最初の六人

「…… “最初の六人オリジナル・シックス” ……ですか?」


「ええ、アッシュロードさんは、最初に “大魔女アンドリーナ” を討伐したパーティの一員なんです」


 上帝トレバーン陛下の馬前を乱した、あの騒動から一時間。

 騒ぎを聞きつけたハンナさんが、血相を変えて “獅子の泉亭” に飛び込んできたのがつい先ほど。

 一階酒場の “善” の円卓に着いたわたしを含めたパーティの全員が、ハンナさんの言葉に驚き、同時にどこか腑にも落ちていました。


「やたらと腕っ節が立つとは思っていたが、まさかシェブロン階級章持ちだったとはね」


 ジグさんが感心半分、呆れ半分といった表情で顔を振りました。


「もう一七年も前の話ですから……この酒場にも覚えている人はいないでしょう」


 ハンナさんが香草茶ハーブティーの注がれたティーカップに両手を添えたまま、呟くように述懐します。


 それは……そうでしょう。

 インターネットで何年も前のことがすぐに検索できる世界ではないのです。

 図書館で過去に発行された新聞を調べられるわけでもありません。

 人の噂も七十五日。

 まして、それが一七年も前のことでは……本人の口から語ってくれでもしてくれない限り、わたしたちに知るよしなどありません。

 そしてアッシュロードさんは自分語りなど、決してしない人です……。


「“不滅のアンドリーナ” を討ち取って、最初に近衛騎士に序された探索者だったってわけだ。おっちゃんは……」


 口に加えたスィーツのスプーンをピンピンと跳ね上げながら漏らしたのは、アッシュロードさんとある意味一番仲の良いパーシャです。


 “大魔女アンドリーナ”

 またの名を “不滅のアンドリーナ”


 探索者が何度討伐してもその度に甦る、文字どおり不滅の存在。

 有限体モータルでありながら、並の不死属イモータルを遙かに上回る不死性を持つ、闇と魔に魅入られた真の迷宮支配者アーク・ダンジョンマスター

 その逸話は数知れず。


 曰く、


 古代魔道を極めた強大な使い手。

 不死属アンデッドを隷属させ、巨人族ジャイアントを使役し、竜属ドラゴンを飼い慣らし、悪魔デーモンたちと盟約を結びし、魔物たちの支配者。

 最強覇者 “狂王アカシニアス・トレバーン” に敵しうる唯一の存在であり、ただ一人の友――恋人。

 絶世にして、傾国の美女。


 わたしたちは彼女の話を、訓練場の教官から座学のたびに繰り返し聞かされました。

 そして訓練教官は最後に必ずこう付け加えました。


『強敵だが、決して倒せない相手じゃない。実際にこれまでにも何組ものパーティが彼女を倒して上帝陛下の近衛騎士に取り立てられた』


 ――と。


 その最初のパーティの一員がアッシュロードさんだったのです。


「アッシュロードさんだけじゃないわ。ドーラさんもそのパーティの一員でした」


 円卓に着くハンナさん以外の全員から、再び嘆息が漏れました。


「……あのふたりの絶妙な間合いはそのせいか」


 カドモフさんが空になったエール酒の陶杯を弄びながら独り言ちます。


「アンドリーナを討伐した探索者は近衛騎士に取り立てられますから、アッシュロードさんもドーラさんも騎士爵を持つ準貴族なんです」


「しかし “準” とは言っても、合理主義・能力主義の権化のトレ……上帝陛下から賜った爵位だ。この “大アカシニア神聖統一帝国” じゃ、公侯伯子男よりも価値があるだろうぜ」


「ええ、そのとおりです。上帝陛下は既存の貴族位なんて “髪の毛の先の” ほどの価値も認めておられませんから」


 ジグさんの言葉を受けて、仮にも侯爵家の令嬢であるハンナさんが、凄いことを凄い例えでサラリと言ってのけます。

 わたしたち探索者と関わり過ぎて、染まってしまったのでしょうか。


「でも、そんなお偉いおっちゃんたちが、なんでまた在野で保険屋なんてやってるのさ?」


「それは……」


 パーシャの質問にハンナさんが口籠もり、一拍の間を置いてから、諦めたように経緯を説明しました。


「「「「「「……三日でクビになった……」」」」」」


「ええ……そもそもが無理なんですよ。に宮仕えだなんて」


 ハンナさんが額に手を当てて、深々と吐息を漏らしました。


「これは父から聞いた話ですが、二日酔いで朝起きれない上に上帝陛下の閲兵式にも遅刻したらしくて……それで怒り狂った近侍の騎士たちに陛下の前に引っ立てられて申し開きを迫られたとき、なんて言ったと思います?」


「な、なんて言ったのですか?」


「“城の酒が存外不味くて悪酔いした。陛下も意外とろくな酒呑んでないんすね” ……今でも宮中の語り草ですよ」


「「「「「「……」」」」」」


 それはもう胆力があるとか、神経が巨大戦艦の主砲の砲身並にあるとか、そういう次元の話ではないのでは……。

 “空気の読めない” 何かしらの人格的障害を疑ってしまいます……。


「……そ、それでよく生きてたわね、おっちゃん」


 ゴクリ……と生唾を呑み込む、パーシャ。


「あたい、トレ……上帝陛下を間近で見たよ……あれはもう人間のレベルを遙かに超えてた……あれに比べたら闇堕ちしたアレクなんて問題にもならないよ……言い伝えで聞く “全能者Wizardry” っていうのがもし本当にいるなら、きっとああいうのを言うんだと思う……」


