どっち

「――だいたい、道行くんは隙がありすぎるのです! 脇が甘すぎると言わざるを得ません! “女” という字を分解すると “くノ一” になるのですよ! “くノ一” ですよ、“くノ一”!」


「……」


「わたしの言いたいことがわかりますか? つまりですね、あなたのような人に “女” というものは――」


「……なぁ」


「とてもとても危険だと言わざるを得ない――」


「……なぁ」


「――はい?」


「……俺らなんだが」


「はい」


「……ここから出られたら、付き合わないか」


「……………………はい」


 ……………………はい。


「……んじゃ、そういうことで」


「……そ、そういうことで」


 ……。

 …………。

 ………………。


 ボボンッ!



 エヘ――エヘヘヘヘ。

 エヘヘヘヘへ。

 お、おっと、いけません。いけません。

 この非常時に何を浮ついているのでしょう、わたしは。

 気を引き締めなければなりません。

 集中力ですよ、瑞穂。集中力です。


 ……。

 …………。

 ………………。

 

 エヘ――エヘヘヘヘ。


「……ねぇ、言っていい?」


「え? あ、はい、どうぞ」


「さっきから見てて、すっごい気持ち悪いんだけど」


 宿屋 “愛の巣” ――ではなくて “アイノス” に併設されている酒場の円卓に、まるで “バブリースライム” を見るような顔つきのリンダがいました。


「コ、コホン、失礼いたしました。なにぶん経験のないことを経験したので」


「……ねぇ、聞いていい?」


「え? あ、はい、どうぞ」


「その “経験のないこと” って、なに?」


「そ、それは――プライベートなことです。はい」


 今は朝の八時くらいだと思います。

 わたしとリンダは道行くんたちより一足早く起き出してきて、朝ごはんを食べています。

 男の子たちはいつも朝が弱くて、起き出してくるのが遅いのです。

 でもそれも仕方ないのかも知れません。

 一番の肉体労働の戦士と、一番の頭脳労働の魔術師なのですから。


 周りには、わたしたち同様にこの迷宮アトラクションに取り込まれてしまった人たちが、やはり円卓を囲んで食事を摂っています。

 男女の比率がほぼ半々なのは、カップルが多いためです。

 つまりデートでアトラクションに入って、そのまま……というわけです。

 そういうカップルが二組ないし三組集まって、四人~六人のパーティを組んでゴールを目指しているのが、今の “迷宮街” の状況なのです。


 まぁ……中には女の子が四人で遊びにきて取り込まれてしまい、一組のカップルと六人パーティを組んだのはいいのですが、見事に修羅場になってしまい……というような話もなきにしもあらずなのですが。


「大部屋に男女で雑魚寝。風呂とトイレは共同のこの状況で、なに言ってるのよ。言いなさいよ、何があったの?」


「いちおうベッドがあるのですから、雑魚寝ではないですよ……」


 と、微妙に矛先を逸らす抗弁を試みますが、微妙すぎてまったく逸らせません。

 リンダは一度この追求モードになると、決して見逃してはくれないのです。

 まるで狩りの名手である雌のチーターです。

 肉食系なリンダにはピッタリな形容です。


「ん! ん!」


「で、ですから……その……あの……モニョモニョ」


 人差し指と人差し指を合わせて、モニョモニョ。


「告白……された……といいますか……」


「酷薄? 誰にそんな酷いことされたのよ?」


「ひ、酷いことじゃありませんよ! 全然酷くもないし、迷惑でもありません!」


「でも薄情で、酷いことされたんでしょ?」


「……え?」


「……え?」


 なにやら、お互いに頭に思い描いている情景が違うようです。


「“こくはく” って、酷薄じゃなくて、あの “告白”?」


「た、多分、その “告白” です……」


 人差し指と人差し指を合わせて、モニョモニョ。


「えーーーーーっっっ!!!?」


 なんですか、その驚き様は。

 おかしいですか、わたしが “告白” されては?


「いや、だって。あんたが、そんなの初めてだから」


「は?」


 リンダ、あなたはいったい何を言っているのですか?


「わたしは告白されたのは初めてですよ? 男の子に人気があるあなたとは違うのですから」


「……(……これだ。これだもの。あんたも苦労するわよね、隼人)」


「その “ナンセンス” みたいな表情で顔を振るのはやめてください」


 意外と傷つくんですよ、それ。


「誰によ――って、まさか! あの!?」


「ええと、なんとなく不本意な表現ですが、多分その “まさか!” で “あの!? “ な人で合っていると思います……です」


 人差し指と人差し指を合わせて、モニョモニョ。


「えーーーーーっっっ!!!? あいつって、そんなに積極的だったの! どうみたって朴念仁でしょ! あれ!」


「あいつ! あれ! そ、その言い方、近い、近いです! その距離感、のわたしとしては認められません!」


 断々々固、認められません!


「彼女って――もう付き合ってるわけ!?」


「こ、告白されたのですから、それはそうでしょう」


 え? 違うのですか?


「いやいやいやいや、告白に “OK” して、初めて付き合ってることになるでしょう。普通」


「それならもちろん “OK” しましたよ。ええ、それはもちろん―― “ここから出られたら、付き合わないか” って言われて、”………………はい” と」


「…………え? なにそれ?」


「なにそれ――と言われましても、告白されてOKしたのですが」


「はぁ? それのどこが “告白” なのよ!」


「え? ち、違うのですか!?」


 もしかしてわたし、物凄く恥ずかしい勘違いをしていたのですか!?


「違うに決まってるでしょ! あんた “好き” っていわれたの、あの男に!」


 こ、今度はあの男ですか!


「い、いえ、それは……言われてません。でも “付き合わないか” って言われたのですよ! それはもう “好き” と同義語でしょう!」


 普通、“好き” じゃない人に “付き合おう” なんて言いますか? 言いませんよ! ええ!


「“付き合おう” じゃなくて、“ここから出られたら、付き合わないか” でしょ!」


「そ、そうですよ」


 それがどうしたと言うのですか。それとどう違うというのですか。


「出られなかったらどうするのよ?」


「出られなかったら……ですか?」


 出られなかったらその時は……あれ? あれれ?


「付き合えない……」


「そうでしょ。なら今のあんたたちは?」


「付き合ってない……」


 あれ? あれれ?


「で、でも!」


 で、でも……。


「ど、どうしましょう?」


 オロオロ……オロオロ……。

 今にも泣きそうです。

 後一押しで、ポロポロポロポロ、涙が溢れ出しそうです。


「ったく、あのボケナス! なに予防線張ってるのよ、サイテー!」


「そうよ、瑞穂ちゃん。それってサイテーよ!」


 いつの間にかわたしたちの円卓の周りには、女性のアトラクション参加者の皆さんが集まっていました。

 パーティを組んでいる男性は、どこか肩身の狭そうな顔をしてうつむいています。

 正直いって、わたしには何が “サイテー” なのかよくわかりません……。


 そのとき折良く(運悪く?)、道行くんが空高くんと一緒に二階の大部屋から下りてきました。

 大きな欠伸をして、眠そうに目をしばたかせています。

 そして、酒場に集まっていた女性陣の槍衾やりぶすまのような視線を一身に受けて……。


「…………あ?」


 といった顔を浮かべました。


「ちょっと、道行! あんたセコいわよ!」


 リンダの容赦のない怒声が飛びます。

 でも、よ、呼び捨てはやめてほしい……です。


「…………あ?」


「あんた、瑞穂に言ったんだって!? “ここから出たら、付き合わないか?” って!」


『……うっ!』


 といった顔をして絶句する道行くん。

 そして恨めしそうな顔で、わたしを見ました。


(……ご、ごめんなさい)


「なんだ、道行。おまえ、そんなこと枝葉さんに言ったのか?」


「……い、言ったような……言わないような……」


「はぁ!? なによ、その煮え切らない態度は!」


 ち、違います、リンダ! 道行くんは、性格なのです!


「……い、言った……確かに」


「「「「「「「「「「「サイテー」」」」」」」」」」」


 言ったと認めたら認めたで、今度は “サイテー” の集中砲火です。

 もう可哀想で見てられません。


「ま、まってくだ――」


「道行、それは女の子たちが怒るのももっともだぞ」


 わたしが割って入るより早く、空高くんが “やれやれ” と言った表情で道行くんをたしなめました。

 途端に周囲の女性陣からポワポワと溢れ出る♥マーク。


(え? え? え? なんですか、このピンク色の空気は?)


 どういうわけか、空高くんは女性陣の好感度がとても高いのです。

 そしてどういうわけか、道行くんは女性陣の好感度がとても低いのです。

 まったくもって納得できません!


「付き合ってほしいなら、付き合ってほしいってハッキリ言えよ。不誠実だろう、そんなの」


「「「「「「「「「「「キャーーッ!」」」」」」」」」」」


 ピンクの♥の次は、黄色い声です。

 まったく納得できません!


「……ふ、不誠実って……こんな状況でそんなこと言う方が……不誠実だろう……」


 イエーーーーースッ!!!


 わたしは両手を天に突き上げて激しく同意の意を示しましたが、誰も見ていません。見てくれません。


「それが不誠実だって言ってんだ。俺たちは今、明日をも知れない身なんだぞ。もしもの時、後悔しないよう生きなきゃ駄目だろうが」


「「「「「「「「「「「キャーーッ!」」」」」」」」」」」


 だから、なんなんですか、その黄色い声は!

 わたしとしては、かなりグッとくる “告白” だったのです!

 なんというか、こう困難な現在を切り拓いて未来に希望を繋げるような!

 わたしは道行くんを支持します! 誰がなんと言おうと断々々固指示します!

 ええ、それはもう!


「――瑞穂」


 道行くんを睨んでいたリンダが、突然わたしに向き直りました。


「は、はい!」


 な、なんでしょうか?


「あんたはどうなの? 外に出られてから道行と付き合いたいの? それとも今すぐ、ここで付き合いたいの? どっち?」


 えーーーーーーーーっっっ!!?



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連載開始

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本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

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迷宮無頼漢たちの生命保険

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出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

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