化された隊旗が掲げられた。

 第一小隊の第一分隊なら “1-1” というような、急ごしらえだが認識のしやすさに重きを置いた旗だ。

 これまでの隊旗は凝った意匠で、華々しく士気を高める半面、部外者には分かりにくかったのである。

 これによって各隊に所属する “誰の誰兵衛” の所在がつかみやすくなり、目的の人間が見つかるまで訪ね歩く必要が大幅に減った。


 その他にも、ボッシュと各小隊からの応援要員で掘られている用水路が、もうすぐ完成する見込みだ。

 これは地底湖の淡水域の水辺から直接拠点に水を引きこむ上水路で、完成すれば水汲みの重労働が大幅に軽減されるだろうと期待されていた。

 当初、水路を掘ることで地底湖の水流が変わり、せっかくの淡水域を台無しにしてしまうのでは……? との危惧もあったが、を使ったヴァルレハの観測と計算の結果 “影響なし” との結論が出て、一気に作業が進められたのである。

 これに伴って、女性用の浴場は上水路の最下流に被さるよう移転されることになった。水浴びをした水を飲むのは、的に抵抗があるというわけだ。


 都市計画の立案と経営は、トリニティ・レイン。

 設計と設営は、ボッシュ・ザ・グレート。


 幸運にも、拠点の整備に欠かせない能力を持った人材――それも最高の人材――が揃っていたのである。

 さらには一〇〇〇人にも及ぶ、戦闘から土木作業、輜重・主計などの補給全般、広範囲にわたる事務作業、果ては炊事・洗濯・針仕事までこなす多種多様な人員。

 地下迷宮という劣悪な環境にありながら、“湖岸拠点” は徐々に村落――あるいは町と呼んでも差し支えない環境を、急速に整えつつあった。



「――それじゃ行くよ」


「いつでも」


 作業場の南の端に立つパーシャとフェリリルが、“資源” の山を前に頷き合う。

 拠点の最北に用意されたそこは一区画ブロック四方の広さがあり、これまでに狩り集められた “動き回る海藻クローリング・ケルプ” が積み上げられていた。

 全長五〇メートルの巨大なとはいっても、食用に適した若芽は極一部でしかない。

 それ以外の大半の部位が、異世界現代日本風にいうなら食品廃棄物として拠点の環境を悪化させる要因となっていたのだが、魔術師のヴァルレハが燃料化の方法を考え出したことで状況は一変した。

 今や巨大な海藻はその全てが利用可能な、迷宮随一の貴重な魔物資源となったのである。

 パーシャとフェリリルは、彼女たちと交代に迷宮探索に出たヴァルレハとノエルに代わって、燃料化の作業を任されているのだ。

 手順は単純である。


 ①パーシャが “凍波ブリザード” の呪文で、海藻を凍らせる。

 ②フェリリルが透明な箱を被せるよう、凍った海藻を “光壁ホーリー・ウォール” の加護で囲む。

 ③パーシャが “酸滅オキシジェン・デストロイ” の呪文で、“光壁” の内側の大気を消し去る。

 ④フェリリルが、“光壁” の加護を解く。


 これだけだ。

 真空状態(低圧力下)での水分は、温度に関わらず蒸発する(昇華)。

 周囲の大気が消滅したことで、海藻内の水分は外へと逃げていき乾燥状態となる。

 あとは “光壁” の加護を解いてやるだけで、気圧によって圧縮されたバイオ燃料の完成である。


 乾燥した “動き回る海藻” は、堅い木材のようでもあり加工が利く。

 焚き木の代用としてだけでなく、様々な用途に利用可能だった。

 周囲の水分を吸収して再び湿気しけりやすいの欠点だが、加工後に “恒楯コンティニュアル・シールド” を施すことによって、救護所の寝台のような患者の寝汗をほどよく吸い取る良品になった。


 逆に湿気らせたくない品の周囲に置けば、強力な乾燥剤にもなる。

 これは湿度一〇〇パーセントのこの迷宮では、非常に利用価値が高いと言えた(充分に水分を吸ったら、また昇華させてやればよいのである)。

 これだけ湿度の高い環境に長期間滞在すれば、いずれ胸を病む者が出るであろうことは想像に難くない。

 結核患者の大量発生を、陣中の聖職者たちは皆一様に危惧していた。

 乾燥させた海藻を使えば、その事態を少しでも食い止めることができるのではないかと期待が持たれ、また具体的な方法も模索されていた。


 拠点を築いた第一層に “動き回る海藻” が大量に生育していたこと。

 そして、その余すところのない利用法を考え出せる魔術師がいたことは、“リーンガミル親善訪問団” にとって、これ以上ない幸運だった。


「――はい、今日の仕事はこれでお終いっと」


 パンパンッ、と手の埃を落とす仕草をして、パーシャが宣言した。

 彼女の使える “酸滅” の――第六位階の呪文の回数は4回。

 その全てを使い切ってしまった以上、今日の燃料作りはここまでだ。


「フェル、あたいはこれからあの娘たちと水浴びに行くけど、あんたはどうする? 一緒に来る?」


「わたしは残って練習をしていくわ」


「そ、ならあたいは先に戻るよ。健闘を祈る」


 パーシャはニッと笑って帝国式の敬礼をすると、少し離れた場所で自分を待っている一〇人前後の娘たちの元に向かった。

 リーンガミルへの道中や、この迷宮に召喚されてから親しくなった少女たちで、パーシャはこれから彼女たちのために、 “暗黒ダークネス” の呪文を使って水打ち際に文字どおりの “暗幕” を張ってやるのだ。

 女たちだけが使える浴場が出来たとはいっても、覆いとする箱馬車の数が限られているため、数が一棟しかない。

 一〇〇人前後いる女官や侍女全員が沐浴をするには、随分と待たなければならなかった。

 湖で肌を晒せるなら、それに越したことはないのだ。

 元々はヴァルレハがなかなか身を清められない娘たちをおもんぱかって始めたことだが、燃料化の作業と共にパーシャが引き継いだ――というわけである。


 キャッキャとはしゃぎながら淡水の岸辺に向かうパーシャたちを少しだけ見送ると、フェリリルは再び海藻の山に意識を戻した。

 次の探索までに、彼女は自らに課した新たな役目に習熟しなければならない。

 その練習台に、この乾燥した海藻は持ってこいなのだ。

 拠点の片隅に、エルフの少女の賛美歌のような祝詞が響いた。



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