初心者狩り狩り初心者★
その戦いは、吐き気を催す血臭の中で始まりました。
アッシュロードさんが扉を蹴破って突入すると、そこは予想通り “
先ほど “
でもこの玄室には、多少なりとも生者の生活の痕跡が見て取れました。
壁際に設置された、煤ぼけた崩れかけの
その上に置かれたドロドロに汚れた深鍋。
玄室中央を占める、
転がるヒビの入った無数の
卓に直置きされた燃え尽きる寸前の蜜蝋。
シャッターのないひしゃげた
散乱した
汚物の溜まった壷や小型の樽。
そして……それもこの玄室の住人たちにとっては生活の一部なのでしょう。
玄室の隅にうずたかく重ねられた裸に剥かれた死体の山。
床には人骨らしき物が散乱していて、それは竈の上の汚れた深鍋からも顔を出していました。
玄室全体に充満する濃密な人血と……人肉の臭い。
“
“
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669295002002
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669295303632
突然侵入してきたわたしたちを見て、十一人の “ならず者” たちがゆるゆると顔を上げました。
酩酊している?
お酒?
それとも麻薬?
その表情は虚ろで、口からは涎を垂らし、なにより瞳には狂気が宿っていました。
食人を重ねたことで……狂気に憑かれた?
そんな想像が頭をよぎったときには、アッシュロードさんが抜く手も見せない早業で
短刀は狙い違わず突き刺さり、喉を押さえた “追い剥ぎ” の一人がもんどりを打って倒れます。
“
一人目が倒れるよりも早くアッシュロードさんは左右の手で二本の剣を抜き放っていました。
一声も発することなく男たちの真っ直中に斬り込み、右手の
さらにアッシュロードさんは短剣を突き刺した追いはぎを蹴倒して刃を抜くと、斬り掛かってきた “無頼漢” の蛮刀を剣で受け止めて、引き抜いたばかりの短剣をその右目に突き入れ、ねじりました。
さらなる “無頼漢” が間髪入れず飛びかかってきましたが、これも剣の柄頭を顔面にめり込ませて一蹴します。
これで五人。
残り六人。
これが……
これが……あの人の本当の姿。
覇気のない三白眼も、フケだらけのボサボサの頭も、頼りなくみえた猫背の背中も……この人の本当の姿ではなかったのです。
そして目の前で繰り広げられる死闘。
憎悪に満ちた怒号も、悪意の籠もった罵詈もなく、呼気を漏らす余力も惜しみ恐れるような、ただただ無言で演じられる泥臭い殺し合い。
洗練などという言葉を鼻で笑うが如くのその戦いに……わたしは加護を願うことすら忘れて立ち尽くしていました。
残る敵は “追い剥ぎ” が四人。
その手下と思われる “無頼漢” が二人。
“ならず者” たちはさすがに場数を踏んでいるらしく、手練れのアッシュロードさんに不用意に斬り掛かるのは危険と悟ったようです。
思い思いの凶器を手にしながら、ジリジリと遠巻きにアッシュロードさんを取り囲んでいきます。
それに合わせて、アッシュロードさんも背後を取られないように少しずつ移動して……。
「あ、ダメ!」
わたしは思わず叫びました!
いつのまにか死体の山を背に追い詰められてしまったアッシュロードさん!
囲まれないように間合をとっていたのかもしれませんが、回り込んでいるうちに逆に追い込まれてしまったようです!
「アッシュロードさん!」
“ならず者” たちが一斉に飛び掛からんとした、まさにその時です!
「目を閉じて耳を塞げ! 口を半開きにしろ!」
アッシュロードさんがこの玄室に入ってから初めて声をあげました!
「――えっ?」
「厳父たる男神 “カドルトス” の怒りもて――」
え!? え!? え!?
目を開けて、口を閉じて――耳をなに?
もちろん今のわたしに、そんな器用な真似が咄嗟に出来るわけがありません。
出来たのは借りた盾を身体の前にかざして、その後ろに隠れることぐらいで――。
「――
直後、アッシュロードさんを取り囲む悪漢たちの足元から、紅蓮の炎が噴き上がりました!
犠牲者から流れ出た大量の血で飽和状態だった玄室の湿度が、熱波によって一瞬で乾燥!
盾で防いでもなお、わたしの鼻腔や喉、肺に微弱なダメージを与えます!
聖職者系第五位階!
