爺、転送される・下
黒子の研究所へは良子の全自動車に乗って向かう。菊二郎達の服も用意して貰えたので、不審者として捕まる心配はなくなった。
「時にぬしよ、お主は何故こんな所におったんじゃ? 黒子の研究所は遥か遠くであろうに」
「そ、それをワシ等に聞かれても分からんのじゃ。機械が動いて、気付いたらあそこにおったという事実しかわからん……」
うーんと唸りしかめ面をする良子。彼女には何かわかるのだろうか。
「三人が融合して、とてつもない力を秘めているのは分かった。他には何かないのかえ? 力だけではあのあたしが開発した警邏ロボットは倒せぬゆえ」
『そういやよ、あのロボットとぶつかった時に、バチバチって放電してなかったっけか?』
『……してた』
その事を良子に伝えると、またしばらく唸っていたが、不意に顔を上げて一つの推論を語り出す。
「推測だが、おぬし等は融合した時に電気を身に纏う様になったのかも知れぬな。肉体をプラズマ化して融合、合体。その際に何らかの手違いで電源ケーブルの中に取り込まれて、プラズマのまま山の中に転移する。そしてあの山にある高圧送電用鉄塔の下で最終的に合成された。ちょっとこれに触れてみろ」
良子は鞄から手の平大の金属板を出した。黙って従うと途端にピーという電子音が車内に鳴り響く。
「むう。やはり、おぬしからは電気が発生しておる。それもかなり強力な物じゃ。見よ、機械が振り切れてしまっておる」
金属板は計測器だった様で、その針は見事にぐるぐる回ってた。
「は、はぁ。ワシ等は電気人間になってしまったという事かのう……」
「平たく言うとそういう事じゃな。まあいいではないか。自然界でも電気ウナギや電気ナマズもおる。電気人間がいてもおかしくもなんともない。むしろ興味深いのう」
良子は厭らしい笑みを浮かべ菊二郎たちを見てくる。科学者という者はこういう性格の者しかいないのか。菊二郎たちは背筋に冷たい汗を垂らしながら黙って車に乗り続けるのであった。
走り続ける事5時間。
遂に黒子の研究所に辿り着く。そこは菊二郎たちが無理矢理合体させられた因縁の場所でもあり、元に戻れるかも知れない希望の場所でもあった。
門にいる守衛を無視して良子の車は進んでいく。
「い、いいのかい? 守衛さんたちを無視して」
「良いのじゃ。あたしは科学者だからな!」
理由にならない理由を述べて、車は突き進む。そして、進んだ先には因縁の実験棟が姿を現した。
実験棟の前に佇む二つの影。一人はごつい体躯をしたいかにもな男、そしてもう一人は見間違うはずもない。狂気の科学者、割井黒子だ。
「あっ、あぁ……」
黒子の姿を見た途端に、菊二郎は震えあがる。それも仕方のない事だ。一度植え付けられた恐怖はそうそう消えるものではない。
「なんであんたがここにいるのよ。そこの男何? あんたの用心棒か何かかしら?」
車を降りたばかりの良子達に黒子が全く好意的でない視線と言葉を投げかける。
「久しいのう、黒子。あたしはぬしの実験とやらがどんなものか見に来ただけじゃ。科学者なら当然じゃろ? 騒ぐ程の事ではあるまいよ」
「ふーん、まぁいいわ。で、そこの男は何? あんたそんな趣味してたんだ」
「ふむ、わからぬか。こやつは、こやつらはぬしの実験結果じゃ。おぬしに話があるみたいでの、親切にもあたしがここまで連れてきてあげたわけじゃ。のう、一二三よ。話してみい」
そう言って菊二郎たちを無理矢理前に立たせる良子。相手はただの女性だが、その姿には形容しがたい威圧感が漂っている。
菊二郎は肛門に力を込めて話し始めた。
「あ、あの! ワシ等は先の実験で合体したものじゃ。も、元に戻る方法はないんだろうか」
菊二郎の言葉に黒子は目を見開き驚いている。そして暫く固まったかと思いきや、突如その顔を笑いの形に歪め、言葉で菊二郎たちを責め立てる。
「はーん、へぇー。あんた達、こんな風になったんだ。いいじゃない、あんな老いぼれの身体よりよっぽどマシでしょ? ねえ、なんかできないの? やってみてよ、なんか凄いこと」
近くに寄ってきて、上から下まで舐める様に見回す。そんなに見るなら舐めてくれ、とは又三郎の意見。
「わ、ワシにはそんな大それたことは出来んのじゃ……」
「そうなの? せっかく合体したのに何にも出来ないの? 使えないわね。だったらこっちの強化人間の方がよっぽど使えるじゃない」
そういうと、先ほど隣に立っていたごっつい男を連れてくる。
「こいつはね、あんたみたいなヨボヨボの爺だったんだけど、私が開発した『ムキムキ筋肉ん』を注射したら一発でこの体になったわよ! 握力150kg、背筋400kg、垂直跳びは2mよ! あんたみたいな結果にしかならないなら、こっちの方がよっぽど良いわね」
そう言ってそのごつい筋肉ゴリラの首筋から胸板にかけてさわさわしている黒子。又三郎の嫉妬の感情がありありと伝わってきた!
『おう、菊。俺に主導権よこせ』
今迄黙っていた寿一郎が突然話しかけてきた。寿一郎から伝わるこの感情は、怒りだ。
怒った寿一郎は怖い……というか面倒くさい。菊二郎は黙って体の主導権を寿一郎に渡す。渡すというよりは何もしないだけだったが。
『菊、俺の言葉をあいつに伝えろ』
「わ、わかったよ」
『「やい、てめぇ! 好き勝手言ってんじゃねえ! 俺達もそいつも、そんな姿なんてなりたくなかったはずだ! これ以上侮辱するなら、ただじゃおかねえぞ!」』
突然の強気な言葉に再び目を見開く黒子。だが何を思ったのかニヤニヤすると、ごつい男との勝負を持ち掛けてくる。
「いいわ、わかった。貴方とこいつと戦って、貴方達が勝ったら元の姿に戻してあげるわ。まあ貴方達が勝てるとは思わないけど。どう? 受ける? 私はどっちでもいいのよ~」
菊二郎たちを見てあからさまな挑発をしてくる黒子。この言葉に寿一郎の堪忍袋の緒が切れる。
『「おう、ズベ公! 上等だ!! そいつをぶっ飛ばしててめえはひん剥いて落ち武者スタイルにして土下座させてやっからな!!」』
言いながら上着を脱ぐ寿一郎。その見事な肉体美に黒子も良子も生唾をゴクリと言わせながら飲み込んだ!
そしてぶつかる寿一郎と筋肉ゴリラ。
──勝負は一瞬だった。
正面からぶつかった両者は手四つでつかみ合う。次の瞬間には寿一郎の手が筋肉ゴリラの手を握り潰し、その痛みでゴリラは膝を折る。
そして、落ちてきた顔に右膝を合わせ、ゴリラは綺麗に宙を舞ったのだった。
「……えっ。う、うそ……」
目の前で起こった信じられない出来事に黒子は言葉を失う。
慌てて筋肉ゴリラに駆け寄り、その身体に触れると「アババババ」と感電して、黒子もそこで気を失ってしまったのだった。
◆◆◆◆
「う、うーん……」
「よう、目が覚めたかのう」
建屋の前で伸びていた黒子とゴリラを担ぎ、菊二郎たちは研究所の中へ入っていた。
「……ここは、私の研究室? 一体……、はっ!?」
意識が戻り先程までの記憶も蘇ったのであろう。黒子は菊二郎たちから慌てて後ずさり距離を取る。だが、起きたばかりの黒子はバランスを崩し床に倒れそうになった。
そこに差し出される温かく大きな手。菊二郎の手は黒子の背中に添えられ、その距離をぐっと縮めたのだった!
