固ゆで

「――らりよ、れんれんイケるららいろよ」


 パーシャが木の椀にてんこ盛りにされた水炊きを “はふはふ” と頬張りながら、満足気に合格点を出しました。


「そうだな。若干 “脂” にくせがあるが、昆布ケルプ出汁フォンで上手く中和されてる」


 実はパーティで一番グルマンな、ジグさんの舌にも適ったようです。


お酢ビネガーと柑橘系の果汁を使った調味料があれば、もっと美味しく食べられるのですが」


 さすがに迷宮ですぐに用意できる物ではありません。


「でも残りわずかな食料とスパイスを節約して、これだけの物が食えるんだ。大したもんだ」


「ありがとうございます」


 生真面目なレットさんに面と向かって褒められると、面はゆさも倍増です。

 照れ隠しに視線を他のかがり火に向けると、どこの火でも明るい空気が漂っていました。

 こういう非常時には、温かい美味しいご飯が必要なのでしょう。

 冷えた保存食では、元気も出にくいでしょうから。


(……よかった)


「――さて」


 わたしは、“さて” と視線を戻し、隣に座っている人に向け直しました。


「いつまで躊躇しているのですか。ガフッとガブッといっちゃってください」


 引きつった顔で自分の食器にてんこ盛りにされた水炊きを睨んでいるアッシュロードさんを、せっつきます。


「情けないですね。ハンナさんやフェルさんだって食べているのですよ。筆頭近衛騎士にして城塞都市最強の君主ロードが何を躊躇っているのですか――ねぇ」


「「……ええ、そうね」」


 話を振ったら、ハンナさんとフェルさんが食事の手を止めて、不機嫌そうにそっぽを向いてしまいました。

 もう、そんな顔をしても駄目ですよ。

 餌を獲ってきた雌だけが、雄の隣にいることができるのです。

 これを肉食系の法則と呼びます。

 主に、ライオン、タイガー、チーターなどが当てはまります。

 人間も当てはまります。

 おふたりもそれがわかっているので、ムスッとしながらも何も言ってきません。

 おさすがです。

 ふたりともアッパレな正々堂々ぶりです。


「……だっておまえ、蛇だぞ」


 アッシュロードさんから返ってきたのは、完全にビビった声でした。

 この人は基本的に、セコくて小心者の “小市民ケーン” なのです。


「……普通の人間は蛇は食わん」


「あ、それは無知なるが故の偏見というものです。地域によっては貴重なタンパク源として常食されているのですよ」


 そもそもこのサバイバルな状況で、なにブルジョワなことを言っているのですか。


「さあ、さあ、グイッとガブッと食べるのです」


「――ああ、ライスライト。エバ・ライスライトよ」


 アッシュロードさんが半べそ顔で天を仰ぎました。


「出会った頃のおまえは、素直でウブで世間知らずで、目を離したらすぐおっちんじまいそうで、そりゃあもうだったのに!」


とはなんです、とは」


「曲がりなりも庇護欲をそそられたってことだよ!」


 ほほーっ、庇護欲をそそられていたのですか。ほほーっ。


「それが今じゃ、迷宮最下層にソロで放り込んでも、ケロッとした顔で戻ってきそうだ……まだ半年も経ってねえのに」


 ガクッと肩を落とす、アッシュロードさん。

 まったく男の人というのは、いくつになってもヒーロー願望・ナイト願望から抜け出せないのですね。

 可愛いですねー。この子供っぽいところが、とっても可愛いですねー。

 ですが、ここは迷宮です。

 そんなことは言ってられません。

 そんなことを言っているアッシュロードさんに、この言葉を贈りましょう。


「女はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない――のですよ」


 ドーン!


「……誰の言葉だ?」


「フィリップ・マーロウ by レイモンド・チャンドラー」


 ビッ! とサムズアップ!


