ある迷宮童貞、あるいは処女たちの初体験とその顛末(後)

 最初に生き返ったのは、リーダーの大門くんでした。


 “大門だいもん 勇大 ゆうだい” くん。

 こちらの世界での名前は、“ダイモン・ビッグブレイブ”


 わたしたちは全員、自分の本名をもじって、ここでのフルネームにしたのです。


 大門くんは元の世界では高校に入学してから同じクラスになった、ラグビー部に所属する身体の大きな男の子です。

 明朗で、活発で、あけすけで。

 よく食べて、よく笑って、そしてまた食べて。

 お弁当はいつもふたつ持ってきていて、それでも足りなくて。

 たまにわたしがお弁当のおかずを分けてあげると、とても喜んでくれて。

 気は優しくて力持ち。

 大らかが服を着て歩いているような、そんな男の子です。


 大門くんは目覚めた当初、自分の置かれている状況が理解できず、次に死ぬ直前の記憶が甦って 恐慌アフレイド状態に陥りました。

 わたしは怯える彼をなだめ、何度も何度も語りかけ、パーティが全滅したこと。メンバーは全員回収して今は蘇生を待っていることなどを説明しました。

 やがて状況を飲み込めた大門くんは落ち着きを取り戻して、わたしが無事に蘇生できたことを自分が生き返れたことよりも喜んでくれました。


 次に生き返ったのは来栖くんでした。


 “来栖くるす 冬馬とうま” くん。

 この世界での名前は、“クリス・ウィンターホース”


 来栖くんも高校に入学してから知り合った男の子です。

 同じクラスの同じ班。あだ名はクリス。

 大門くんほどではありませんが背が高く、いわゆるイケメン顔なので女子からは隠れた人気がありました。

 いわゆるガールズトークのネタになっていた人です。

 勉強もできて運動も苦手ではないので、それも理解できました。

 もっとも当の本人はそんな風に思われるのが嫌なようで、いつも口元に他人を拒絶するような冷笑を浮かべてクラスメートとは距離をとっていました。


 来栖くんは気がついた直後、ほんの少しだけ怯えた表情を見せましたが、大門くんとわたしの姿を見てすぐに普段の顔に戻りました。

 わたしの説明にも冷静にうなずいてくれて、最後に “守れなくてごめん” と謝ってくれました。


 魔術師の瀬田くんの蘇生にも成功しました。


 “瀬田せだ 真一郎しんいちろう” くん。

 ここでの名前は、“セダ・トゥルース”


 この妙に格好いい名前をつけたのは同じ魔術師になった江戸川くんで、ファミリーネームに悩んでいたところを、


“じゃ、おまえ今日からトゥルースな”


 と勝手に決められてしまったのでした。


 大門くんの次に大柄ですが、穏やかで物静かな性格の男の子です。

 小さな弟さんと妹さんがいて面倒をみているらしく、そのためか家庭的な一面があって学校のお弁当なども自分で作ってきていました。


 瀬田くんは意識を取り戻したあと、わたしの説明を聞いてさめざめと涙を流しました。

 そして泣き止んだ彼の顔には何かしらの決意の色が浮かんでいました。


 もうひとりの魔術師の江戸川くんは……一度、蘇生に失敗して “灰” になりました。

 元々身体が小さく、潜在能力ボーナスポイントを振ったあとも耐久力バイタリティが低かったのです。

 復活の儀式が失敗したときはみんなを凍りつかせましたが、それでも司祭様による男神 “カドルトス” への二度目の嘆願は聞き届けられて、なんとか甦ることができました。


 “江戸川えどがわ 蓮巳はすみ” くん。

 こちらでの名前は、“エドガー・アラン”

 もちろんアメリカの文豪 “エドガー・アラン・ポー” から。


 江戸川くんは、わたしたち六人の中では一番小柄な男の子です。

 本人もそのことを気にしていて、元の世界にいたとき彼の背の低さをからかったクラスメートと教室で取っ組み合いの大喧嘩を演じました。

 自分よりもずっと大きな相手に何度も殴り倒されながら、それでも立ち向かっていって、先生や大門くんが割って入るまで屈しなかった、負けん気の塊みたいな人です。

 それからというもの身長のことで彼をからかう人はクラスからいなくなりました。


 そんな江戸川くんは生き返ったあと、何度も何度も “畜生、畜生” と拳で石の寝台を叩き、悔し涙を零しました。


 そしてリンダ……。

 

