お風呂と竈(かまど)

「「……ふぇ」」


 と、わたしのパーシャの口から零れる羨望の吐息。

 視線の先には、同じく水浴びをするフェルさんの神々しいまでのお姿。


「な、なに?」


「……お風呂の度に思いますが」「……お風呂の度に思うけど」


「……エルフって得です」「……エルフって得だわ」


 収穫前の麦穂を思わせる山吹色の髪に、白磁を思わせる染みひとつない肌。

 そしてエルフ以外の種族の女性では絶対に真似できない、繊細にして可憐、触れれば壊れてしまいそうな、妖精的な裸身。

 あらゆる種族の男性……特に人間の男の人の好みとされ、彼らを虜にすると言われる、神秘的なお裸です。


「……こ、骨格のつくりからして違いすぎます」


「……んだんだ」


 自然の不条理。

 自然の不平等。

 ここに極まれり……です。


「わたしよりずっと食べているのに、全然細いです……ずるい」


「んだんだ」


 フェルさんは外見に似合わず健啖家で、人間の戦士であるレットさんと同じくらいの食事をペロリと平らげて、いつもみんなを驚かせています。

 それなのに、この細さときたらどうでしょう……。

 女神さまは、不公平です……。

 なにより、


「「エルフずるい、超ずるい!」」


「わ、わたしだって、これはこれで悩んでいるんだから」


 恥ずかしげに顔を赤らめたあと、拗ねたように唇を尖らせるフェルさん。


「? なにをです? どこをです?」


 返答によってはゆるしませんよ!


「む、胸に決まっているでしょ。いくら食べても大きくならないのよ……人間の男の人って、胸の大きな女性が好きなんでしょ?」


 フェルさんは、自分の胸を両手で包んで長嘆しました。


「確かにその傾向はあるような、ないような……あの人も基本的に “オッパイ星人” でしたし(同時に “お尻星人” でもありましたけど)」


 言ってしまってから、ハッと両手で口を押さえました。

 あわわわ……!


「「……あの人?」」


 ジロリ、と殺気の籠もりまくった目が、フェルさんと(なぜか)パーシャから向けられます。


「「エバ、あんたまさか!」」


「してません! してません! まだ(こっちの世界では)してません!」


 両手で口を押さえたまま、ブルブルと顔を振ります。


「本当!? 本当でしょうね!? ニルダニスに誓える!?」


「そういえば、あたい聞いたことがある……男に抱かれると女は胸が大きくなるって……あんた、最近大きくなってない?」


 ズイッと、わたしに胸に向かって怖い顔を突き出す、パーシャ。

 パーシャ! この耳年増な娘!

 はしたないです! レッドカードです! 退場です!


「成長期! 成長期です! 成長期におけるごく自然なです! 受動的にも能動的にも、人為的な刺激はいっさい加えていません!」


 成長ホルモンとか女性ホルモンは、寝ている間に勝手に分泌されたものです!

 レベルアップと同じです!


「「……怪しい」」


「ほ、本当です。こればっかりは本当です」


 むにゅっ!


「ふにゃ!!?」


 視界から不意にパーシャの姿が消えたと思ったら、いきなり背後から胸を揉まれました!

 さすがホビット、速い!


