前後

 迷宮には探索者たちに “かたり” “詐称者” と蔑称される、自らのレベルを偽っている魔物がいる。

 彼らは元探索者で、迷宮の闇に呑まれた者たちだ。

 “紫衣の魔女” の誘惑に屈した今は狂気に憑かれ正気を失っているが、それでも虚栄心はだけ残っているらしく、本来のレベルを水増しして名乗っている。


 有名なところでは照柿の忍び装束をまとった “達人マスターニンジャ” がいる。

 彼らは熟練者マスタークラスでもなんでもなく、単なるレベル10の忍者に過ぎない。

 また “百人隊長レベル10ファイター” を名乗る戦士たちは、実際にはレベル7程度の実力しかない詐称者で、“滅消ディストラクション” の呪文で奇麗に消え去ってしまう。


(それにしても “百人隊長センチュリオン” とは名乗りも名乗ったりだ)


 しかし “古強者レベル8ファイター” は違う。

 彼らは紛れもなくレベル8の戦士たちであり、 ネームドレベル8以上の実力を有している。

 名乗りもシンプルで、自らの技量への自負が感じられて逆に凄みがある。


 その “古強者” たち九人を、初歩的な加護と呪文を使うだけでアッシュロードたちは一蹴した。

 充分に引きつけてからの最大光量に調節した “永光コンティニュアル・ライト” で目を眩ませ、怯んだ隙に “棘縛ソーン・ホールド” と“昏睡ディープ・スリープ” の魔法で動きを封じる。

 前衛の三人は “棘縛” と “昏睡” にかかった敵には目もくれず、目を眩ましただけですぐに立ち直るだろう “古強者” に殺到。これを真っ先に斬り倒した。

 返す刀で加護に絡め取られ、呪文の影響下に囚われた残りを屠る。

 九人全員を葬り去るのに、わずか一分足らずだった。


(((((……凄い!)))))


 アッシュロードを除く五人が、なにより自分たちの手際のよさに驚嘆した。

 特に密かにパーティの軍師を自認しているパーシャの驚きは大きかった。


(ジグには悪いけど、前衛が三人とも戦士だとこんなに安定するんだ)


 盗賊シーフは生粋の戦闘職ではない。

 本来は前衛ではなく中衛なのだ。


「よし、後退する」


 左右の剣に血振りをくれると、アッシュロードか振り返った。

 息ひとつ乱した様子がない。

 前を行く兵士たちは一〇メートルほど先に進んでいた。

 これを繰り返すことで地上を目指すのである。

 撤退は攻勢の何倍も難しい。

 攻撃力の矛先は敵に向かいながら、本体(本隊)はそれとは逆の方向に逃げなければならないのだ。

 相反するふたつの力のベクトルを両立させなければ、撤退戦は成功しない。


(……おっちゃんには軍才がある)


 アッシュロードに含むところがなパーシャでも認めざるを得ない。

 パーシャは魔術師メイジだ。

 魔術師が何よりも戒めなければならないのは、判断が感情に左右されることである。

 特にパーシャは、自分が感情的な性格だと理解していた。

 正しいか正しくないかではなく、好きか嫌いかで判断してしまうきらいがある。

 嫌悪感が勝り、相手の実力を正確に見極められないようでは、魔術師は――パーティの軍師・参謀は務まらない。


 これはチャンスだ。

 人一倍感情的であると同時に、頭抜けて知能の高いホビットの少女は思った。

 この出会いを奇貨として己の知識を増し、弱点を克服する。


(……あんたは嫌い。それは変わらない。でも力量は認める。だから盗ませてもらうよ、おっちゃん)


 決心したホビットの横で使命クエスト対象者?の頼もしさを無邪気に喜んでいたエルフの少女が、ハッと表情を改めた。


「――!」


 アッシュロードは血を飛ばしただけで鞘に収めていなかった双剣を再び構えた。

 早くも次の追撃部隊が現われたのだ。


◆◇◆


 探索者パーティ “緋色の矢” はその名を体現するように、立ち塞がる魔物たちを斬り伏せ、真紅の血煙を巻き上げながら回廊を突き進んだ。

 彼女たちが一メートル進めば、それだけで後続する兵士たちが地上へ――生還へと近づくのである。

 今彼女たちに求められているのは、何よりも突破力だった。


(……愚図愚図してはいられない。直に “棘縛” や “昏睡” の魔法も切れる。そうなる前に始点まで辿り着かなければ)


