探索

 ガキンッ! カキンッ! ガキンッ! カキンッ!


「――な、なんですか!?」


 突然響き渡った硬質な騒音が、わたしを深い眠りから叩き起こしました。

 低血圧な上に、ノンレム睡眠からの無理やりの覚醒ですが、そこはネームドの迷宮探索者です。

 驚くより先に毛布をはね上げ、かたわらの戦棍メイスを握って跳び起きました。

 両手で戦棍を握り、前後左右どの方向にでも即座に動けるように重心を低く身構えてから、騒音のする方に警戒の視線を向けます。

 わたしの幸せな眠りを引き裂いた、騒音の発生源とは――。


「ボ、ボッシュ……さん?」


 腰を落として戦闘態勢をとったわたしの視界に入ってきたのは、


「ふんっ! ぬんっ!」


 と、諸肌を脱いでつるはしを振るっているボッシュさんの姿でした。


「なによ、なによ! いったいなんの騒ぎ!?」


「魔物が現われたの!?」


 不機嫌な顔でパーシャが、血相を変えたフェルさんが、やはり跳び起きてきました。


「い、いえ、どうもそうではないようです」


「おいおい、こんな朝っぱらから、こんな最果ての迷宮で土木作業か? 勘弁してくれよ」


「彼はいったい何をしてるんだ?」


 寝起きの不機嫌さを隠せないジグさんと、とにかく状況の把握に務めるレットさんです。


「……最果ての迷宮なればこそだ」


 同族の先輩であるボッシュさんの作業を察していたのか、一足先に起き出していたカドモフさんがボソリと呟きました。

 腕組みをして食い入るように、老ドワーフの工兵隊長さんがつるはしを振るう姿を見つめています。


「……見事だ。あれぞまさしく匠の技よ」


「はぁ!?」


 ううむっ――と低く唸るカドモフさんに、素っ頓狂な呆れ顔を向けるパーシャ。


 “永光コンティニュアル・ライト”の光の中で、勢い良く、そして寸分の狂いもない間合いでつるはしを振るうボッシュさんの姿は、確かに手慣れては見えますが……。

 いえ、やっぱり凄いです。

 なぜなら、ボッシュさんがつるはしを振り下ろしているのは、迷宮の厚く固い岩盤なのですから。

 それが軟土でも掘り返すように、足元の穴が物凄い勢いで深く広くなっていくのです。

 その様子は、まるであのアスファルトを軽々と砕いていくあの……。


「……凄い、道路工事のドリルみたいです」


「問題は “穴掘りの凄さ” じゃなくて、“掘った穴で何をするか” でしょ」


 最悪の寝起きを強制されたパーシャが、うへぇ……と毒突きました。


「……時がくればわかることだ」


 カドモフさんが、そういってわたしたちに振り返りました。


「……それよりも朝飯だ。俺たちには俺たちの仕事がある」


 わたしは構えたままだった戦棍を下ろすと、若きドワーフの戦士さんに頷きます。


「黒パンが残っています。腐らせてしまう前に食べてしまいましょう」


 この湿度です。輜重隊の荷馬車に積まれていた食料品は、すぐに駄目になってしまうでしょう。

 その前に食べてしまわなければ、無駄になってしまいます。

 結局この日の朝食は、厚切りの黒パンに鹿の干し肉が数切れという、簡素な物になりました。


「……Zzzzz……」


「――ほら、アッシュロードさん。起きてください。(多分)朝ですよ。みんなもう起きて、朝ごはんもすませましたよ」


 ほんと小心者のくせに肝っ玉は据わっているのですから。

 この騒音の中、まったく目を覚ます気配がありません。

 どれだけ “迷宮慣れ” しているというのでしょう。

 殺気が近づかないと起きないなんて、まるで剣豪小説の主人公ですね。


「ふぅ~、はぁ~~~っ、――発っ!」


 わたしは丹田に力を込めて気を発し、眠りこけているアッシュロードさんを叩き起こしました。



「――それでは、頼んだぞ」


 行き掛かり上、遭難した親善訪問団の仮の指揮所に定められた篝火かがりびで、トリニティさんが集められた者たちを見渡しました。

 地底湖の湖岸に築かれつつある拠点キャンプ、そのもっとも中心にある篝火には、それぞれ一個小隊を預かる四人の近衛騎士と、“緋色の矢” と “フレンドシップ7”の探索者パーティ。そしてアッシュロードさんとドーラさんが集められていました。


「「「「はっ」」」」


「了解した」


「了解」


 四人の近衛騎士が起立正しく背筋を伸ばして返事をすると、すぐに自分の隊へと戻っていきました。

 護衛の混成中隊を編成する四つの近衛小隊のうち、拠点の守りに就く一個小隊を除く三個小隊が、飲料水を探しに地底湖の調査に出るのです。

(もちろん巨大な昆布や大蛇と遭遇した場合は、退治して持ち帰る手筈です)