「危ないぞえ、お嬢さん」
至近距離で見つめ合う菊二郎と黒子。そしてそのまま近づく二人の唇──
「どっ、せいっ! 何をしておるんじゃ、貴様は! そんなふしだらな事をしにきたのならあたしはもう知らんぞ!?」
今にも触れあいそうな二人を、幼女の良子が引きはがす。二人はまるで何事もなかったかの様に素知らぬ顔でそっぽを向いている。
「ちょ、ちょっと近くで見たら思ったよりイケメンだっただけよ! わ、私はそんな誘惑に負けないわ!」
「そ、そうじゃ! ワシも久々に若い
白々しい言い訳に益々顔をしかめる良子。ただ、そんな事よりも今は重大な事があった。
「そ、そうじゃ! 先程の筋肉ゴリラとの勝負はワシ等が勝ったのじゃ! 約束を守って欲しいのじゃ!」
「……約束? あ、うーん、そうか。確かに約束してたわね。気が進まないけど、いいわ。ちょっと待ってなさい」
そう言うと黒子は部屋を出て、そしてすぐに戻ってきた。手には何かを持っている。
「そ、それがワシ等を元に戻せる道具か?」
黒子は、え? 何の事? みたいな顔をして一二三を見つめる。だがその言葉すらを無視しておもむろに服を脱ぎ始めた。
黒子の予想以上のスタイルに目を覆う爺と幼女とゴリラ。だがその指の隙間からはしっかりと黒子の肢体を捕らえていた!
黒子は手に持つ機械を頭に当てる。そしてスイッチオーン!
──バリバリバリバリ
なんという事でしょう。
黒子のつやつやだった髪の毛は、頭の中心を前から後ろに一直線に刈上げられ、見事な落ち武者スタイルに!
そしてそのままその場で高く飛び跳ね、着地と同時に見事に足を折る!
これまた満点のジャンピング土下座をかまし、矢継ぎ早に口を開く。
「すいませんでしたーーー! 一回融合した人間は元に戻りませーん! ごめんなさーい!」
…………えっ?
黒子の言葉に菊二郎は固まる。菊二郎だけじゃない。同じ体を共有している寿一郎も又三郎も固まる。
「だって当然でしょ? 分子レベルで結合してるんだよ? そんなのをもう一回分離させるなんて、それこそ神様の所業よ。私には到底できないわ」
なんだかさも当然の様に言い張る黒子に、一二三は怒りを通り越して呆れ、そして燃え尽きた。
「どうせそんなこったろうと思ったのじゃ。おぬしは頭は良いが馬鹿じゃからな。出来ないなら、出来る様にするまでよ。それが科学者じゃないのか、黒子よ」
良子がふんぞり返る黒子を諭すように話しかける。その言葉は黒子の何かをくすぐったらしい。
「そ、そうだけど……。私一人じゃそんなの無理よ……」
「誰が一人と言った。おぬしも天才じゃが、天才はここにもおるじゃろう。天才と天才がかけ合わされば、天才の十乗くらいにはなろう。出来ないものなぞ、もうないのだよ」
「よ、良子……!」
良子の言葉に瞳をうるうるさせてすり寄る黒子。
二人は互いに見つめ合い、しっかりと抱擁をした!
「これからは二人で力を合わせて、どんな困難にも立ち向かおう!」
「うんっ!」
こうして二人の科学者は手に手を取り合って研究室を出て行ったのである。
そこに爺のなれの果てと筋肉ゴリラを残して。
後日談として。
爺の融合体と筋肉ゴリラは、元の姿に戻ろうと必死に科学者達の実験に協力した。その過程で、隠された財宝や地下に蔓延る裏組織、政治の腐敗などを一掃した事をここに付け足そう。
爺☆転送 〜一つの身体に三つの魂! 美人ドS科学者に改造された爺は失われた老後を取り戻す為に全力で無双する〜 しゃみせん @shamisen90
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