聖女と暗黒卿
遠巻きにわたしたちを包囲していた海賊たちが、“
生来の “忍びの者” であるホビットが、身体を透明&無音にしてかき乱し・暴れ回っているのですからそれも当然です。
薄気味の悪いシベリアンハスキーだけはパーシャの位置が分かるため盛んに吠え立てていますが、混乱している海賊たちに忠犬ぶりは伝わりません。
雄叫びを上げて海賊たちに斬り掛かっていくレットさん、ジグさんに続いて、フェルさんとわたしも、戦棍と盾を手に突撃します。
わたしは何より、見えないパーシャの位置がわかるシベリアンハスキーに突き進みました。
もう以前のわたしではありません。
たとえ以前いた世界で
わたしは体幹を軸に身体を捻って
――ブンッ!
空を切る、戦棍の柄頭。
(……速い!)
犬は決して侮ってよい相手ではありません。
それどころか中途半端なならず者たちなどより、よほど恐ろしい相手です。
特に
わたしは戦棍を引き、盾を前に出しました。
飛び掛かってきたところを盾で受け、怯んだ一瞬に戦棍を叩きつけるつもりです。
しかし――。
(……っ! 逃したっ!)
わたしは唇を噛みました。
あの不気味な犬は大勢の野蛮な海賊たちよりも、わたしの警戒心を刺激するのです。
ですが人間が犬を追い掛けて捕まえられる道理もなく、また状況もそれを許しません。
褐色の肌を諸肌に脱いだ大柄な海賊が、
(よいでしょう! 今のわたしは、もう水中を後ろに進む “海老” ではありません!)
挑戦を受けて立ちます。
その直後、“心の迷宮” で彼を守り続けてきたわたしの一撃が、女だから与しやすしと安易に斬り掛かってきた海賊の脳天を粉砕しました。
ビュッ! と戦棍に血振りをくれて、闘志の籠もった視線を海賊たちに向けます。
(次は誰です?)
◆◇◆
防具の上に、ほんの一滴返り血を浴びただけのカドモフの右半身が石化していた。
石化は
その効果は、触れた物質を有機物・無機物を問わず石化させるという驚異的かつ凶悪なものだ。
カドモフは身体だけでなく、身に付けている衣服や装備までもが完全に石と化している。
この状態から回復させるには、聖職者系第六位階の加護 “
つまり、アッシュロードが
そして石化した物質は、たいがい元よりも遙かに重くなるものだった。
相変わらず、不安感をいや増す風切り音である。
自分たちに指図していた船長があいつらだったと知って、手下たちに激しい動揺と恐怖が走っていた。
全員が壁に背を張り付けて、言葉を失っている。
(……馬鹿が。とっとと逃げとけばよかったんだ)
これから “塵” と化して消える海の略奪者たちに、アッシュロードはほんの微かな憐憫を抱いた。
しかし、躊躇はしない。
左手に嵌めた魔法の指輪を正面にかざして、封じられた魔力を解放する。
“滅消” の呪文が解放され、二〇人以上いた海賊たちが瞬時に硬直し、その直後にさらさらと崩れ落ちた。
“妖獣”は、平然と触手を蠢かせている。
「――チッ!」
アッシュロードは自分の淡い――甘い期待が裏切られて、舌打ちした。
もしかしたらネームドの以下かとも思ったのだが、そんな都合よくはいかないようだ。
悪名高き迷宮保険屋。
そして今や死神と同義語の “
海賊の体内に隠れてはいるが、コイツの本体はあの
打撃系の武器は効果が望めず、かといって剣の類いで切り裂けば、石化効果のある体液を浴びてしまう。
(……俺の特異体質が、果たしてコイツの体液にも効果があるか)
アッシュロードはどういうわけか、自分が “
実際彼は “紫衣の魔女の迷宮” で、石化能力を持つバジリスクの攻撃を幾度となく受けていたが、一度として “神癒” の世話になったことはない。
そればかりか、やはり石化能力を持つ “
それほど、アッシュロードの体内に宿っている “
だがこの “妖獣” は、その魔王すらも内包するこの世界の “理” の外に存在しているかもしれなかった。
アッシュロードにはそこまでの明確な認識はなかったが、漠然とこの “妖獣” の異質さは感じ取っていた。
これまで自分が遭遇してきた魔物たちとは、明らかに “種” が違う――と。
もし、今までの石化だと思って軽々しく斬って掛かれば、自分はここで間抜け顔の彫像になるかもしれない。
安全策を採るなら、エバ・ライスライトがしたように、加護を連発して生命力を削り取るべきなんだろうが――。
「――やっぱ、そんな余裕はねえよな!」
ヒュンッ、ヒュヒュンッ!
神経を騒つかせる風切り音を上げて襲い掛かってくる触手を、片刃の愛剣の棟で撃ち落としながら、アッシュロードは毒突いた。
手数の多い攻撃を放ってくる相手に、祝詞を唱えている余裕などあるわけがない。
好むと好まざるとに関わらず、アッシュロードは自分の特異体質に賭けるしか――信じるしかなかった。
さもなくば、このまま時間切れで足元に倒れているカドモフ共々、ここで爆死することになる。
アッシュロードは可能な限り飛び退り、掌の中で “
そして彼にしては珍しいことに、短剣を抜くことなく左手も
大きく息を吸い込み――止める。
切っ先を右下段に下げた、どこかサムライ染みた構え。
目蓋の奥に、ずっと忘れていた幼馴染み少女が浮かんだ瞬間、アッシュロードは “妖獣” に向かって、強く、鋭く、踏み出していた。
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迷宮保険、初のスピンオフ
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』
連載開始
エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。
本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m
https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757
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迷宮無頼漢たちの生命保険
プロローグを完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
下記のチャンネルにて好評配信中。
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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