“
魔術師系第三位階の攻撃呪文 “
玄室の床から噴き上がった太い火柱は天井にまで達し、それはさながら炎の“
息を飲む光景が展開される中、不意に加護の効果が切れました。
炎の柱が消え去り、天井から真っ黒な “何か” がドサドサと落ちてきます。
“焔柱” によって噴き上げられていた “ならず者” たちです。
全員が真っ黒に炭化していて、ピクリとも動きません。
人の焼ける……最悪の臭い。
これで……これで十一人。
わたしは手で口を押さえて、必死に吐き気をこらえながら数えました。
これでこの玄室にいた “初心者狩り” は、すべて倒れました。
結局わたしは何一つすることなく、戦いは終わってしまったのです。
「ごめんなさい……わたし……何も役に立てなくて……」
血振りをするアッシュロードさんに、わたしは謝りました。
「足手まといにならなかっただけで上出来だ」
返ってきたのは、平素と変わらないぶっきらぼうな物言い。
激しい戦いが終わった直後だというのに、息の乱れも感情の波立ちもありません。
「……でも……」
わたしは目を見開きました。
目を見開いて、まるで “
盾を――。
両手で握った盾を――。
アッシュロードさんの背後で音もなく立ち上がり、黒く煤けた蛮刀を振りかざしたそれに向かって――。
叩きつけました!
炭化していた皮膚や肉片が粉塵となって飛び、かつては頭だったと思える部位がハンマーで叩かれた焼き菓子のように砕け散りました。
「……いい
アッシュロードさんが三白眼をほんの僅かに拡げて、肩で息をするわたしを見ました。
最後の最後に少しだけ手伝いらしいことをして、わたしの初めての “初心者狩り狩り” は終わったのです。
◆◇◆
わたしは “ならず者” たちの掃討を終えた玄室にいました。
目の前には、人の背丈を超えるほどに積み上げられた
“焔柱” の業火にもかかわらず炎による損傷が一切ないのは、アッシュロードさんが背にしていてくれたからでしょう。
すべてあの人の計算のうちだったのです。
わたしは死体の山から、目指す人物を捜しました。
感覚も……そして感情も麻痺してしまっていて……。
もう吐き気は催しませんでした。
「いたか?」
動きの止まったわたしの背中に、アッシュロードさんの声が届きました。
……コクッ、
視線の先には、白く濁った瞳を見開いたリンダ―― “
衣服はいっさい身につけておらず、身体中が醜いミミズ腫れや噛み痕におおわれていて……。
四肢は力なく、壊れた人形のようにだらりと垂れていて……。
何よりも汚れた下腹部から太腿を伝って大量の……。
大量の……。
「あとは俺がやる」
「……お願いします……」
本来であれば、それは友人であり、なにより同じ女であるわたしがやるべきことでした……。
でも頭が働かなくて……。
気が回らなくて……。
身体が動かなくて……。
わたしは玄室の中央、傾いだ卓の前に置かれた椅子代わりの長櫃に、のろのろと腰を下ろしました……。
スイッチが……焼き切れてしまった感じです……。
噎せ返るような血臭も……。
足の裏に感じた内臓の感触も……。
凄惨な友だちの死も……。
初めて人を殺したことも……。
すべて遠い世界の出来事のようで……。
何を見ても……。
何をされても……。
何も感じない……。
もういっそのこと、このまま焼き切れたままでいいです……。
「………………あ」
すべてが遠くなった世界で、それだけがわたしの意識に映りました。
卓上に散乱するガラクタの中で、それだけがわたしの意識を捉えたのです。
乱雑に散らばったガラクタに紛れた、薄いガラスの板。
わたしの……スマホ。
“初心者狩り” に奪われてなくしてしまったと思っていたそれが、まるでそれ自体が意思を持っているかのように突然 目の前に現れたのです。
“ならず者” たちには使い方がわからなかったのでしょう。
写りの悪い手鏡か何かだと思ったのかも知れません。
乱暴に扱われたせいか画面は割れていて、今は “割れたスマホ” です。
身体が勝手に手を伸ばして、それをとりました。
充電できないのでもうずっと電源を切ってあります。
本当に、本当に辛いときだけ、みんなに隠れてコッソリ見ていた……。
スマホは壊れてはいませんでした。
スマホは生きていました。
ちゃんと起動し、割れた画面の奥に見慣れた待ち受け画面が現れました。
指が勝手に動いて……アルバムのアプリを……。
彼が……彼が笑っています。
スマホの中で、彼が変わらない姿で……変わらない笑顔を見せています。
「う、うわああぁぁぁぁぁっ!!!」
遠くにいってしまっていた感情が、奔流となって甦りました。
スマホを抱き締めて、子供のように泣きじゃくり、獣のように慟哭します。
隼人くんっ! 隼人くんっ! 隼人くんっ!
助けて、隼人くんっ! 助けてっ!
何度も何度も、彼の名前を呼びます。
何度も何度も、彼に助けを求めます。
でも……スマホの中で笑う幼馴染みが答えてくれることはなく、聞こえるのはアッシュロードさんが親友を麻袋に詰める音だけでした。
--------------------------------------------------------------------
迷宮保険、初のスピンオフ
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』
連載開始
エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。
本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m
https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757
--------------------------------------------------------------------
迷宮無頼漢たちの生命保険
プロローグ⑩
完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
https://youtu.be/IUftPxFzbIo
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます