友情の七人
「あなたのに似ているのですが……」
わたしは控えめな笑顔で言いました。
「“フレンドシップ7” ……というのはどうでしょう?」
わたしは面映ゆい眼差しで、みんなの反応を待ちました。
少しの照れくささと誇らしさ。
「“友情の七人” か……」
レットさんの口から感嘆したような声が漏れました。
他の四人からも、同様の吐息が零れています。
なぜ “六人” ではなく “七人” なのか――そんな野暮なことをいう人は、
探索者のパーティは、六人だけでは成り立たないのですから。
六人+もうひとり。
パーティの外に、信頼できる仲間が必要なのです。
それは、優秀な探索者ギルドの受付嬢さんだったり。
腕の立つ鍛冶屋でもある、頼れる商人さんだったり。
あるいは、城塞都市最強のマスターくノ一だったり。
そしてなにより……。
わたしの視線は、フロアの中央を伸びる広い通路を飛び越えて、反対側の “
いつもの円卓の、いつも洋樽。
長身で痩身で、猫背。
ボサボサ頭に、ピンピンと伸びた無精髭。
垂れ目で半開きの、覇気のない三白眼。
お風呂にあまり入らないので、灰色の髪にはフケが浮いていて。
予備役に戻った次の日には、普通の顔で酒場に下りてきて。
激しい戦いが終わったばかりで、まだ疲れているでしょうに。
本当は、部屋から一歩だって出たくないでしょうに。
それなのに見栄を張って、平気な顔をして。
(……意地っ張り)
今日も大皿に盛られたゆで卵をモソモソと頬張るその姿に、わたしは胸の内で呟きました。
「すごくいい……」
パーシャが目を瞬かせると、陶然の余韻引きずるように賛嘆しました。
「ええ、とってもいいと思うわ!」
フェルさんも瞳を輝かせてくれています。
「パーティが六人じゃなくて七人なんて最高よ!」
「あはは……そうですね」
フェルさんの場合は “固定枠” でしょうけど、それは人それぞれです。
「いいんじゃないか。俺も悪くないと思う」
「……うむ」
ジグさんとカドモフさんも頷いてくれました。
「――どうだ、レット?」
「俺もエバの案がいいと思う。他のみんなのもそれぞれいいと思うが、なんというか、エバのが一番俺たちのパーティを表している気がする」
「決まりだな」
ジグさんが確認するように見渡すと、全員が頷きました。
「今日から俺たちは “
レットさんが陶杯を掲げて宣言します。
みんなも自分の杯を掲げます。
「願わくば、俺たちの友情が人生を全うするその時まで続くことを」
「「「「「続くことを」」」」」
こうして、とんとん拍子でわたしたちのパーティ名は “フレンドシップ7”―― “友情の七人” に決まりました。
「な、なんだか照れちゃいますね。あはは……」
「悔しいけど、あたいの案よりも、あたいたち向き名前だよ。あたいのは借り物だけど、オリジナリティがあって何よりしっくりくる」
「やっぱり “
「それもあります」
フェルさんの言う “
「でも、わたしのいた世界に “フレンドシップ7” という、なんというか星の世界を飛ぶ魔法の乗り物があったのです。そして、その乗り物にのって星の世界に行った七人の勇者を “オリジナル・セブン” と呼んだのです」
「そんな乗り物があったの!?」
びっくり仰天、興味津々のパーシャに、“すごいでしょ” と微笑みます。
わたしはあれから、また彼のことを思い出すようになっていました。
わたしと、今は訣別してしまった彼女との共通の幼馴染み。
少しオタクで、特に科学系の話が好きだった男の子。
ずっと近くにいたのに、何も見えていなかった、何も理解できていなかった男の子。
あれから時折、また彼のことを考えるようになっていました。
それは感傷なのでしょう。
もう離れてしまった、道を違えてしまったものへの。
わたしの視線は、再び通路を越えて “悪” の席に向きました。
ぶっきら棒で、不器用で、意地っ張りな人が、最後の卵をおでこにぶつけています……。
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ときは今 今日の零時は 伊達じゃない
敵は本能寺にあり。
エバ・ライスライト、推して参ります。
コンコン、コンコン、
「……」
コンコンコン、コンコンコン、
コンコンコンコン、コンコンコン、
ガチャッ!