 先陣を切るスカーレットにも焦りがある。

 回復役ヒーラーはすでに治癒の加護を使い果たし、魔術師も第四位階以上の呪文を使い切っている。

 この上 “棘縛” や “昏睡” といった初歩的だが効果の高い支援魔法まで尽きたら、生還の望みはさらに低くなる。


 スカーレットはチラリと後ろを振り返った。

 ノエルやヴァルレハたちの後方から、負傷した兵士たちが足を引きずるように続いている。

 魔物の包囲を突破するため、残された癒やしの加護をすべて隊列の前後を守る自分たち探索者に嘆願した結果、負傷には応急処置を施したのみであり体力も消耗したままだ。

 何より三人にひとりが死体であり、とても凶悪な魔物との戦闘に耐えられる状態ではない。


 “緋色の矢” は突き進む。

 回廊は一本道だ。

 後続の兵士たちとの距離はあればあるほどいい。

 闇の中、前方に人影が見えた。


 “ローブを着た男” たち×6。

 “認知アイデンティファイ” の加護の効果で即座に正体が見極められる。

 “緑衣の魔術師レベル10メイジ” が六人。


 嫌な相手だ!

 “氷嵐アイス・ストーム” を一発でも食らえば、レベル12の自分たちでさえ半身不随にされる!

 それが六人。

 先手を取られれば、一瞬でパーティが壊滅する!

 スカーレットが舌打ちした瞬間には、ノエルとヴァルレハがそれぞれ“静寂サイレンス” と “昏睡” の祝詞と呪文を唱え始めていた。

 ふたりの詠唱を背に、前衛であるスカーレットら三人の女戦士は雄叫びを上げて魔術師たちに突進する。

 六人の “緑衣の魔術師”がほぼ同時に “氷嵐” の呪文を唱え始めていた。

 “緋色の矢” が二回全滅しても充分にお釣りがくる威力期待値だ。

 まずスカーレットがひとりを、ついで僚友の女戦士たちがふたり、三人と詠唱途中の魔術師を斬り倒した。

 だが残る “緑衣の魔術師” たちは怯まない。

 呪文の詠唱中はトランス状態であり、精神が高揚し恍惚としている術者に周囲の状況は目に入らない。

 それゆえ呪文の詠唱は高速だ。

 スカーレットたちが二の太刀を振るう前に残る三人の魔術師の呪文は完成し、三重の “氷嵐” が吹き荒れるだろう。


(――ノエル、ヴァルレハ!)


 スカーレットが胸中で強く呼び掛けたとき、“緋色の矢” の僧侶と魔術師はリーダーの信頼と期待に応えた。

 まず敏捷性に勝るヴァルレハの “昏睡” がふたりを眠らせ、残るひとりの呪文をノエルの “静寂” が封じ込めた。

 最後の一韻を結ぼうとした “緑衣の魔術師” が、不意に呪文が紡げないことに気づき忘我の境地から覚める。

 その顔が憎悪に歪むより早く、スカーレットが魔剣 “真っ二つSlashing” を振りかぶり、振り下ろす。頭骨からみぞおちまでを両断され、四人目の魔術師も息絶えた。

 深昏睡に陥った残る魔術師たちも、スカーレットの僚友たちに剣を突き立てられ葬られた。


「……ふぅ」


 スカーレットが大きく息を吐き、額に浮かんだ汗を拭った。

 迷宮の魔術師たちはどういう訳か、自分たちだけで徒党を組み襲ってくる。

 時折、知能の低い魔獣を飼い慣らして共に襲ってくることもあるが、同レベルの前衛たちと機能的なパーティを編成することはほとんどない。

 例外は迷宮四階の某所に出現する固定の守護者ガーディアン だけだ。

 今の魔術師たちも、腕の立つ戦士が護衛として前衛に立っていたら、全滅していたのはこちらだったかもしれない。

 敵の戦術の稚拙さ、あるいは頑迷さに助けられた――スカーレットとしては思わざるを得なかった。


「――スカーレット」


 ノエルが前方――南に真っ直ぐに続く回廊の先を指差した。

 闇の中にうっすらと浮かび上がる外壁。

 座標 “0、0” 迷宮の始点。

 地上への出口。

 ついに辿り着いたのだ。

 緋色の髪の女戦士の顔が綻びかけ、次の瞬間にこれ以上ないほど歪んでいた。

 ほんの微かに漂ってくるだけで、鼻がもげるような悪臭。

 スカーレットは後続の兵士たちに叫んだ。


「――急げ! 梯子を登れ! “腐乱竜ドラゴンゾンビ” が来るぞ!」



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