少女たちの宴+1

「うへぇ……ちょっと、みんな見てよこれ」


 になって戻ってきたフェルさんと遅めの昼食を摂ったあと、わたしたちは再び対策本部の天幕に来ていました。

 パーシャが “緋色の矢” の地図係マッパーであるヴァルレハさんから差し出された地図を見て、持病の顔面神経痛を再発させています。


「ほら、第二層のあたいたちが最初に一方通行の扉に引っ掛かったところ。あの時やっぱりに西に行ってれば、すぐ戻れたんだよ」


 ゲンナリした顔で、皆にヴァルレハさんの地図を差し出すパーシャ。

 天幕には、わたしたち “フレンドシップ7” や “緋色の矢” の皆さんの他にも、トリニティさん、アッシュロードさん、ドーラさん、ボッシュさん、ハンナさんがいました。

 午前に引き続き、迷宮で得た情報の(午後はさらに詳細な)共有を目的とした集まりです。


「「「「「……」」」」」


 パーシャを除く五人がその地図をのぞき込み……やはりゲンナリした表情を浮かべました。

 第二階層を記したわたしたちの地図で、唯一埋まっていなかった区画ブロック

 一方通行の扉によって戻ることができず、未踏破だった空白地帯。

 “緋色の矢” の皆さんに探索・踏破されたそこには、わずかの距離で帰路に復帰できるルートが存在していました。


「わたしは最初、なぜおまえたちがあれほどまでに迷宮を彷徨ったのか、分からなかった。だがパーシャの地図とヴァルレハの地図を見比べて、ようやく理解できた。この迷宮はだ」


 遭難が判明したわたしたちのために、スカーレットさんらは第二層の半ばまで足を踏み入れてくれたのです。


「とても複雑な階層フロアよ。帰路は一ルートしかなく、しかも探索する順序を間違えると、地図が地図として機能しなくなる」


「西→北と探索すべきところを、北→西と調べようとして、俺たちはドツボにはまった……というわけか」


 肩を落とし気味に、嘆息するレットさん。


「おまえたちが辿ったルートだが、一言でいって “大長征” だぞ。むしろ、よく生還できたと誇るべきだ」


 スカーレットさんが力強く励まします。

 リーダー同士の麗しい友情です(……と、ここでは表現しておきましょう)。


「情報の共有を徹底したい。地図を模写するだけでなく、マッパー同士の意見交換も綿密にしてくれ」


 トリニティさんが、広い執務机の向こうから皆に言い渡しました。


「ヴァルレハ、パーシャ。アッシュたちの地図を描き写すのを忘れるな。場合によっては、中立の人間に三層と五層の探索に出てもらうかもしれん――アッシュもだ。おまえとドーラは “グッド” の階層には入れないが、知識にしておくに越したことはない」


 それからトリニティさんは他の人たちを代表する形で、もう一度 “フレンドシップ7”の全員から話を聞きました。

 疑問点を的確に分かりやすく訊ねてくる姿は、ポトルさんを偲ばせます。

 優秀な魔術師に共通する能力スキルなのでしょう。

 トリニティさんが話を聞き終わったときには、アッシュロードさんやスカーレットさんたちも、迷宮の二層と四層についての知識を大分得ていたと思います。


「別の天幕に作業場を用意した。そこで地図を描き写すといい――中尉、マッパーたちを案内してやってくれ」


「はい。ではヴァルレハさん、パーシャ、アッシュロード閣下、こちらへ」


 ……?

 はて、なんでしょう?

 今一瞬、ハンナさんの声にトゲがあったような、なかったような?

 いえ、きっと気のせいですね。


 対策本部の天幕を出たわたしは、少し興味を惹かれたので地図係の人たちが案内された作業場を覗いてみました。

 そこは本部と同じくらい広さの天幕で、もしかしたら予備の品なのかもしれません。

 中には野営用の横長の会議机が設置されていて、卓上に羽ペンやインク、文鎮などが並べられています。

 パーシャ、ヴァルレハさん、アッシュロードさんの順で席に着くと、お互いの地図を交換して、カリカリと模写が始まりました。

 その様子は、なんだか学校で居残りをさせられている生徒みたいで、思わず笑みが零れました。


(……あとで “おやつ” を持ってきてあげますから)


 わたしはほっこりした気分で、天幕から離れました。



 その日の夜。

 アンが作ってくれた美味しい晩ご飯を食べ終えたわたしたちは、銘々自由な時間を過ごしていました。

 レットさんは武具の手入れに勤しみ、カドモフさんは、“動き回る海藻クローリング・ケルプ” を乾燥・固形化した物に小刀をあてて、木彫り細工ならぬ海藻細工を楽しんでいます。