 “林田はやしだ すず

 この “アカシニア” での名前は “リンダ・リン”

 元の世界でのニックネーム “リンダ・リンダ” からそのまま。

 彼女がニックネームの由来である往年のロックバンドの名曲を歌うと、それだけで周りの人のテンションは最高潮になるのが常でした。


 リンダは他の四人とは違って高校に入学する前からの付き合いでした。

 小学校の一、二年生と五、六年生。

 そして中学校の三年間同じクラスで、高校でもまた同じクラス。

 ここまでくると、小学校の三、四年のときに同じクラスになれなかったのが悔やまれます。


 中学の頃からバスケットボール部に所属しているスポーツ系の美少女で、活発でフランクな性格は男女を問わず人気があって、わたしもその明るい性格には何度も助けられました。

 大切な友だち。

 親友。

 もうひとりの幼馴染み。


 そのリンダが、憎悪に滾る瞳でわたしを睨んでいます。



「どうして……どうして生き返らせたのよっ!」


 憎しみと怒り。

 癒されがたい苦痛と悲しみ。

 光はなく救済もない、深く冥い底知れぬ絶望。

 

 リンダの気持ちはわかるつもりです……。

 なぜなら、わたしも同じだったから……。


 わたしも怖かった。

 生き返ってからずっと、周りにいるすべての男の人が怖かった。

 男の人から向けられるすべての視線が怖かった。

 寺院で見送ってくれた侍祭が怖かった。

 酒場で飲んだくれている探索者が怖かった。

 迷宮の入り口を見張っている衛兵が怖かった。

 “ならず者” が怖かった。

 アッシュロードさんが……怖かった。


 いつ、“そういう目” に遭うのではないかと常に怖れていた。

 そしてそれは “女” として自然な……当然の感情だとも思っていた。


 わたしが僧侶でなければ、前衛でなければ、鎖帷子と盾を買っていなければ……。

 リンダとは立場が逆になっていたかもしれないのです。


「……約束したから……」


 わたしはどうにかそれだけを喉の奥から絞り出しました。


「……死んだときは必ず生き返らせるって約束したから……」


「あんたって、いっつもそれ」


 リンダが歪んだ顔のまま鼻で笑い飛ばしました。


「他人の思い遣ってるようで、実は自分のことしか考えてない。違うでしょ。違うわよね。そうじゃなくて、ただだけでしょ」


「――」


「ほら、顔に『図星です』って書いてある。助けてしまえば、生き返らせてしまえば、あとはわたしがどう思おうが、どう苦しもうがおかまいなし。あんたが大切なのは自分の中にある独りよがりな価値観だけ」


「……」


「いい機会だからハッキリ言ってあげる! あたし、あんたのこと友だちだなんて思ったことないから! 良い子ちゃんぶってるあんたが鬱陶しくて、目障りで、消えてほしくてしかたなかった! あんたのこと憎くて憎くてしかたなかった! あんたのこと大嫌いだった!」


 そして血涙の滲むような眼差しで、呪詛を叩きつけるような表情で、リンダが言い放ちました。


「消えて――消えてなくなれ! あたしの前から消えてなくなれ! あんたなんか、あんたなんか、この世界から消えてなくなれ!」


 八つ当たりだとはわかっています。

 異常な状況が生んだ、異常な精神状態による激発。激情だと。


 でもだからこそ、その言葉は嘘ではないのです。

 その言葉に嘘はないのです。

 その言葉は……真実なのです。


「……」


 わたしは黙って、冷たい石の寝台の上でわたしを睨み付けるリンダに背を向けました。


 大門くん、来栖くん、瀬田くん、江戸川くん。

 四人の元クラスメートが悲痛な表情を浮かべています。

 声を掛けたいのに、何か言いたいのに、言わなくちゃいけないのに、言葉が見つからない。

 そんな顔をしています。


 でも、それでいいのだと思います。

 リンダが吐露した真実の前には、どんな言葉も白々しいだけだと思うから……。


 わたしは振り返ることなく、冷たく硬く重い空気の垂れ込めた霊安室を出ました。


 霊安室の外には、静謐に満ちた大伽藍の回廊が長くどこまでも続いています。


 カツ…………カツ…………カツ…………カツ…………。


 借り物のブーツが磨き上げられた床に響きます。


 カツ……カツ……カツ……カツ……。


 カツ…カツ…カツ…カツ…。


 カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンッ!


 どうしろって――どうしろって言うのよ!


