研究室

(……ドサリッ!)


 “悪魔フィーンド” をスクラップにし終えた前衛の三人が、精根尽き果ててその場に座り込みました。

 静寂サイレンス” の効果が続いているので、 鎧が鳴る騒々しい音は響かず、玄室には不気味な沈黙が垂れ込めています。

 わたしはヨロヨロと立ち上がると、“焔爆フレイム・ボム” に吹き飛ばされたパーシャの元に歩み寄りました。


 ホビットの友人は、魔法炎に炙られて顔や手を赤く腫らしていましたが、醜く跡が残るような熱傷は負っていませんでした。

 意識もあり、抱き起こしたわたしに弱々しく微笑み返してくれます。

 わたしは水袋の水をほんの少量、治療用の清潔な布に垂らして、彼女の顔を冷やしてあげます。

 水も、布も……もう残りわずかです。

 “湖岸拠点レイクサイド・キャンプ” への帰還は、困難になってきていると言わざるを得ません……。

 背後に人の気配がしました。

 肩越しに見ると、レットさんが心配そうな顔でパーシャをのぞき込んでいます。


(……どうだ?)


(……心配ありません)


 目と唇だけの会話で、問題がないことを伝えました。

 レットさんが安堵の表情を浮かべて、パーシャにうなずいてみせます。

 パーシャがやはり弱々しく、ニヤリ……と親指を立てて見せました。

 やがて “静寂” の効果が切れ、わたしとフェルさんは気力を振り絞って仲間たちに治療を施しました……。



「……魔法は幾つ残っている?」


「……第一位階が2回、第二位階が6回、第三位階が2回……あとは使い切っちゃった」


「……第一位階が2回、第二位階が1回、第三位階が3回、第四位階が3回、第五位階が1回です」


「……わたしもエバと似たようなものよ。第一位階が3回、第二位階が1回、第三位階が2回、第四位階が2回、第五位階が1回」


 レットさんの問い掛けに、パーシャ、わたし、フェルさんが疲れた表情で答えます。


「……呪文は “座標コーディネイト” と “焔爆” が2回ずつ。 加護はふたり合わせて “小癒ライト・キュア” が5回。“静寂” が2回。”痺治キュア・パラライズ” が5回。“解毒キュア・ポイズン” が4回。“大癒グレイト・キュア” が2回か」


 呪文は、迷宮探索の命綱とも言える “座標”の属する第一位階が残り2回。

 そして対集団グループ戦闘の要である第三位階以上の呪文が、残り2回。

 加護は一見するとまだ残っているように見えますが、“焔爆” を一度受けてしまえば、ほぼ使い切ってしまう残量です。

 これからは戦闘の度の回復はできないでしょう。

 加えて “静寂” が残り2回しか使えないのは……かなり危険です。


「まあ、エバとフェルのお陰で、今はまだ全員が動けるんだ。いい方に考えようや」


「……うむ、僧侶がふたりいなければ、とっくに全滅していたところだ」


 ジグさんが努めて快活に笑い、カドモフさんが重々しく頷きました。

 僧侶の代わりにもうひとり魔術師が加わっていれば、あるいは被害はもっと軽くなっていたかもしれませんが……それはifの話でしょう。


「――よし、玄室を調べるぞ。カエルの言っていたキーアイテムパスポートを探すんだ」


 レットさんが立ち上がり、他の皆も続きました。

 その為、苦しい戦いを勝ち残ったのです。

 疲れているなんて言ってられません。

 “悪魔フィーンド”が巣くっていた開かずの扉の奥は、三×四区画ブロックの広い玄室で、南東の外璧に一×二の小部屋が張り出していました。

 そこはまるで何十……いえ何百年も閉ざされたまま、忘れ去られたような場所でした。

 厚い埃と蜘蛛の巣に覆われた広い机の上には、ビーカーや試験管、小型のランプなどが、やはり埃と蜘蛛の巣に塗れて散乱しています。

 壁際には頑丈そうな戸棚キャビネットがいくつも設置されていて、ガラスが埃で曇って中は見えませんがらしき標本が並んでいます。

 見えなくて本当によかったです……。


「……何らか研究室だったみたいですね」


 くぐもった声が漏れました。

 埃を吸い込まないように、掌で口元を押さえているからです。

 錬金術の知識があるパーシャを中心に、慎重かつ念入りに調べてみましたが、これといってめぼしいものは見つかりませんでした。

 南の壁に貼りだしている小部屋は “無菌室?” のような特殊な実験をする設備のようでしたが、とっくに無菌ではなくなっていて、やはりキーアイテムになりそうな物は見つかりませんでした。


「……ビーカーだの試験管だのがキーアイテムだとは思えないよねぇ」


「……そうですね、さすがに蓋然性は低いでしょう」


「ねえ見て、奥にもうひとつ扉があるわ!」


 パーシャのにグッタリと同意したとき、フェルさんが東の内壁を指差しました。

 よく見ると、壁を覆っている埃まみれの蜘蛛の巣の下に、確かに別の扉がありました。

 フェルさんのお手柄です。

 危なく見逃してしまうところでした。


「……頭がぼやけてるな。この程度の扉を見落とすなんて」


 頭を振り振り、ジグさんが扉を調べます。

 ジグさんだけではありません……。

 誰もが皆、蓄積した疲労で集中力を欠いているのです……。


「……罠に気をつけてください」


 言わずもがなことを言ってしまうわたしも、やはり集中力が欠如しているのでしょう……。

 万全ではない状態ステータスを自覚しているジグさんは、いつも以上に細心の注意を払って扉を調べました。

 まず蜘蛛の巣を払い、蝶番ちょうつがいなど鍵穴以外の場所から調べ、問題がないことを確認してから、ようやく鍵穴の周辺に着手します。

 そうして、さらに入念に罠を探り……。


「……問題ない」


 ようやく、ふぅ……と額の汗を拭いました。


「――よし、開けるぞ」


 レットさんが剣を抜き、他のメンバーも再び武器を構えます。

 また “悪魔フィーンド” のような番人がいるかもしれません。


(……集中、集中)


 胸の中で何度も繰り返しながら、


 バンッ!


 わたしは扉を蹴破った前衛に続いて突入しました。

 玄室に入るなり、素早く周囲に視線を走らせて危険の有無を見極めます。

 幸いなことに、どうやら新たな守衛はいないようでした。

 そこは北東と南西の角に一×一小部屋がある三×三の玄室で、立派な書斎机と椅子が置かれている他、来客用と思しきローテーブルとソファーなどが置かれています。

 壁際に設置されているのも戸棚ではなく書棚ブックシェルフで、まるで図書館のようにギッシリと書物が詰まっていました。

 ビーカーや試験管の類が見当たらないことから、やはりここは誰かしらの書斎なのでしょう。


「…… “紫衣の魔女” の……書斎?」


 フェルさんが漏らした呟きは、他の全員の気持ちを代弁したものでした。


「……キーアイテムがあるなら、ここだね」


 そして、パーシャのその言葉が呼び水になったかのように、


 ……カラン、


 わたしの爪先が、床に転がっていた “細長い何か” を蹴飛ばしました。

 コロコロと転がったそれは、厚い埃と蜘蛛の巣に覆われてなお銀色の光沢を放つ、スタッフでした。



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