 そういうと、あの時の感覚を思い出したのか、パーシャは自分の身体を抱いてブルッと震えました。

 種族的に恐怖フィアという状態ステータス異常に強い耐性を持つホビットの心胆を、これほどまでに寒からしめたのです。

 トレバーン陛下の見せた魂魄の凄まじさが推して知れます。

 わたしもあの時のことを思い出すと、全身にジットリと嫌な汗が浮かんでくるのを抑えられません。

 まして、まだ幼いノーラちゃんは……。


「それで……グレイはどうなったのですか?」


 フェルさんが気もそぞろとった様子で、ハンナさんに先をうながしました。


「陛下自ら無礼討ちにされかけたそうよ」


「それでどうなったのです?」


「今生きているんだから、ちゃんと助かりましたよ」


 なぜか少しだけ寂しげな微笑みを浮かべるハンナさん。


「一緒に召し抱えられた魔術師が、陛下に助命を嘆願したの。その条件が “陛下ご自身と本気で立ち合って勝てば命は助ける” ――」


「はぁ!? なによ、それ!?」


「いえ……多分、それしかアッシュロードさんが助かる道はなかったと思います」


 わたしは素っ頓狂な声を上げたパーシャに、反射的に言ってしまいました。

 網膜に鮮明に灼き付いているトレバーン陛下の姿。

 理由はわかりません。

 でも、わたしがその姿に直感的に感じたのは、人生の全てに倦んでいる男性の気配でした。


 退屈だから、命の危険スリルを求める。

 命の危険を求めるから、自分より強い敵を求める。

 でも、その敵がいない。

 なぜなら、すでに自分が世界で最強の存在だから。

 だから、その敵を求めて戦争に明け暮れる。

 決して戦いが好きなわけではない。

 ただ退屈でいることが耐えられない。

 退屈こそが、最大の敵。

 逆に言えば退屈を紛らわせてくれる存在こそが、例えそれが最強の敵であろうと、最大の味方にして最良の友。

 だから、アッシュロードさんがトレバーン陛下の退屈を一瞬でも忘れさせることが出来るなら、あるいは……。


「おそらくその魔術師の人が考えたのは、そういうことだと思います」


「エバさんの言うとおりです」


「それじゃ、あのオッサンは上帝陛下に勝ったんだな?」


 ジグさんが話の結末を訊ね、フェルさんが “うんうん!” 激しく顔を縦に振ります。


「いえ……負けました。それも助けに入ったドーラさん共々、まったく歯が立たずに」


「……ぬぅ」


 わたしを含めた全員が息を飲み、ただひとりカドモフさんだけが低い唸り声を漏らしました。


「あのふたりが、二対一でまったく歯が立たなかった……?」


 レットさんが呆然と呟きました。


 熟練者マスタークラス のレイバーロードとマスターニンジャ。

 それも即席のコンビではありません。

 “大魔女アンドリーナ” を討ち取り、彼女の大迷宮をついに踏破した最強パーティの前衛ふたりなのです。


「ふたりとも瀕死の重傷を負ったようですが、陛下は “この俺が初めて本気になったわ” とたいそう機嫌を良くされて、ふたりを近衛騎士の身分のまま放逐したそうです。このまま城勤めなどさせても役には立たぬだろうと。特にアッシュロードさんのことはいたく気に入られたようで、その場で “筆頭近衛騎士” の身分と称号を作りお与えになったそうです」


「「「「「「……」」」」」」


「下野したふたりは、しばらくして傷が癒えてから “迷宮保険屋” を開業したそうです。その頃にはもう “アンドリーナ復活” の噂が広まっていましたから」


「今の迷宮は、上帝陛下に仕える優秀な近衛騎士を鍛えるための試練場だからな。オッサンもボーパルキャットも、結局は騎士としてその手伝いをしてるってわけか」


「合理主義もここに極まれりだね。まさに適材適所……上帝陛下の考えか、その魔術師の献策かは知らないけどさ――ああ、もう喉がカラカラだよ、ねえ、ちょっと! エールお代わり!」


 ジグさんが顔を振って嘆息し、それに言葉を継ぎ足したパーシャが最後には怒ったように女給さんを呼びました。

 本当です。ハンナさんの……上帝陛下の話に圧倒されてしまって、喉がカラカラです。

 みんなで新しい飲み物を注文して、一息入れました。


「それで、今回の件でエバに何か処分があるのか?」


 新しいエール酒を一口すすり口の周りの泡を拭うと、レットさんがハンナさんに訊ねました。


「いえ、上帝陛下はエバさんのことを “捨て置け” とお命じになられました。探索者ギルドはこの命令を違えるつもりはありません。下手に忖度したエバさんを処分したら、ギルド長の命がありませんから」


「そうか……よかった」


「上帝陛下は自分に忖度する者を憎み、忖度者を憎みます。この辺りの呼吸がつかめない者は、陛下の前では一分も生きてはいられないでしょう」


 “天下人” ――わたしの頭に、再びその言葉が浮かんだとき、ハンナさんがわたしに厳しい表情を向けました。


「エバさん」


「は、はい」


「運が良かったですね。とっても。アッシュロードさんがいなければ、あなたは今ごろ女神の御胸に抱かれているところでした」


「…………はい」


 わたしは噛みしめるように頷きます。

 それがギルドからの非公式の厳重注意でした。


◆◇◆


 そして……その日の夜。

 わたしは一人アッシュロードさんの部屋の前に立ち、そのドアをノックしました。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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