 わたしにどうしろって言うのよ!


 自分だって助けるくせに!

 立場が逆だったら自分だって助けるくせに!

 わたしを生き返らせるくせに!


 友だちを助けたいと思うのがエゴなの!?

 友だちに生き返ってほしいと思うのがわがままなの!?

 友だちとまた一緒にいたいと思うのが独りよがりな価値観なの!?


「いったいわたしにどうしろって言うのよぉ!」


 わたしは、走って、走って、回廊の終端まで走って、叫びました。


 悔しい!

 悔しい!

 悔しい!

 悔しい!


「……灰の中から命を拾うんだ。そういうこともある」


 肩を震わせて悔し涙を流すわたしの中に、その声は静かに染み入りました。


 回廊の柱の陰から現れた、背のひょろりと高い猫背の男性。

 ボサボサの長髪にピンピンと伸びた無精ヒゲ。

 まだらに汚れた濃色の短衣と外套。

 腰に帯びた数打ち物の短剣。

 覇気のない三白眼。


「……アッシュロードさん……どうして……」


「保険屋と寺院は “ドワーフと髭” みたいなもんだからな」


 相変わらず言葉を惜しむような、かったるげな物言い。


「なんですか、それ? この世界の慣用句?」


 弱々しく苦笑するわたしに、そんなところだ……と言葉を濁す悪の保険屋さん。


「……」


「どうした?」


「わたし……あのパーティを抜けることになると思います」


「……そうか」


「すみません……せっかく助けていただいたのに」


 わたしはうつむき、自分を抱き締めました。


「結局、アッシュロードさんが正しかったみたいです……救わないことが救うことになる……こんな単純なことになぜ気づかなかったのでしょう」


 アッシュロードさんはそんなわたしを見てため息を吐きました。

 そしてボリボリと頭を掻く気配がして……。


「あんたのしたことは “悪” の俺からしたら弁解の余地のないバカで間抜けで愚かでどうしようもなくお人好しでバカな行為だが……」


 散々な言われようです。


「それでも仲間五人の命を救ったのは探索者として誇っていいことだと……俺は思う」


 ハッ……と顔を上げました。

 特徴ある三白眼が見つめています。

 

「“生きている限り仲間は見捨てない” ――探索者がよく口にする綺麗事建前だが、それを貫ける奴はなかなかいない。迷宮に潜ってる人間のほとんどが自分第一のせいぜいが “迷宮無頼漢” で、“善” の連中だって自分が借金奴隷に落ちる覚悟をしてまで死んだ仲間の回収はしない。なぜならそこまでは求められていないからだ。だから――」


「だか……ら?」


「――俺みたいな保険屋がいる」


 猫背気味の背中がわたしに向きます。


「あんたは自分を省みず仲間を救った。“救われた命拾った命” をどうするかまではあんたが背負い込むことじゃない」


 遠ざかっていくアッシュロードさんの後ろ姿。

 ガラにもないことを言った自分に腹を立てているような、不機嫌そうな足取り。

 わたしはアッシュロードさんが猫背なだけでなく、少しガニ股気味であることに気づきました。


 ……。


 そうです。

 アッシュロードさんの言うとおりです。

 わたしは何を思い上がっていたのでしょう。

 “拾った命” の価値を決めるのは助けたわたしではありません。

 “拾った命” を歪めてしまうのも、より強くするのも、すべてはその持ち主次第。

命の持ち主が決めることなのです。


 耳朶に残るアッシュロードさんの言葉は、火照った肌に触れた冷たい水のように、散り散りに乱れていたわたしの心を鎮めてくれました。


 すでに小さくなったアッシュロードさんの背中。

 颯爽さも、溌剌さも、活発さもない。

 どこから見ても、くたびれたおじさんのそれです。


 グレイ・アッシュロードさん。

 熟練者の悪の君主レイバーロード

 そして、灰の中から “迷宮無頼漢” たちの命を拾い続ける “迷宮保険屋” さん。


「……わたし、やってみます」


 アッシュロードさんの消えた回廊の先に向かって呟きます。


 どこまでできるかわからないけど、迷宮探求者として精一杯生きてみます。

 泣いて、わめいて、噛みついて、引っ掻いて、もがいて、あがいて。

 泥臭く生き抜いてみようと思います。

 

 だって―― “拾った命救われた命” の価値を決めるのは、わたし自身なのだから。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグ⑪

完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

https://youtu.be/dnFqVrJfxmo

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