迷宮内籠城戦★

 完成した “ウォール” には胸壁に守られた歩廊があった。

 ドーラ・ドラは通常の城壁を歩いているのと同じ感触を足の裏に受けて、感嘆せずにはいられない。

 土嚢を積み重ねただけの城壁もどきが、厳選された石材で築かれた本物とまったく変わらない “臭い” を発している。


(――まったく、大したもんさね)


 ドワーフの建築・築城技術が他種族の及ぶべくもないことは理解していたが、わずか一日でここまでの物を築かれては、彼らが “工匠神” の末裔を自称していることすらも認めのるにやぶさかでない気になる。

 老ドワーフの工兵隊長が長年にわたり鍛え上げてきた部下たちは、ドワーフを含めた他種族の混成部隊ながら、まさしくその名にふさわしいと言えた。

 そしてその現代の工匠神たちが築いた一夜城の真価が、早くも問われようとしている。


 カラカラ、カラカラ、カラカラッ!


 北側の暗黒回廊ダークゾーン内部に張ったロープが外れ、つながれていた鳴子が激しく鳴り響いている。

 それだけでなく地下二階への縦穴がある西の回廊からも、同様の警報が発せられていた。

  暗黒回廊の中の昇降機エレベーターと、縄梯子が垂らされている縦穴。

  二方向からの襲撃だ。


「慌てるこたぁないよ。どっちみちここで食い止めるんだ。二方だろうが三方だろうが、やることは変わらないさね」


 逆侵攻軍の次席指揮官にして、“壁” を預かる前線指揮官の声には微塵の動揺も感じられない。

 次席近衛騎士であり、城塞都市最強の探索者でもあるマスターニンジャの存在は、初めて迷宮で魔物と戦う兵士たちにとってこれ以上ない精神的支柱だ。

 “迷宮軍” が最初に城塞都市に押し寄せてきたあの夜、城壁の守備に立っていた兵士の多くが、この小柄な猫人フェルミスが何体もの “炎の巨人ファイアージャイアント” を撫で切りにする姿を目撃していた。

 きっとこのくの一が一緒なら、これから始まる三日目の戦いにも生き残ることが出来るだろう。


「――クロスボウ、構え!」


 ドーラの指示を受けて、土嚢で形作られた胸壁の狭間から射手が照準を “漆黒の長方形” に向けた。

 射線が確保できる東側の射手は、やじりを西の回廊の入口へと向ける。

 直後に暗黒回廊から現われたのは、無数の眼を持つ大型の蜘蛛―― “ジャイアントスパイダー” に “ヒュージスパイダー” だ。他にも巨大な甲虫である “ボーリングビートル” も混じっている。

 いずれも迷宮に築かれた壁など物ともせずに這い上る、恐れ知らずの “寄せ手 ” である。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669547154631

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669547620516


 しかしドーラは射手たちに射撃を命じない。

 命じたのは、隣の男に向かってたった一言。


「――やれ」


 守備兵の中にわずかに配属されている練達の魔術師メイジが、朗々と詠唱を始める。

 三つの真言トゥルーワードを組み合わせてひとつの言霊に練り上げると呪文が完成し、たちまち群がり寄る巨大な昆虫の群れが塵と化した。

 無駄なのだ。

 “ウォール” が完成した以上、ネームド未満レベル8未満 の魔物は接近することすら敵わない。

 煙幕などで守備側の視界を奪って接近する戦術もあるが、内壁のそこかしこに “永光コンティニュアル・ライト” の加護が付与されているため、“宵闇トワイライト” 程度の暗闇の呪文では効果が望めない。

 よしんば何かしらの手段で視界を遮れたとしても、“壁” の前面に形成された “滅消” の有毒物質の結界に踏み込めば、どちらにせよ塵になるだけだ。

 兵力で劣る “帝国軍” が強大な “迷宮軍” と渡り合うために、アッシュロードが捻り出した悪辣な一手であった。


(まったく悪辣だよ。こういう “悪巧み” をさせたら、あの男の右に出る者はいないね)


 狂王と魔女。

 地上と地下の二つの大帝国の戦争を、たった一区画ブロック幅の局地戦にまで縮めてしまった。しかも自軍が有利なように。

 地上の司令部で、“壁” の指揮におもむくドーラにアッシュロードは言った。


(こいつは俺らの “イゼルローン要塞” だ)


(“イゼルローン”? なんだい、それは?)


(…………さあ、なんだろうな。今、不意に思い付いた)


 アッシュロードは目を瞬かせて、なぜそんな言葉を口にしたのか自分でも理解できない顔をした。

 長年の相棒であり監視者でもあるドーラは、アッシュロードがそんな表情を見せるとき、本当に柄にもなく憐憫の情が浮かんでしまう。


 巨大な昆虫の群れが滅し去ると、今度は西の回廊から激しいひずめの音が響いてくる。

 次いで迷宮の空気を震わす強大な獅子吼と、甲高く耳障りな山羊の鳴声。

 まだ効果の残っている有毒粒子の結界を意に介さずに突進してくる奇怪な巨体。

 獅子の上半身に山羊の下半身、そして竜の翼と蛇の尾を持つネームドの魔物。

 “合成獣キメラ” だ。


「――クロスボウ、放て!」


 今度こそドーラは射手たちに命じた。

 専用の滑車を回して引くほどの強力な弦によって引きしぼられた短矢クォレルが、板金鎧プレートメイルさえ貫通する弓勢で一斉に放たれる。


「GyaGAaaaッッッ!!!!」


 “合成獣” の強靱な外皮も、ほぼゼロ距離射撃で放たれたクロスボウボルトを防ぐことは出来ない。

 獅子と山羊。

 ふたつの頭部の奥深くに無数の短矢を撃ち込まれ、断末魔の絶叫を上げる。

 弓に比べて射程は劣るものの威力に勝り、精密射撃のできるクロスボウがもっとも効果を発揮する戦場だ。


「第二射、放て!」


 後方の装填手から矢をつがえられた別のクロスボウを受け取った射手が、間髪入れずに狙いを定め次発する。

 代わりに発射済みの物を受け取った装填手が、大急ぎで滑車を取りつけ弦を引き絞る。

 “壁” の歩廊の幅を考えると装填手はひとりが限度だ。

 連射は一度しか利かない。

 しかしそれで十分だった。

 至近から放たれた数十本の短矢を二度にわたって頭部に受ければ、いかにネームドの魔物といえどひとたまりもない。


「前列交代! 槍兵前へ!」


 歩廊は三メートルの幅があると言っても、そのうちの一メートルは胸壁の厚みに取られている。

 二メートルの幅で陣列を円滑に入れ替えるにはそれなりの訓練が必要だが、“壁” を守っているのは外郭城壁守備隊の生き残りを再編成した者たち――その道の専門家だ。

 混乱することなく長槍パイクを持った兵士たちが前列に出て、クロスボウが再装填されるまでの時間を稼ぐ。

 寄せ手もそんな余裕を与えるつもりはない。

 腹の底を突き上げるような地響きと鼓膜が破れるほどの雄叫びを上げて、“漆黒の正方形” から四体の “炎の巨人” が飛び出してくる。

 その背後からは、“食人鬼頭オーガロード” がやはり四体現われ、一斉に “焔爆フレイム・ボム” の呪文の詠唱を始める。


「―― 火の玉ファイアボールが来るよ!」


 ドーラが警告を発した直後に “壁”の表面に四つの閃光が走った。

 胸壁の下に身を伏せた兵士たちの顔を、熱風が焦がす。

 土嚢の麻袋が灼かれ、中身が零れる――ことはない。

 築城の仕上げとして、外壁全面を魔法で焼き固めてある。

 守備兵の魔術師を総動員して “焔爆” や “焔嵐ファイア・ストーム” を投射し、麻袋の砂は融解からの再凝固を経て、今や堅固な一枚岩と化していた。


「やられたら倍返しな! 遠慮することはなんてこれっぱかしもないよ!」


 指揮官に叱咤され、守備側の魔術師たちが受けた呪文よりさらに上位の呪文を唱え始める。

 呪文が完成するや否や氷雪の嵐が吹き荒れ、急激に上がっていた迷宮内の温度が一気に低下。

 “食人鬼頭” たちが、氷像と化して砕け散る。

 自分たちの弱点である冷凍系の呪文を受け、付き従えてきたが一瞬で息絶えたのを見て、“炎の巨人” たちに動揺が走る。

 その隙を見逃さず、ドーラ・ドラは胸壁の上に立った。


「副長、あとは頼んだ」


「はっ! ――して隊長どのは?」


「ちょっと運動してくるに決まってるさね」


 そうして、彼女は魔物の海にダイブする。



 ほんの数日前までに、迷宮の入口を見張る衛兵たちの屯所があった場所。

 そこから五〇〇メートルほど離れた平地に、“逆侵攻軍”の後方基地が築かれていた。

 司令部を中心に兵舎や備蓄庫などが急ピッチで設営されている。

 周囲を囲む防壁もだ。


 設営の指揮を執っているのはもちろん工兵隊長である老ドワーフで、迷宮内で “壁” を築いた部隊が休養のために城塞都市に戻ったというのに、一番年嵩な彼だけは残って次の指揮を執っている。

 かつてアッシュロードやドーラ、トリニティ・レインらと共に迷宮で戦い、“旋風ミキサー剣” の使い手として勇名を馳せた最強戦士は、今も往年の体力を維持し、むしろ“老いてますます盛ん黄忠”だった。


 アッシュロードは、そんな活気に包まれた後方基地の司令部にいた。

 大きな野営用の天幕の下に広い指揮卓を設置し、その上にひろげられた迷宮一層の地図に見入っている。

 橋頭堡となる “壁”の設置には成功した。

 地下一階の南西区域―― “駆け出し区域ビギナーズエリア” にある第一~第三の三つの玄室にもそれぞれ、


 前線指揮所 兼 予備隊の待機所。

 物資の備蓄庫。

 兵士の休息所。


 ――が設置され、前線基地として機能し始めている。


「伝令! “壁” のドーラ・ドラ様より伝令であります!」


 そのとき天幕に伝令兵が飛び込んできた。


「聞かせろ」


「はっ! ――『“イゼルローン回廊” は迷宮軍の屍で舗装されたり! 守備兵は全員意気軒昂、もっと魔物を送られたし!』 ――以上であります!」


 アッシュロードは苦笑し、“忍びの者” のくせに外連味がたっぷりの猫人の人を食った顔を思い浮かべた。

 あのくノ一が寄って守る限り、まず最前線が崩れることはないだろう。

 あとはトレバーンが帰還するまで粘るだけだ。


 炎の七日間の三日目。

 戦況はアッシュロードの目論見どおり、膠着状態に陥りつつあった。



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