「やっぱり、より大きくなってる! あたいのに間違いはないんだからね!」


「測量に間違いはなくても、お風呂の度に人のオッパイを揉むことが間違っています!」


◆◇◆


『――エバのオッパイが大きくなってる! おっちゃんに揉まれたんだ!』


『エバーーーッ! 抜け駆けしたわねーーーっ!』


『まだ、してませーーーーーんっ!』


「「「「「「「「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」」」」」」」」


 防音完備の箱馬車とはいえ、地面に接している部分には隙間もある……。

 ダダ漏れであった……。


◆◇◆


「ただいま戻りました。よいお風呂でした」


 “フレンドシップ7” が使っているかがり火に戻ると、先に本部から戻っていたレットさんたちに一声ご挨拶。


「サッパリしたー! 迷宮で朝風呂なんてサイコー!」


「気持ちよかったわよ。あなたたちも浴びてきたら?」


 三人娘が、それぞれ濡れた髪で微笑みます。


「俺らは、水打ち際に行けばいつでも浴びられるからな」


「……女は不便だ」


「作業が終わったらそうさせてもらおう」


「「「汗くちゃ~~~い♪」」」


 鼻を摘んで、顔を顰めてみせる三人娘(笑)。

 テンション高いです(笑)。

 高々です(笑)。


拠点キャンプの空気が明るくなった。やはり女が元気になると華やかになるな」


 レットさんが手にしていた剣を旁らに置いて、周囲を見渡しました。

 拠点のあちらこちらから、明るい声が聞こえてきます。

 見やれば、そこかしこに点されている “永光コンティニュアル・ライト” の魔法光の中に、テキパキと立ち働く女性たちの姿がありました。

 今朝方までには、なかった光景です。


「さすがエバだな」


「わたしはただ一秒でも早くお風呂に入りたかっただけです。みんなボッシュさんのお陰ですよ」


 わたしは面映ゆい思いで、レットさんに視線を戻しました。


「――それは、首領ハイ・コルセアの部屋で見つけた剣ですよね?」


「ああ、君らが出て行ったあとにトリニティが鑑定してくれた」


「いい物だったの!?」


 パーシャが顔を輝かせて、話に喰い付きました。


「にひひ、聞いておのろくな。なんと全員+1の魔剣・魔斧ときたもんだ」


 ジグさんがそういうと、見慣れない短剣ショートソードの鞘を払って、逆手から順手、そしてまた逆手にと鮮やかに持ち替えて見せました。


「すごーいっ! それじゃ、いよいよあたいら “フレンドシップ7” の前衛も、魔法の武器を揃えられたんだね!」


「まあ、そういうこった」


 なるほど、水浴びから戻ってみたら、わたしたち同様にが妙にはしゃいで見えたのは、そういうことでしたか。

 どこの世界でも、女の子を喜ばせるのはお風呂。

 男の子を喜ばせるのは、新しいオモチャですね。


「こいつは “大アカシニア” なら、“噛みつくものBiting” の銘で呼ばれる短剣だ……やっと手に入ったな」


 珍しく感傷的な表情と口調で、わたしに新しい愛剣を差しだしてみせるジグさん。


「ええ、本当に」


 感慨深くうなずいて、その短剣を受け取ります。

 わたしたちは当初、この魔法の短剣を手に入れることを目標としていたのです。

 それがあの悲しい “アレクサンデル・タグマンさんの事件” につながり、それからさらに “火の七日間” に繋がって、さらに……。


「ようやくですね」


「ああ、ようやくだ」


 わたしから短剣を返されたジグさんが、普段の表情に戻ってニヤッと笑いました。


「レットのも見せてよ!」


「ああ」


 パーシャにせがまれ、レットさんがかたわらに置いた剣に再び手を伸ばしました。

 鞘を払うと、これまで使っていたロングソードよりも幅広な刀身が現われました。


段平ブロードソード+1だそうだ。武器としての威力は “切り裂くものSlicing” と同程度らしい」


「似合ってる! 似合ってる!」


「ああ、手にしっくり馴染む――いい感じだ」


「似合ってるといえば――」


 フェルさんがレットのさんの言葉を継ぐ形で、表情には出していませんがやはりどこかウキウキした気配を漂わせているカドモフさんに視線を向けました。


「ドワーフはやっぱり剣よりも斧よね」


 “緋色の矢” のノエルさんから “神癒ゴッド・ヒール” の加護を施され、石化から回復したカドモフさんが、手に入れたばかりの魔法の戦斧の具合を念入りに確かめています。


「……真の武人には得手不得手はないものだ」


 そこで、ぬんっ! と戦斧を一振り。


「……だが、悪くない」


 要するに、この人も新しく手に入ったオモチャが嬉しくてならないのです。


「ひぃ、ふぅ――あ、エバさま、フェルさま、パーシャさま。お帰りなさいませ」


 とその時、額に汗を浮かべたアンが、重そうな石を抱えて戻ってきました。


「まぁ、アン。そんな石、どうするつもりなのですか?」


 風呂小屋でわたしたちに新しい衣服を渡してくれたあと、姿が見えなくなっていたと思ったら、そんな重そうな石を見つけてきて、いったい何をするつもりなのでしょう?


「これでかまどを作ろうと思いまして。ボッシュさまに分けていただきました」


「「「「「「竈」」」」」」


「はい。竈があれば便利です。焚き火よりも色々なお料理に挑戦できますから」


「もう、そんなことなら言ってくれれば手伝ったのに」


「そうよ、アン。なにもひとりでそんな仕事をすることはないわ」


「んだんだ」


 わたし、フェルさん、パーシャが次々に言い、レットさんたちもうなずきます。


「そんな、滅相もない! せっかく沐浴をなされて汗を流されたというのに。それにこういう仕事はメイドの仕事です」


「アン、勘違いしないで。わたしたちは貴族でもなければ、お金持ちの大商人でもないのよ。血と汗と埃にまみれることになれた探索者。これぐらいの仕事、なんでもないわ」


「朝風呂ってのはさ、寝起きのボケた頭をシャッキリさせるために入るもんだよ。それから日がな一日、ぐーたらするために入るもんじゃないよ」


 優しく微笑むフェルさんに、鼻の下を擦るパーシャ。


「みんなでやれば、作業も早く終わります。あまった時間をまた別の仕事に使いましょう」


「あ、ありがとうございます」


 恐縮至極な顔で、深々とお辞儀をするアン。

 アン、そんなにしゃちほこばらないで。

 殺して奪うハック&スラッシュばかりの殺伐とした毎日を送っているわたしたちにとって、創造的な仕事は楽しい――本当に楽しいものなのですから。


「竈が出来れば、もっと美味しいもんが食べられるよね!」


 ウキウキした顔でいったのは、もちろん――です。



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本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

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