魔術師ポトル

 戦闘用にあつらえられた厚手の黒革の手袋を通して、緑色の細い光が血塗れの宝箱の上蓋へと伸びている。


「―― “爆弾BOMB” で間違いない」


 透視を終えたアッシュロードが木箱にかざしていた手を下ろして、離れた場所に待機しいてるドーラを振り返った。

 対象を念視して仕掛けられている罠を九五パーセントの確率で見破る、聖職者系第二位階の加護 “看破ディティクト・トラップ” である。

 罠のが本職の盗賊シーフよりも劣る忍者が解除を試みる場合、この加護による支援が不可欠だ。


「よっし、そんじゃ交代さね――今度はあんたが離れといてくれ」


 ドーラは腰の雑嚢から、罠の解除に使う盗賊の七つ道具シーブス・ツールを取り出しながら、 宝箱に近づいた。

 場所を譲ったアッシュロードは出来るだけ距離を取り、ドーラの作業を見守った。

 万が一ドーラがしくじることがあっても、現在のふたりの生命力ヒットポイントは最大値であり、即死の心配はない。

 それでも余計な消耗などしないに越したことはなく、黒衣の君主は何度経験しても慣れない “嫌な時間” を耐えなければならなかった。


 ……カチャン、


 やがて微かな解除音が響いた。


「……ふぅ、いいよ。雷管は抜いた。もう安全だ」


 こちらも何度経験しても慣れることのない作業を終えたドーラが、ホッと体内に留めていた汚れた空気を吐き出した。


段平ブロードソードが一振り、短刀ダガーが一振り、あとは 翡翠の飾りがついた短杖ロッド が一本ってとこだね」


 宝箱からめぼしい戦利品を取り出すドーラ。

 詳細は鑑定してみなけばわからないが、最上層第六層直下の階から出た品だ。

 どれも、それなりの価値はあるだろう。


 アッシュロードとドーラは、第三層の一連の使命クエストを突破して第五層に辿り着いたあと、しばらく縄梯子付近の玄室で強襲&強奪ハック&スラッシュを繰り返していた。

 “癒しの指輪リング オブ ヒーリング” と第三層で得た “聖水ホーリーウォーター” の効果でふたりの体力は万全であり、指輪や聖水では回復できないが消耗するまでもう少し――というわけである。

 ひとまずこの階層の魔物の強さモンスターレベルを測り、ついでに土産も確保する。

 “紫衣の魔女アンドリーナの迷宮” の最下層を荒らし回っていた自分たちには必要なくとも、彼・彼女らの歳の離れた後輩たちの役に立つ品が手に入るかもしれない。

 この迷宮の攻略には “グッド” と “イビル” の属性の異なる探索者が必要なようであり、“善” のパーティの強化はふたりの目的にも合致する。


 アッシュロードもドーラも属性こそ “イビル” だが、本質的には細かいことには頓着しない乾湿系の性格だ。

 特に多産の質がある猫人フェルミスの女は、他の女が産んだ子が紛れてても構わずに育ててしまう――と言われるほど、気っ風がいい者が多い。

 建前さえ通るなら、戒律の異なる連中に力を貸すこともやぶさかではなかった。


「金貨は使い道ないけど、どうするね?」


 姐御肌のくノ一が首をかしげた。


「一応持って帰ろう。ボッシュが何かこさえるのに使うかもしれん。それよりも――この宝箱、持って帰れねえか?」


「にゃんだって?」


 宝ではなく、宝箱?

 相棒の突拍子もない言葉にドーラが呆れて見せたとき、その宝箱に詰まっていた金貨の山が崩れ、なぜか空の酒瓶ボトルが顔を出した。


◆◇◆


「……えっ!? それじゃ、もしかして “P” というのは!?」


「左様、わたしのことだ。ようこそ、我が悠久なる住まいへ。久方ぶりのまれびとよ、歓迎するぞ」


「………………(……え~~~~~)」


 な、なんでしょうか、この予想の斜め上を行き過ぎている展開は……?


 強制連結路シュートキーアイテムパスポートに守られた、二重構造の区域エリア

 その深奥で待っていたのは、ラスボスの “不死王リッチ” ……ではなくて、やたらとテンションの乱高下が激しい、骸骨……みたいな魔術師さん?


「ニルダニスの娘よ。なにも怖れることはない。例え迷宮の中とはいえ、この華麗にして偉大なる魔術師ポトルの住まいは、世界一安全が担保された場所。を彷徨いている魔物もここに足を踏み入れることは適わぬ」


(い、いえ、怖れているのは外の魔物ではなく、あなたご自身なのですが……)


「あ、あの……度々失礼なことをお訊ねしますが、あなたは本当に “不死王” ではないのですね?」


「左様。わたしは不死者イモータルではない。こんな姿をしてはいるが、おまえたちと同じ定命者モータルに連なる者だ」


「す、すみません! お、お顔のことを悪くいうつもりはなかったのです! ただ――」


「案ずることはない。わたしがそなただったとしても、闇の中でいきなりが現れれば、やはり動揺したであろうよ」


 カラカラと笑うと、ポトルさんはスッ……と意識を失ったままのレットさんたちに軽く手を振りました。

 途端に、倒れ伏したままの姿勢で床から浮かび上がる、五人の仲間たち。


「な、なにを!」


「キッチンの床は石畳。寝るには冷たかろう」


 ポトルさんはそのまま軽く手を動かして、レットさんたちを応接間というにも居間と呼ぶにも豪華すぎる例の壮麗なホールに、空中移動させました。

 そして暖かに爆ぜる暖炉から少し離れた場所に、今度は快適な姿勢で寝かせてくれました。


「ベッドの用意ができるまでは、ここでよかろう」


「あ、ありがとうございます」


 わたしは混乱した頭で、どうにかお礼を述べました。


(わ、悪い人(?)ではない……? で、でも気を許すわけにも……)


「ふむ、そこそこ経験を積んだ “迷宮無頼漢” ではあるようだな。怯えの中にも隙を見せない、よい目をしている」


「め、“迷宮無頼漢” ではなく、“迷宮探索者” です」


 憤然……と言いたいところですが、まったく迫力のない、それどころか拗ねたような反駁でした。


「カカカカ、他人の住居に武器を持って突然乗り込んできた挙げ句、化物呼ばわりしていきなり斬り掛かってくれば、“無頼漢” と呼ばれても仕方なかろう」


「……うっ」


 た、確かにそのとおりです……。

 迷宮に棲みついている存在にとって、わたしたち探索者は殺して奪う残虐な “略奪者” でしかないのですから……。


「……知らなかったこととはいえ無作法を働いてしまい、すみませんでした……」


 再び、今度は顔を赤らめて本心から謝ります。


「……あなたが “昏睡ディープ・スリープ” ではなく “酸滅オキシジェン・デストロイ” の呪文を使っていたら、わたしたちは “苔むした墓” を建てていました」


「迷宮を長く彷徨い疲労していたのであろう。“認知アイデンティファイ” の加護が切れていることに気づかぬほどにな。だからわたしを “不死王” と誤認した」


「……あ」


「あの加護は動かぬ限りは永続的コンティニュアルだが、長く歩けば効果が切れる。“永光コンティニュアル・ライト” “恒楯コンティニュアル・シールド” も同じだ。普段はそこまで迷宮を歩き回ることがないので忘れてはいるがな」


「…………わたしのミスでした」


「まずは座るがいい。そして味見をしてみてくれ。ちょうどスープが出来上がったところだ」


 ポトルさんは、作業台キッチンテーブルの側に丸椅子をひとつ呼び寄せ、わたしに勧めましてくれました。

 呪文も唱えず “念動力サイコキネシス” の魔法をここまで自在に操るのです。

 “華麗にして偉大な史上最強の魔術師” というのも、あながち誇張とは言い切れません。

 ですが……それを認めるには、確かめなければならないことがあるのです


「あなたは…… “紫衣の魔女アンドリーナ” と……お知り合いなのですか?」


 深鍋から皿にスープをよそっているポトルさんの背中に、慎重に……とても慎重に訊ねました。

 ポトルさんの手が止まります。


「………………久しく聞かぬ名だ」


 長い沈黙のあと、湯気を上げる深皿ディッシュを手に、ポトルさんが振り返りました。


「――いかにも。彼の娘はわたしとわたしの愛する妻の間に生まれた、ただひとりの娘だ」


 衝撃が、全身を貫きます。


「ニルダニスの愛娘よ。おまえに頼みがある。間もなくみまかる我が妻を看取ってほしい。長く続いたすべての苦しみから解放され、安らかな眠りに就けるように」



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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