「――うっせぇな! こんな時間に三三七拍子でノックする馬鹿はどこのどいつだ!」
“獅子の泉亭” 四階の402号室のドアが勢い良く開くと、中から不機嫌の塊のような顔でアッシュロードさんが出てきました。
「こんばんは」
「……おまえか」
“……ですよねー” みたいな顔になるアッシュロードさん。
「こんな時間になんだ? “美人局” なら間に合ってるぞ」
「え? 誰かもうお部屋にいるのですか?」
わたし、先を越されちゃいましたか?
ヒョイと首を伸ばして、アッシュロードさんの部屋をのぞき込むわたしです。
あの大きなベッドに、すでに誰か他の女性がいるのでしょうか?
まぁ、“潜ったら飲んで、飲んだら買う” のが探索者ですからね。
もちろん、即刻叩き出しますけど。
「――んなわけねえだろ!」
アッシュロードさんが、わたしの言葉にクワッと獅子吼します。
お酒臭い息が掛かります。
基本的にこの人、飲む・打つ・買うのうち、飲むだけなのです。
お酒を飲んでいるうちに、次のことが億劫になってしまうのです。
「……ライスライト、俺ぁ、もう寝るんだ。保険の相談なら明日にしてくれ」
アッシュロードさんが物凄く億劫そうな顔で言いました。
「いえいえ、そうも言ってられないんです」
「また誰か遭難したのか? 勘弁してくれ。寝しな迷宮に潜るなんて、断々々固まっぴらごめんだからな」
「ピッ、ピッ、ピッ、」
胸に走った鈍い痛みを無視して、カウントダウンスタート。
「……?」
「5秒前、4、3、2、1――0」
そして、ついにその時が!
「パンパカパ~ン、はい、ごめんなさい、時間切れです!」
「……頼む、ライスライト。俺は今、おまえと意味不明のクイズごっこをしてる気分じゃねえんだ。そういうのはあの “がきんちょ” とでもやってくれ」
心の底から迷惑顔、ウンザリした顔で、アッシュロードさんがぼやきます。
「いえ、これはクイズでも、ごっこでも、そういうのでもありません。これは重要な契約のお話です」
「……あ?」
「すみません、アッシュロードさん! このエバ・ライスライト! 返済期限までに借りたお金を返すことが出来ませんでした!」
「――あっ?」
そして、あーーーーーーっ! と言った顔で、すべてを思い出した様子のアッシュロードさん。
「はい、そうなんです。今日の午前零時が返済期限だったんです――そして、ごめんなさい! わたし、返済期限が今日の零時だっていうこと、ついさっき思い出したのです」
「……」
「借金は、忘れた頃にやってくるんですよ」
呆然としている保険屋さんに(この表現、久しぶりです)、にこやかに笑いかけます。
待つことしばし、ようやく我に返るアッシュロードさん。
コホンと重々しい(と自分では思っているのでしょう)咳払いして、
「あ~、ライスライト」
「はい!」
「なんだったら、おまえの借金もう少し待ってやってもいいぞ。ほら、事情が事情だしな。うん。確かにおまえの言うとおりだ。誰だって “火の七日間” なんてもんが起きちまったら借金のことなんて忘れちまうもんな。よかったな、おまえ。うちはこれでも良心的な保険屋で通ってるんだ」
「でも契約によると “いかなる事情があろうとも” となっていますよ」
わたしは僧衣の下からいそいそと約款の巻物を取り出すと、“ほらここのところです” ――と条項の一番上を指差し、アッシュロードさんとのぞき込みます。
「「……」」
“……ですよねー” みたいな顔になるアッシュロードさん。
そして始まる、丁々発止にして熾烈なる
「ライスライト!」
「はい!」
「何事にも例外は――」
「ありません!」
「ライスライト!」
「はい!」
「俺とおまえの――」
「ここではまだそこまでの仲ではありません!」
「ライスライト!」
「はい!」
「その借金、少し待ってくれ!」←お金、貸してる人。
「いーえ、ビタ一秒足りとも待てません!」←お金、借りてる人。
「……」
「……」
「「……」」
くたびれ果てたグレートデンの老犬が、情けない、しょぼくれた、今にも泣きそうな顔でわたしを見ています。
勝負あり! ――ですね!
