続・工匠神計画
(レットさんたちは、三人で “
ガキン、カキン! という騒々しくも規則正しい掘削音が聞こえないので、休憩中かな? と思ったところ、諸肌を脱いだボッシュさんが、ミスリル製のつるはしの柄に手を置いて、ヴァルレハさんと話し込んでいました。
「お邪魔します」
おふたりに顔を向けられ、ペコリと頭を下げるわたしたち。
「……なんじゃ、石ならそこにあるから好きに持っていけ」
「あ、ありがとうございます」
“偉大なるボッシュ” に一瞥され、アンが緊張しきりな様子で頭を下げます。
きっと初めて石をもらいに来たときも、勇気を振り絞ってボッシュさんに話しかけたのでしょう(見かけだけなら、とても怖そうなお爺さんですから)。
「……そんな不細工な
でも、このとおり。
話してみると、とても気さくな人だとわかるのです。
「おトイレを造り終わったら、次は何を造るのですか? 何か考えているのでしょう?」
思わず訊ねてしまいました。
なんというワクワク感!
「……用水路だ」
「「「「用水路だってーーーっっ!!?」」」」
ビックリたまげたMMR――です!
「……水浴びの度に、いちいち汲みにいってたら疲れるじゃろう。岸辺から水を引いてやる。風呂小屋の中にも水路を通せば、好きなだけ浴び放題だ」
「あ、あたい、このじっちゃんのお嫁さんになってもいい!」
感動に打ち震えるパーシャに、激しく同意するわたしです。
(ああ、また浮気の虫が……許してください、アッシュロードさん)
「い、いつ工事に取りかかるの!? その水路はいつ出来るの!?」
「……水路を掘るだけなら一週間もあれば充分じゃろう。じゃが、その前に下調べがいる」
「下調べ?」
「汽水湖だから、下手に水の流れを変えると、せっかく見つけた
怪訝な顔をしたパーシャに、ヴァルレハさんが説明してくれました。
「ああ、なるほどね。水路を造って水を引いたのはいいけど、勢い余って海水まで一緒に引きこんじゃうかもしんないもんね」
「……だから、この娘に手伝いを頼んだ」
そういって、ボッシュさんがヴァルレハさんを見上げました。
「お任せください、尊きご老公。それでは――」
ヴァルレハさんはボッシュさんに恭しく頭を下げると、わたしたちに優しく微笑んで、地底湖の方に歩いて行きました。
“尊きご老公” とは、ドワーフの人たちへのとっておきの敬語らしいです。
以前カドモフさんが同様の言い回しで、ボッシュさんを呼んでいました。
「じっちゃん、ヴァルレハに何を頼んだのさ?」
「……地底湖の流れの分析だ。水飲み場から水路を掘っても海水が混じらないか、計算してもらう」
ドワーフは建築に関係ない計算は苦手じゃからな、とボッシュさん。
「……流れの計算には浮きを流しての計測がいる。しばらく掛かるじゃろう。それまでに雪隠を掘って、あとは氷室だ」
「氷室? 氷室なんて造れ――あ、そうでしたね」
わたしはポン! とオジサン臭く、拳で掌を叩きました。
「…… “
四人娘は唸る……しかありません。
この人を
この人に剣を持たせておくなんて、もはや国家的損失としか言いようがありません。
ガキン! カキン! と再びつるはしを振り始めたボッシュさんにお礼を言い、わたしたちは手頃と思える石をもらって、自分たちのかがり火に戻りました。
竈……といっても、砕いた岩盤の欠片で造るのですから、それほど本格的な物でありません。
コの字形に石を並べて積み上げただけの、簡単な代物です。
ですが、火熱が逃げにくくなった分、お湯も早く湧くようになり、薪の節約にもなります。
ちゃんとした竈は、ボッシュさんが石材を切り出してくれるまでお預けです。
「――出来ました!」
アンが作業で汚れた手をパムッ! と叩いて、歓声を上げました。
「お~、よくやった、よくやった」
わたしはお姉さんぶって、うんうんと頷いてあげます。
実はわたし、長らく周りの人から “天然不思議ちゃん” と思われていて、常にお姉さんぶられる立場だったので、なにやら快感だったりします。
「そ、そんな、わたしなんかに勿体ないです」
うっすらとそばかすの浮いた顔の前で、慌てて手を振るアン。
「ねえ、せっかく竈が出来たんだしさ、お昼には少し早いけどなんか作ろうよ!」
いてもたってもいられない、といった表情で提案したのは、もちろんパーシャです。
「食材は何が残ってるの?」
「配給のオートミールと干し肉が少しあります。蛇の肉は今朝食べた物が最後です」
フェルさんの質問に答えるアン。
“
それでも一昨日遅くに獲ったばかりだというのに、今朝食べたときにはもうかなり臭くなっていました。
火を充分に通さなければ、食べられなかったでしょう。
ボッシュさんが言われたとおり、この拠点で長く生活するのなら氷室は必須です。
「それじゃ、それでお粥を作ってみましょう。普通に作るのではつまらないので、昆布出汁の和風粥とかどうですか?」
昆布も生物ですので、早く食べてしまわなければなりませんからね。
蛇の肉にしろ昆布にしろ新しい物が獲れたら、氷室が完成するまではヴァルレハさんとノエルさんに頼んで、フリーズドライしてもらいましょう。
本当にこの湿度は、人間だけでなく食べ物にとっても最悪の環境です。
今のところ食中毒を起す人が出ていないのが、不思議なくらいです。
「和風って、エバの生まれた国の料理のことでしょ! なんか美味しそう!」
「新鮮なお肉は、レットさんたちが帰ってきてからのお楽しみと言うことで」
そうしてわたしたちは、ワイワイがやがや、“昆布出汁の鹿肉入り麦粥” を作って楽しく食しました。
大変、美味しゅうございました。
大変、美味しゅうなかったのは、その日の晩ご飯でした。
「……すまん、一匹も獲れなかった」
その日遅くに拠点に戻ってきたレットさんが、疲れ切った顔で告げました。
ジグさんやカドモフさんの顔にも、疲労が滲んでいます。
「お疲れさま。そういう日もあるわよ」
マグに注いだ熱い白湯を振る舞いながら、フェルさんが慰めました。
「でも狩りに出た他の人らも、みんな手ぶらで帰ってきたみたいよ」
頭の中が蛇の肉で一杯だったパーシャが、歯ぎしりをしました。
そして一転、
「まさか、早くも狩り尽しちゃったとか!」
Oh No! と言わんばかりに、両手で頭を抱えます。
「単に
「……だが “大蛇” ばかりを狙うのも考えものだろうよ……一〇〇〇人の人間がそればっか喰ってれば、遅かれ早かれ狩り尽す……いくら魔素に充ちた迷宮とは言っても、あの大きさになるまで何年もかかるだろうしな」
白湯を啜り啜り、ジグさんが零しました。
「そんなこと言ったって、この
グ~、キュルルル~♪ と盛大に鳴るお腹を抱えて、ぼやくパーシャ。
「いえ、そんなことはないかもしれませんよ」
欠食児童を慰めるべく、わたしは少しばかり悪戯っぽい笑顔を浮かべてみせます。
「パーシャ、あなたアナゴの蒲焼きを食べたことはありますか?」
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