神威

「こいつは、どうにもつまらないことになってきたぜ……!」


 アッシュロードさんがハンナさんを背中にかばいながら、にじり寄ってくる四匹の獣憑きに向かって吐き捨てました。

 夜空には、満月が煌々と蒼い光を放っています。

 何層もの分厚い岩盤に遮られた迷宮中層ならいざ知らず。

 魔力に充ち満ちた月光は “獅子の泉亭”の石造りの屋根や壁を透過して、四人の 獣憑きたちにレベルの一時的な底上げを伴うほどの力を与えているのです。

 四匹は入り口や階段や厨房の前から離れて、アッシュロードさんたちを獣特有の慎重さで取り囲み、その環を徐々に閉じていきます。


(――どうして!? 他の探索者たちの行動を阻害するより、アッシュロードさん一人を脅威と見なしたの!?)


 いけない!


「慈母なる “ニルダニス”よ――」


「よせ!」


 咄嗟にアッシュロードさんを援護しようとしたわたしの腕を、レットさんがつかみました。

 精神統一が崩れて、女神への嘆願が掻き消えます。


「どうして!?」


「君が狙われるぞ!」


「そんなこと!」


「俺にはパーティを守る責任がある! 君が狙われたら他の仲間も巻き添いになる!」


 キッと睨み付けたわたしを、レットさんの言葉が打ち据えます。

 唇を噛むわたし。


「ああ、あのオッサンを助けたいなら、なにより武器だ。厨房を抜けて馬小屋だ」


 ジグさんが、そんなレットさんとわたしの間に割って入ります。

 他にも、緋色の髪をした “善”の戦士のスカーレットさんが、


「今のうちだ! 武器を取ってこい!」


 生き残っている探索者たちを叱咤しました。

 ですが、他の人たちが武器を手に戻ってくるまでの間に、アッシュロードさんたちが!


「――おい、“保険” には入ってるか?」


「わたしは探索者ではないので……でも、もしもの時は父が生き返らせてくれると思います」


「そうか。あんたは あのバレンタイン家のご令嬢だったな」


「その言い方やめてください。命の重さに貴賤はありません」


「すまん」


「それに、わたしは生き返りたいんじゃありません。


「覚悟はできてるみたいだな」


「はい」


「上等だ」


 アッシュロードさんとハンナさんが小声で何かをやりとりしていますが、ここからでは内容までは聞き取れません。

 でもその様子から、ふたりが何かしらの決意を固めたのは確かなようです。


「エバ、なにをしてる! 行くぞ!」


「まってください!」


 四匹の包囲がいよいよ跳躍一つでアッシュロードさんたちを捉えられる距離まで狭まりました。

 四匹の獣憑き――奇妙に連携のとれたその動きには、まるで信頼や友情のような人間臭い気配さえ感じられます。

 差し詰め “四銃士” ……いえ、“四獣士” ?

 そんな馬鹿な語呂合わせが頭に浮かんだとき、唐突にアッシュロードさんがわたしを見ました。


 


