ゴ~ニョゴニョゴニョ……魚の子

「――瑞穂」


 道行くんを睨んでいたリンダが、突然わたしに向き直りました。


「は、はい!」


 な、なんでしょうか?


「あんたはどうなの? 外に出られてから道行と付き合いたいの? それとも今すぐ、ここで付き合いたいの? どっち?」


 えーーーーーーーーっっっ!!?


 な、なんですか、その唐突に突き付けられる究極の選択は!?

 そんなの答えられるわけないじゃないですか!


「「「「「「「「「「「どっち?」」」」」」」」」」」


 女性陣の視線が今度はわたしに向けられます。

 道行くんへの圧力を逸らすことが出来て、それはそれで本望なのではありますが……。

 女性陣……いえ、もう女性軍です。

 恐いです。すごく。


「ど、どっち……と言われましても……」


 外に出られてから付き合いたいのか……と聞かれれば、それは道行くんと同じ気持ちを共有していて、とても幸せです――と答えますし。

 今すぐここで付き合いたいか……と問われれば、それは……その……モニョモニョ……。

 人差し指の先と先を合わせて、モニョモニョ。


「「「「「「「「「「「モニョモニョなのは、どっち?」」」」」」」」」」」


「……い、今すぐ、ここで付き合いたい……方……です……」


 ボンッ! ボボンッ!


 わたしの顔が、“焔嵐ファイア・ストーム” !


「「「「「「「「「「「み~ち~ゆ~き~」」」」」」」」」」」


「……だ、だから、なんだよ……」


「瑞穂にここまで言わせておいてこのままで済むと思ってるの? きっちり納得する答えを聞かせてもらいましょうか」


 お局様!? 姑様!?

 と、とにかく恐い! 恐すぎです!


「……わ、わかった。付き合う。枝葉とはここで付き合う」


 ボンッ! ボンッ! ボボンッ! ボボボンッボンッ!


 わたしの顔が “対滅アカシック・アナイアレイター” !


「はぁ? なにそれ? 意味わかんな~い」


「「「「「「「「「「「意味わかんな~い」」」」」」」」」」」


「「ええーーーーーーーーーっ!!!?」」


 道行くんとわたしの見事なユニゾンです!

 というか、わたしたちの方こそ『『意味わかんな~い』』と叫びたいのですが!


「主語がないわよ、主語が。あんたは瑞穂と付き合いたいわけ?」


 ……え~と、リンダ。それは多分、主語ではなくて述語のことではないでしょうか?


「だ、だから、俺はこの迷宮街で枝葉と付き合う」


「だから主語がないって言ってるでしょ!」


「だから “俺” は付き合うと言っとるだろうが!」


 ……クイクイッ、


 わたしは色々な意味でいたたまれなくなり、道行くんのローブの袖を引っ張りました。


「……あ?」


(ちょっとお耳を)


「ゴニョゴニョのゴニョ」


 ゴ~ニョゴニョゴニョ……魚の子。


「――なっ!!?」


 絶句する道行くん。


(……ご、ごめんなさい)


 ゆでだこになるわたし。


「はい、主語。主語」


「「「「「「「「「「「主~語。主~語」」」」」」」」」」」


(テ、テメエら、そりゃ主語じゃなくて述語だ!)


 これはもうイジメです。

 でも、それでも――。


「お、俺は枝葉が好きだ。だからここで付き合う……付き合って欲しい」


 ボンッ! ボンッ! ボボンッ! ボボボンッボンッ!


 わたしの顔が再度の “対滅アカシック・アナイアレイター” !


 ――パパパパ~ン♪ パパパパ~ン♪


 そしていきなり酒場の隅で今の今まで埃を被っていたオルガンが、あまりにも有名なを奏で始めます。

 弾いているのは女性のアトラクション参加者のひとりです。


 パパパパン、パパパパン♪ パパパパン、パパパパン♪


「「「「「「「「「「「And I love You so~♪ forever♪」」」」」」」」」」」


 なにやら、合唱まで始まる始末……ええー? あの曲って歌詞があったんですか? それとも即興?

 ど、どちらにしても……女性軍、恐すぎます。そして、頼もしすぎます。


「今日の探索は休みだな。ほら、これ軍資金だ。ふたりでハネムーンデートしてきなよ」


 苦笑していた空高くんが、そういってにパーティ共用のお財布を差し出しました。


「「……パクパクパク」」


 もはや道行くんとわたしは、声も出ません。

 口が水中の鑑賞魚のように “結んで開いて” を繰り返すだけです。


「「「「「「「「「「「お幸せに~~~~!!!」」」」」」」」」」」


 道行くんとわたしは、国際線ターミナルから見送られるような声援を受けて、酒場からてしまいました。


「「……」」


 唖然。

 呆然。

 愕然。

 慄然。


 な、なにか言わなくちゃ。

 なにか言わなくちゃ。

 なにか言わなくちゃ。

 なにか言わなくちゃ。


 ――なにか言わなくちゃ!


「あ、あのわたし、別にそういうの全然気にしてませんから! 全然待てますから! 別にすぐに今日ここからとかそんなことは――」


「その……不精者で迷惑掛けちまうかもだけど、これからよろしく頼む」


「……え?」


「女の子と付き合うの初めてだし……どうすれば枝葉が喜んでくれるかとかよくわかんねえし」


 道行くんが……わたしに向かって頭をボリボリ掻きながら……頭を下げています。


「でも……不真面目じゃねえから。俺、ちゃんと枝葉のこと好きだから……だから……その……」


 ポロポロポロ……。


「――! お、おい、そんなに嫌なら突っ返してもいいんだぞ! 俺は別に無理にとか――こういうのはきっと相性とかタイミングとか、そういうのがあるもんだろうし!」


 ポロポロポロ……とオロオロオロ!


 お父さん、お母さん、瑞穂は地下迷宮の片隅で元気にしています……逞しく生きています。

 今日、生まれて初めて彼氏ができました……。

 世界一格好良くて優しい……世界一の彼氏です。


◆◇◆


 ――ドサッ!


 突然の浮遊感からの、落下。

 そして背中から全身に響く衝撃。

 打撃に強い革鎧レザーアーマーを着ていなかったら、息が出来なくなっていたかもしれない。

 リンダはくらくらする頭をもたげて、辺りを見渡した。

 なにはなくても、まず周囲の状況を確認する。

 探索者として身についた習性だ。


「……ここって……」


 そこはリンダの実家の近所だった。

 背中を打ち付けたのはアスファルトの路地で、彼女が高校に通うのに使っていた通学路だった。


「……戻った……?」


 だが戻ったところで……戻れたところで、それがなんだと言うのか。

 自分はもう以前の林田 鈴はやしだ すずではない。

 汚れ穢れた盗賊シーフ のリンダ・リンだ。

 リンダは自分が生まれ育った世界に戻ってこれたというのに、なんの感動も感慨も湧かない自分にかえって納得し、安心してもいた。

 ここでいきなり昔の自分に戻ってしまったら、間違いなく発狂してしまうだろう。

 自分はすでに壊れている。

 だが壊れているのは、それ相応の理由があるからだ。

 壊れているからこそ、自分はまだ生きていられるのだ。


 リンダはひとまず自分の家に戻ろうと立ち上がりかけた。

 こんなコスプレ染みた格好では目立ちすぎる。

 まるでコミケにでも出向くようなマニアックな風体である。

 とにかく着替えなければ……。


 そう思ったとき頭上の空間が歪み、何かがリンダの上に落下してきた。

 今度こそリンダの息が詰まる。

 気を失ったノーラ・ノラが、リンダの上に落ちてきた。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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