 わたしたち “フレンドシップ7” は、それとは別に迷宮の構造を調べるために探索にでます。

 アッシュロードさんとドーラさんのバディもです。


「レット、油断するなよ」


 トリニティさんが予備兵力として手元に残した “緋色の矢” のスカーレットさんが、レットさんに声を掛けます。

 熟練者マスタークラスのパーティを、いざという時の遊撃戦力として温存・待機させておくのは、実に効果的かつ贅沢な選択です。


「わかってる」


 レットさんが柔らかい微少を浮かべて、赤毛の女戦士さんを見ました。

 ふたりの優しげな視線が絡み合います。


(……あれれ? もしかしてこのおふたりって……)


「……なんだ、今ごろ気づいたのか?」


 と、よりにもよって鈍感大魔王のアッシュロードさんに、言われてしまいました。


「ええーーっ!? そうだったのですかっ!?」


 な、なんということでしょう

 気づかなかったです……全然。

 フェルさんとパーシャ、そしてトリニティさんの非常事態担当補佐官的ポジションに就いたハンナさんも、あんぐりと口を開けています。


「……鈍感(ボソッ)」←ボーイズトークで知った口。


「むぅ! この口が言いますか、この口が!」


 わたしは両手でアッシュロードさんのほっぺを摘むと、ビヨ~ン!と引っ張りました。ビヨ~ン!と。


「ほ、ほぉい、よひぇぇえ」


「「イチャイチャしないで!」」


 フェルさんとハンナさんから、間髪入れず鋭いツッコミが飛びます。


「……コホン。エバ、フェル、頼む」


 顔を赤らめて咳払いすると、レットさんがことさら重々しく命じました。

 わたしとフェルさんが頷き、頷いたときにはもう気持ちは迷宮探索者のそれに切り替わっていました。


「集まってください」


 メンバーが集まると、いつも通りの手順で “永光コンティニュアル・ライト”と “恒楯コンティニュアル・シールド” の加護を嘆願します。

 フェルさんは、 “認知アイデンティファイ” の加護です。

 アッシュロードさんとドーラさんには、司教ビショップであるトリニティさんが施しました。


「――よし、出発だ」


「はい」


 ジグさんを先頭に、レットさん、カドモフさん、ライスライト(わたし)、パーシャ、フェルさんの順で一列縦隊を組んで出発です。


「マンマ、お土産期待してるニャッ!」


「ああ、期待してな」


 ノーラちゃんの声援に送られて、ドーラさんたちも拠点を出ます。

 罠の識別と解除ができるドーラさんが、フォワード。

 欠伸を噛み殺しているアッシュロードさんが、バックアップです。

 筆頭と次席。

 近衛騎士のナンバー1とナンバー2がキャンプを離れてしまうわけですが、ナンバー3のボッシュさんがいますし、なによりトリニティさん自身がナンバー6の近衛騎士にして、兵の指揮にも長けたなのです。

 問題はありません。


 “グッド”と “イビル” のふたつのパーティは、地底湖がある南北八区画ブロック区域エリアの南西に向かいます。

 そこには二×二の玄室があり、落盤で埋もれた地上への出口があるのです。

 玄室に入ると、今わたしたちが入ってきた扉の他にも、北西の北側と南東の東側に扉がありました。

 南西で岩塊の山に埋もれているのが、地上への出入り口です。


「――さて、北西と南東。どっちにするさね?」


 ドーラさんが悪戯を思いついた子供のような顔で訊ねました。


「こいつで決めよう。ここじゃ、これぐらいしか使い道がないからな」


 ジグさんが、衣嚢から懐かしの迷宮金貨を一枚取り出すと、


「表が出たら南東。裏が出たら北西だ」


 そういって、親指で弾きました。

 ピンッ、と澄んだ音を立てて、金貨が宙に舞います。

 それが一番高く上がったところで右手がさらい、左手の甲にパシリと据えました。

 ジグさんが右手をあげると、出てきた面は――。


「――俺たちが南東だな」


 ジグさんがニヤリと笑って、ドーラさんを見ます。


「ほんじゃ、あたしらが北西だね」


 やはりドーラさんが、ニヤリと笑い返します。

 まったく、これから未知なる迷宮の探索に乗り出すというのに。

 でもそういうわたし自身、心が高鳴るのを認めざるを得ません。

 まだ見ぬ迷宮。まだ見ぬ魔物。

 探索者は、迷宮探索をしてこその探索者なのです。

 そしてわたしも、いつのまにかその探索者に染まってしまったようでした。


「それじゃな」


「――アッシュロードさん」


 ドーラさんに続き北西の扉に向かいかけたアッシュロードさんを呼び止めます。


「あ?」


「晩ご飯で……会いましょう」


「……ヘビ以外のでならな」


 フッと笑うと、アッシュロードさんは馴染みの酒場に立ち寄るような足取りで行ってしまいました。

 ふたりの姿が北の扉の奥に消えたのを確認すると、ジグさんが南東の東の扉を調べました。

 慎重に罠の有無、扉の向こうの待ち伏せアンブッシュの気配を探ります。


「――問題ない」


 A-OK. 罠も待ち伏せもありません。


「よし、行くぞ」


 レットさんが指示を出し、“フレンドシップ7” は扉を開けて、新たな迷宮の探索に乗り出しました。



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