「それでは――」
と、わたしはその場に両膝を折って、三つ指を揃えて頭を下げました。
「ふつつか者ですが、共に白髪が生えるまで、どうぞ末永く可愛がってください」
一度言ってみたかったのです、このセリフ(てへぺろ☆!)
ひゅ~、と老いたグレートデンの後ろで木枯らしが舞っていますが、キニシナイ。
「さあ、これでご挨拶はすみました。それでは失礼いたします、ご主人様」
「ご、ご主人様!?」
「はい、今この時からわたしエバ・ライスライトは、グレイ・アッシュロード様の所有物ですから」
わたしはそういうと、持参してきた荷物をズンズンとご主人様の部屋に運び込みます。
「待て待て待て待て待て! おまえ、いったい何をしてやがる!」
「なにって――ご主人さまと一緒に暮らすのに必要な、最低限の私物を運び込んでいるのですが」
さすがに着の身着のままというわけにはいきませんし。
借金奴隷には借金奴隷のなりの、“奴隷の品格” というものがあるのです。
「待て待て待て待て待て!」
「はい?」
「えーと……」
「えーと?」
そこまでいって言葉に詰まってしまう、ご主人様。
えーと? えーと、なんですか?
「……」
今にも泣き出しそうな、グレートデンのお爺さん。
「――そ、そうだ! 寝る場所! 寝る場所だ! まだ寝る場所が用意できてねえ! まさか床に寝袋だの毛布だの敷いて寝かすわけにはいかねえ! そんなの駄目だ! ノーグッドだ! 奴隷虐待で衛兵にしょっ引かれちまう!」
起死回生! とばかりに、ご主人様の目が輝きます。
「ああ、それなら “問題にもなりません” 。すでにして部屋の真ん中に大きなベッドがドーンとあるではありませんか。ふたりで寝ても充分にゆったりできるぐらいの広さのがドーンと」
「……」
ご主人様が、ギギギギギッ……と油の切れたロボットのような動きで後ろを振り返り、愛用のキングサイズのベッドを見ます。
そしてまた、ギギギギギッと油の切れたロボットのような動きでわたしを見ます。
「大丈夫です、ご主人様! 痛くしませんから! すべてわたしに任かせてください!」
Go! “アイノス” Go!
ピスピス!
後ずさる、ご主人様。
追い詰める、わたし。
後ずさる、草食系のご主人様。
追い詰める、肉食系のわたし。
後ずさる――。
「「ちょーーーーっと、待った!」」
そしてあと一歩でベッドという所で重なる、懐かしの “ちょっと待ったコール”
こういうタイミングで、こういう無粋な真似をするのはあの人たちをおいて他にありません。
つまり、
(――来たな、プレッシャー!)
振り返ると、鬼の形相をしたハンナさんとフェルさんが仁王立ちしていました。
表情も一緒なら、腰に両手を当てるポーズまで一緒です。
「エバ! あなたグレイをベッドに追い詰めて何をする気!?」
「エバさん! あなた閣下をベッドに追い詰めて何をする気です!?」
わたしはにこやかに答えます。
「それはもちろん」
「「それはもちろん!?」」
「それはもちろん」
「「それはもちろん!!??」」
「それはもちろん、マッサージです」
てへぺろ☆!
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