 パーシャは毛布の上にうつ伏せに寝っ転がって、トリニティさんから借りた書物を瞬きもせずに読みふけっています。

 呪文の書ではなく、軍学書の類のようです。

 フェルさんは、食後のお祈りをしています。

 ジグさんの姿は見えません。おそらくの女性と浮名を流しているのでしょう。


 わたしはどうしているのかといえば…… “道具” を持って立ち上がったところでした。

 もちろん行き先は、皆から離れて孤独を楽しんでいるあの人の篝火かがりびです。

 アッシュロードさんは火を前に、レットさんと同じく武具の手入れをしていました。

 鉄靴サバトンの底に付いた泥を穿り落として、鈍くなったスパイクにヤスリをかけています。

 魔物と戦っている最中に足を滑らせたら最後です。

 特に単独行ソロが多いアッシュロードさんは、神経質なほど足回りの状態コンディションに気を配っていました。

 わたしに気づいたアッシュロードさんが顔を上げました。

 わたしは笑って、手を差し出します。


 ――さあ、出してください。


 アッシュロードさんは、いいよ、いいよ、と渋い顔で遠慮しますが、わたしが笑顔のまま手を出し続けると、やがて根負けしたようにシャツだのなんだのといった繕い物を差し出しました。

 そうそう、無駄な抵抗はしないで、さっさと出してください。

 どうせ自分では繕えないのですから。

 わたしはアッシュロードさんの左隣にちょこんと座ると、幸せな顔で針仕事を始めました。

 アッシュロードさんはため息を吐くと、またゴリゴリと鉄靴にヤスリをかけ始めます。

 わたしはチマチマと腋の下が破れたシャツに針を通します。


 ゴリゴリ、

 チマチマ。

 ゴリゴリ、

 チマチマ。


 すると、そこに食後の祈祷を終えたフェルさんが来て、ニッコリと挨拶しまいた。


 早いのね、エバ。

 はい、わたしお祈りはクイックなので。


 お互いに悠然と微笑み合うと、フェルさんはアッシュロードさんの右隣にエルフ特有の美しい所作で腰を下ろしました。

 そして自身もまた針仕事を始めます。

 しかも繕い物ではなく、正真正銘の縫い物です。

 なんとアッシュロードさんの新しいシャツを縫っているようです。


 なんて大胆な。

 ボタン付け、手袋、マフラー、セーターという順を、いきなりすっ飛ばして、いきなり肌着です。

 さすがエルフ、超ずるい。


 でも、フェルさん。

 あなた、お裁縫どころかゆで卵も茹でられない、実は女子力0な人でしたよね。

 いきなり、そんな難易度の高いアピールは……。

 わたしの杞憂は現実のものとなりました。


 痛っ!


 そして、


 痛っ!


 一針ごとに自分の指を刺して、口に含むフェルさん。

 まさかその都度 “小癒ライト・キュア” を願うわけにもいかず、さすがに涙目になっています。

 さすがに、可哀想になってしまいます。

 アッシュロードさんはまたしても、今度はさらに大きなため息を吐くと、左手から金色の指輪を抜き取り、『やるんじゃねえぞ』――といって、フェルさんに手渡しました。

 “癒しの指輪リング オブ ヒーリング” です。

 涙ぐんでいたフェルさんの顔に、パッ! と向日葵のような笑顔が浮かびます。


 ああーーっ! ズルい! ズルい! ズルいーーーーっ!


 不器用を武器にできるなんて、それじゃ完全無欠じゃないですか!

 攻防一体の秘技じゃないですか!

 いくら女子力を磨いても意味ないじゃないですか!

 エルフ、チート! 超チート!


 わたしは心の中で指鉄砲を乱射するようにフェルさんを指さし、盛大にズルいを連呼しました。

 連、連、連呼しました。

 でも、顔には出しません。

 あくまで悠然と微笑み続けます。

 最近気づいたのですが、わたし不機嫌に笑顔になるみたいです。

 眩しすぎるフェルさんの笑顔から顔を逸らしたアッシュロードさんと、目が合いました。


 お久しぶりです。お元気でしたか?

 理解があるわたしで、良かったですね。


 なぜか青くなって、わたしからも顔を逸らすアッシュロードさん。

 どうやら、わたしの笑顔をも眩しすぎたようです。

 チートなエルフさんと互角なのですから、わたしも大したものです。

 全然嬉しくないですけど。

 むしろ、アッシュロードこの奴畜生! ですけど。


 ――と、その時、


 カツカツカツ、


 軍靴の音もキビキビと、ハンナさんがこちらにやってきました。

 相変わらずビシッと姿勢正しく、まさに絵に描いたようなキャリアウーマンです。

 わたし、フェルさん、そしてアッシュロードさんが見守る中、ハンナさんはグルッとわたしたちの後ろに回り込み、どっこいしょ――と腰を下ろしました。


 ……上官である、アッシュロードさんの猫背に。


 ああ! 受付嬢さんズルい、超ズルい!

 それはわたしの十八番おはこですよ!



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本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

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