「さあ、ガフッとガブッと」


「……食っていいのは、食われる覚悟がある奴だけだ」


 ブツブツ言いながら、お肉をチョピッとかじるアッシュロードさん。

 固ゆでが好きなくせに、本人はあんまりハードボイルドではありません。


「どうです、美味しいでしょ!」


「食ってるうちに “リザードマン” になったりしねえだろうな」


「“ゲロトラックス” じゃないのですから」


 そもそもこれはトカゲのお肉ではなく、ヘビのお肉です。


「――この迷宮は “紫衣の魔女アンドリーナの迷宮” と違って、“龍の文鎮(岩山)” 内部の天然の空洞を上手く利用した構造らしいな」


 それまで黙って水炊きを食べていたトリニティさんが、ふとお椀から視線を上げて周囲を――特に高く広大な天井を見渡しました。


「そうさね。他の階層フロアはまだわからないけど、少なくともこの階はレインの言うとおりだろうね」


 猫人フェルミスらしい健啖ぶりで “大蛇アナコンダ” のお肉を噛んでいたドーラさんが頷きます。

 “紫衣の魔女の迷宮” は、地中の分厚い岩盤層を強大な魔力と巨人族の無尽蔵の労働力を使って掘り抜き造り上げたものです。

 最下層の一〇階だけは天然の空洞を利用しているようですが、他の階層はすべて人工物なのです。


昆布ケルプだの大蛇アナコンダだの、迷宮支配者ダンジョンマスターが召喚したというよりも、元から棲みついていたもんだろうね」


「あたいたち、やっぱり “真龍ラージ・ブレス” に召喚されたのかな?」


 ホビットには大きめの、人間用のお椀に三杯の水炊きを平らげ満足したのか、パーシャが歯を “シー、シー” しながら言いました。

 もう、一〇〇年の恋も冷めてしまいますよ。


「そう考えるのが一番蓋然性が高いだろうな。一〇〇〇人もの人間を馬車ごと対転移させるなど、この星の意思ともいわれる “世界蛇” でもなければ不可能だ」


 対象を転移テレポートさせる魔法は、本人を含めた周囲の人間を転移させる魔法よりも、はるかに難易度が高いそうです。

 実際、大アカシニア随一の魔術師(司教)であるトリニティさんにも扱うことができず、熟練者マスタークラスの魔術師にしか使えない、文字どおりの禁断の呪文 “禁呪 “を唱えたとき、運が良ければその効果を引き出すことができる……らしいです。

 唯一例外がいるとすれば、“紫衣の魔女の迷宮” の一階の暗黒回廊ダークゾーンに隠棲する謎の隠者だけで、彼が潜む玄室に足を踏み入れた探索者は、この対転移の呪文で問答無用に城塞都市に送り返されてしまうのです。

 一部では “紫衣の魔女” その人なのではないかとも言われている、迷宮を代表する怪人物です。


「“昆布” と “大蛇” が簡単に狩れるのなら、食料調達の目処は立つ。となれば残るはやはり水だ。明日はもっと大人数を繰り出して岸辺を調査させよう」


 トリニティさんの言葉に、この焚き火を囲んでいるほとんどの人がうなずきます。

 例外はヘビのお肉を食べるのに、四苦八苦している人だけです。


「……先に休ませてもらおう。明日はやることがあるでな」


 “偉大なるボッシュボッシュ・ザ・グレート” こと、ドワーフの老戦士ボッシュさんが、火を背に毛布の上にゴロリと横になりました。


「不寝番の手配をしたら、各自休んでくれ。ボッシュだけでなく、明日はわたしたち全員が忙しくなるぞ」


 再び、ひとりを除いた全員がトリニティさんに頷きます。

 こうして、わたしたちの新たな迷宮での一日は更けていきました。

 混乱から始まった遭難劇でしたが、最後は平穏な気持ちで終わることができました。

 温かい火。

 温かい食べ物。

 なにより、信頼できる心強い人たち。

 わたしも食事を終えると、すぐに自分の毛布にくるまり目を閉じました。

 あっという間に意識が遠のき、眠りに落ちていきます。


「おい、ノーラ。この肉食うか?」


「ニャー!」


 最後に覚えているのは、聞こえてきたそんな会話にクスリと笑ったことでした。


 明日は、久しぶりの迷宮探索です………………。



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