 石床にぶちまけられた誰かの臓物を踏みつけながら、わたしはふたりに向かって走ります。


「ライスライト! こいつを頼む!」


「はい!」


「歯、食いしばれ!」


「え? あ、きゃあああっっっ!!!?」


 アッシュロードさんが、こんなに細くて折れてしまわないのか――と思えるほどのハンナさんの細腰を抱えて、遠心力を使ったの要領で、わたしに向かって放って寄こしました。

 もちろん、細身で軽いとはいっても人ひとりの重さです。

 ハンナさんを放り投げた直後、アッシュロードさんは大きく体勢を崩してしまいました。

 四匹の獣憑きがその隙を見逃すはずもなく――。


「いやぁああああぁぁぁぁあっっっっっ!!!」


 宙空でハンナさんの悲鳴が響き渡りました。

 わたしが手を伸ばしてキャッチするよりも早く、横をすり抜けたレットさんが悲鳴を上げた直後に気を失ったハンナさんを受け止めます。

 アッシュロードさんは……一瞬のうちに四匹にまとわりつかれ、床に引き倒され……そして……。


「うっぷ!」


 パーシャが両手で口を押さえて吐き気を堪えました。

 わたしは……呆然と獣憑きたちに蹂躙されるアッシュロードさんを見つめていました。


 ……ザワッ、


「……むぅ」


「エ、エバ……? ど、どうしたの、エバ!?」


 すぐ近くにいるはずのカドモフさんやパーシャの声が、どんどん、どんどん遠くなって……。

 代わりに、何かがわたしの中に……降りて……。


「――慈母なる女神 “ニルダニス”。厳父たる男神 “カドルトス”。その他、天に御座す諸神に代わりて――」


「おい、エバ!? どうした!?」


「こ、この祝詞は、まさか――!?」


「おい、エバ!」


「ど、どうしたっていうのよ!」


「駄目よ、ジグ! パーシャ! 今彼女を妨げては! その祝詞は――その加護は――」


「――我、神々の代弁者にしてその意思の執行者たる、エバ・ライスライトの名の下に――」


「駄目よ、エバ! こんな場所で、その加護を願っては!」


「なんなんだ、フェル!? エバは何をしている!?」


「聖職者系第七位階最高位階の加護―― “神威ホーリースマイト” よ!」


「――今、悔い改めぬ不敬なる者たちに神罰を与えん! 畏れよ、神の怒りを! “神威”!」


 トンッ、


「「「「「エバッ!?」」」」」


「なに、ちょほいと当て身で気絶スタン させただけさ。心配はいらないよ」


「あんたは!」


「「「「“首狩り猫ボーパルキャット” !」」」」


「やれやれ、人がいない間になに勝手に楽しいことを始めてるのさ。わたしも混ぜておくれでないかい――ねぇ!」


「「「「GaRUu!?」」」」


「鼠大好き、猫まっしぐら――ってね。まずはおまえだよ」


 キュピンッ!


「そんで次はおまえだ、でかいの」


 シュパッ!


「あんよはお上手、ヨチヨチヨチ――でも “イヌ” の分際で二本立ちは生意気さ、這いな」


 ピンッ!


 ドサッ、ドサッドサッ!


「一丁上がり。――ん? 三丁か」


「GaRuuuuu!!!!」


「お~、お~、そんなに毛を逆立てて。あたしの魅力におっ立っちまったってかい? でもね――」


 スパッ!


「同じ “ネコ科” だからって逆上せるんじゃないよ。最初からお呼びでないんだよ、奴は」


 ……ドサッ。


「「「「「……」」」」」


「なんだい? 忍者の戦い振りを見るのは初めてかい?」


「ま、まぁ……そんなところ……です」


「それじゃ良い勉強になったろ。出血大サービスさね。もっとも出血したのはそこで寝てる下品な四匹だけど」


「「「「「……」」」」」


「それよりも――いつまで寝てるんだい、アッシュ。後がつかえてるんだ。とっとと起きな」


「後ってなんだよ」


「あーーーっ! おっちゃん、生きてたの!?」


「勝手に殺すな。がきんちょ」


「でも、あの状況でどうやって――」


「あんたも僧侶ならわかるだろ」


「…… “神璧グレイト・ウォール” の加護……あの一瞬で……」


「なんの備えもなしに無茶する馬鹿がどこにいる。俺には自己犠牲なんて悪趣味はねえ」


「……」


「それにしても酷い有様だね、こりゃ」


「ああ、死者一五人ってところか……死体の損傷が激し過ぎて還ってこれるかどうか」


「いったいなにがどうなってるやら」


「エバッ、エバッ!」


「パーシャ、強く動かしては駄目」


「取りあえず馬小屋に運ぼう。ハンナさんも」


「……あんたのお気に入りの娘。あんたが死んだと思って “ブチ切れた” みたいだね」


「……」


「ほんと、なにがどうなってるやら」



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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