虐殺 -ゼノサイドー★

 混乱が瞬く間に伝播します。

 悲鳴と絶叫。そして怒号。


 蹴倒される洋樽。

 横倒しになる円卓踏み。

 砕かれる陶杯。


 “獅子の泉亭” は、四人の獣じみた男たちによって混乱の極みにありました。

 迷宮で常に切った張ったの修羅場を演じている探索者たちが、酒場の中を算を乱して逃げ惑います。

 武器を抜いて立ち向かいたくても、ほとんどの人が就寝前のこの時間は武装していないのです。

 夜もようやく更け始めたこの時間。

 多くの探索者が今日の探索を終え、宿で装備を解き、入浴し、平服に着替えて、生還を祝す杯を掲げていたところだったのです。


 まさしくこれは、奇襲攻撃Surprised Attackでした。

 気が弛んでいた――などとはとても責められません。

 それでもやはり、百戦錬磨の探索者たちです。


「得物を取ってこい!」


 誰かが叫び、数人が宿屋のある二階に駆け上がろうと階段へと走ります。


 ――ですが!


 広刃の曲剣を握った “鼠顔の盗賊” があっという間に追いすがり、その背中を斬って捨てました。

 そのまま階段の前に居座る盗賊。

 装備を取りに宿に戻らせる気はないようです。


「な、なによ、あいつら!?」


「さあな。でもヤバい連中だってことだけは確かだ――どうする、レット?」


「戦うにしても、この格好じゃ無理だ――馬小屋だ」


「だな」


 パーシャが狼狽し、ジグさんとレットさんがうなずき合います。

 わたしたちの装備はパーシャの短刀ダガー以外、馬小屋のの中です。

 戦うにしても、あるいは逃げるにしても、一度馬小屋に行かなくてなりません。

 すでにパーティ全員が立ち上がり、いつでも行動できるように身構えています。


(あの人は……)


 気になったわたしは、チラリとアッシュロードさんの方を見ました。


(な、なにやっているのですか、あの人は!)


 アッシュロードさんはゆで卵を食べる手を止めて、ポカンとした顔で辺りの騒乱を見つめています。


「アッ――」


 思わず名前を叫びかけとき、


「何事ですか!?」


 酒場の入り口。

 大きく頑丈な両開きの扉ウェスタンドアの向こうで、ハンナさんが悲鳴を上げました。

 制服姿なことから、遅い仕事を終えて隣の探索者ギルドを出た直後だったのでしょう。


 ドンッ!


 虎の猛気をまとう “剣士” が、抜き身を手に凄まじい速度でハンナさんに殺到します!

 ハンナさん共々、入り口を塞ぐ気です!


「ハンナさん! 逃げて!」


 ハンナさんは探索者ではありません。

 いえ例え訓練と経験を積んだ探索者でも、あのスピードで斬り掛かられたらまず反応できないでしょう。

 現に酒場にいた誰もが、ハンナさんを助けるどころか指一本動かすことができませんでした。

 ただ一人を除いて。

 を投げ捨てると、一瞬でハンナさんとの距離をゼロに縮めたアッシュロードさんが、彼女の細い腰を抱えて “虎の目の剣士” の白刃を掠め去りました。


「「アッシュロードさん!」」


 ハンナさんとわたしが同時に快哉します!


「――!」


 “虎の目の剣士” に浮かぶ、驚きの表情。

 アッシュロードさんはハンナさんを背中にかばうと、護身用サイドアーム短剣ショートソードの鞘をゆっくりと払いました。

 直後に始まる、物凄まじい剣戟!


 ギンギンギンギンギンギンギンギンギギンッッ!


 五合、十合、二十合!

 白刃を散らして、アッシュロードさんと “虎の目の剣士” が休む間もなく打ち合います!

 打ち合うごとに火花が散り、鼻の奥が焦臭くなります!

 しかし、刃渡り一メートルあまりの剣士の長剣に対して、アッシュロードさんの短剣は六〇センチあまり。

 リーチの差は明らかです。


 しかしです!


 そんなハンデを物ともせず、アッシュロードさんの剣光が一閃!

 長剣を持つ “虎の目の剣士” の手首を切り飛ばしました。

 柄に握った右手を、剣士の長剣が紫煙で煤けた漆喰の壁に突き刺さります。


「“虎の目アイ・オブ・ザ・タイガー” がなんです! アッシュロードさんは “三白眼” なんですよ!」


「なによ、それ……」


 再び快哉を叫んだわたしを、パーシャが退き気味に見上げました。

 “虎の目の剣士” は、血の噴き出る右手を無感情な表情で見つめていましたが、すぐに、


「GuGAaaaaaGaAaAAAッッッッ!!!!!」


 口も裂けよとばかりに、獣じみた――いえ、獣のそのものの咆哮をあげました。


 ブチブチブチッ!


「……えっ?」


 本当に口が……?

 血飛沫を上げて、 “虎の目の剣士” の口が、皮膚が、肉が裂け、その下から別の――黄色と黒の毛皮に覆われた――まったく別の身体が現れたのです。

 申し合わせたように、他の三人の身体も裂け始めました。

 血飛沫が治まり、変身が終わったとき、そこには四人の……いえ四匹の直立する、“虎” と “羆” と “鼠” と そして “狼” がいました。


「……獣憑きライカンスロープか」


 短剣の切っ先を “虎” に向けたまま、アッシュロードさんが呟きました。


 “獣憑き” !


 あれが!

 迷宮の中層以降に出現すると言われる、いわゆる “狼男ワーウルフ” に代表される凶悪なモンスター。

 獣の膂力・敏捷性・強靱さと、人の知能を合わせ持つ強敵。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669386487651


「どうして、それがこんなところに……」


「GOooooッッッ!!!!!」


 “虎男ワータイガー

 “羆男ワーベア

 “鼠男ワーラット

 “狼男ワーウルフ


 四匹の獣憑きが猛々しい咆哮を上げて、再びを始めました。

 “羆男” の重く鋭い一撃を受けた戦士が、壁に叩きつけられるよりも早く四散してバラバラになりました。

 敏捷性を増した “鼠男” の幅広の曲刀で、盗賊の一人が顔面を割られました。

 “狼男” に飛び掛かられた僧侶が喉笛に喰いつかれ、一噛みで胴から頭を食い千切られました。


 そしてアッシュロードさんに手首を飛ばされた “虎男”

 壁に突き刺さった自分の剣に歩み寄ると、手首だけをつかみ取り、傷口を合わせました。見る間に泡立ち、接合される手首。

 獣憑きの中でも特に “虎男” は治癒能力に秀でた種なのです。

 もはや “虎男”に長剣は必要ないようです。

 鋭い爪と牙で獲物を――アッシュロードさんを屠らんと、ジリジリとその周りを歩き始めました。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023212989152979


 今や彼ら四匹の狩場と化した “獅子の泉亭”

 いえ、違います。

 これはもう狩りではなく虐殺です。

 ならば、この酒場はもはや彼らの屠殺場なのです。


「おい、なんでさっさと逃げなかった」


 アッシュロードさんが、背中にかばうハンナさんに訊ねました。


「な、なんでって、助けてくれたあなたを置いて逃げられるわけないじゃないですか」


「あんたは “善”じゃないだろう」


「こ、こんな時に “善” とか “悪” とか、そういうのは抜きでお願いします」


「震える声で、気丈にどうも」


 “虎男” に徐々に壁際に追い詰められていく、アッシュロードさんとハンナさん。

 入り口は駄目です。

 “虎” に完全に塞がれてしまいました。


「他に出口はないのですか!?」


 早く武器を取ってこないと、ふたりが!


「厨房から裏口に抜けられる! だが今は――」


 わたしの切迫した声にジグさんが応えますが、言葉どおり厨房への出入り口の前には “羆男” が陣取っていて、両手を颱風のように振り回して屍山血河を作っています。

 いくら屈強な探索者といえど、徒手空拳を究めた忍者でもない限り、無手で魔物とは戦えません。


「――雑魚が、舐めんな!」


 アッシュロードさんが怒気を含んだ声で叫びます。


「“滅消ディストラクション” を使うぞ! ネームド レベル8未満の は壁際に寄れ! 巻き込まれて塵になるな!」


 “滅消”!


 それは魔術師系第五位階に属する、広範囲複数グループ攻撃魔法!

 その効果は絶大で、 アンデッド系とネームドレベル8以上以外の全てのモンスターを、一瞬で塵にしてしまう驚異的な呪文です!

 どんなに生命力ヒットポイント が高かろうと関係ない、特定の相手にはまさに必殺の威力を誇る魔法なのです!


 アッシュロードさんはこの呪文の封じられた魔法の指輪を持っていて、あの暗黒回廊ダークゾーン手前での戦いで、追いすがってきた三〇匹以上の “犬面の獣人コボルド” や “オークゴブリン” を一蹴したのもこの呪文です。

 アッシュロードさんの言葉から察するに獣憑きたちはすべて、つまりネームド未満レベル8未満なのでしょう。


「皆さん、壁際に寄ってください!」


 すぐに声を張り上げ、みんなに警告を発します!

 意味を悟った探索者たちが転がるように壁に寄りました。

 次の瞬間、


「ぬいぐるみめ、してやる!」


 アッシュロードさんが、四匹の獣憑きに向かって左手をかざして一言真言トゥルーワードを呟きました。

 魔法の指輪が秘めたる力を解放し、途端に舌の上にまるで金属を含んだようなが広がります。

 これで四匹の獣憑きたちは、あの “犬面の獣人” や “小鬼オーク” と同じ運命をたどったはずです。


 しかし……。


「「「「GuRuRuRuッッッッッ!!!!」」」」


 四匹は何事もなかったように、アッシュロードさんに凶悪な双眸を向けて、唸り声を上げています。


「無効化しただと!?」


 そんな! “滅消” の呪文は耐呪レジストできないはずなのに!

 なんで――。

 その時、わたしはハッとして口の中で呟きます。


「……満月」


 そうです。

 今夜は獣憑きたちがその能力を最大限に高め、発揮できる夜なのです。


「こいつは、どうにもつまらないことになってきたぜ……!」


 アッシュロードさんがハンナさんを背中にかばいながら、にじり寄ってくる四匹の獣憑きに向かって吐き捨てました。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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