ヤギさん友人

ヤギサンダヨ

バースンへ

 じーくんはヤギさんなので、世界中にたくさんのヤギさん郵便(ゆうびん)の友達がいる。1年前、そのヤギさん郵便の配達員(はいたついん)たちに、いらなくなったキノコの切手を取っといてくれと頼(たの)んだんだ。ヤギさん郵便の配達員たちは、キノコの絵のついた切手が貼(は)られた、配達済みのいらなくなった封筒(ふうとう)をその家の人から貰(もら)って、それを水につけて切手だけを上手に剥(は)がして、乾(かわ)かして、きれいに伸(の)ばして、みんなでたくさん集めてじーくんに送ってくれた。だから去年の暮(く)れ頃(ごろ)には、世界中のキノコ絵の切手がじーくんの手元に350枚ぐらい溜まったんだ。

 なぜじーくんがキノコの切手を集めようと思ったかと言うと、これらのキノコの切手を、キノコが大好きなバースンにプレゼントしようと思ったからなんだ。じーくんは集まったたくさんの切手を、それぞれの国ごとに分けて、色の違(ちが)う切手アルバムを買ってきて分類した。日本の切手は白いアルバムに、アメリカの切手は青いアルバムに、中国の切手は赤いアルバムに、その他の切手は黒いアルバムに、という風に。そのアルバムも Amazon で売っているようなビニール製の安物ではなく、切手を入れるところが油紙(あぶらがみ)でできている高級なものにしたかった。でも、これは今なかなか売っていなくて、楽天 にもメルカリにもなかった。結局、フランスの小さな工房がそのような昔風(むかしふう)の紙製のアルバムを作っていると聞き、少し高かったけど取り寄せたんだ。バースンの誕生日は10月だったからまだまだ先。じーくんは毎日少しずつ少しずつ分類作業をして、春には立派なコレクションが完成した。

 ところがその頃、街(まち)で伝染病が流行(はや)り始めた。外出すると感染するため家の外に出てはいけないと言う。じーくんもしばらく家で過(す)ごさなければならなかった。日が経(た)つにつれて、冷蔵庫の中のものがだんだん減ってきて、しまいには地下の貯蔵庫の食べ物も底をついてしまった。しばらくは水だけ飲んで過ごしたが、とてもお腹(なか)が空(す)いてどんどん痩(や)せてきてしまった。じーくんは数年前に入院するほどの病気をしてようやく最近体調が戻り、体重も増えてきたというのに、これではまた体を壊(こわ)してしまう。

 どうしたものかと思ってふと見ると、例のアルバムが目にとまった。初めに白いアルバムをめくってみた。最初のページには椎茸(しいたけ)の切手がたくさん貼(は)ってあった。美味(おい)しそうな椎茸。こんなにたくさんあるんだから少しぐらい食べてもいいかな。先にも書いたがじーくんは元々ヤギさんである。切手のような上質な紙はじーくんの大好物だった。じーくんは椎茸の切手をアルバムから一枚外(はず)すと、そっと舌の上にのせてみた。ほんのりと甘く、かすかにシイタケの香りがした。そしてゆっくりとろけた。

 次の日、じーくんはやはり食べ物がなくてお腹がすいてたまらなくなった。そこで今度は、赤いアルバムを開いてみた。最初のページにあったのは大きな松茸(まつたけ)の絵の切手だった。これも同じものがたくさんあったので、そのうちの一枚をそっと口に含(ふく)んでみた。松茸の切手は舌の上でとろけながら、何とも言えない良い香りを放(はな)った。次の日も1枚また次の日も1枚。 

 お腹が空いている日には2枚3枚と食べてしまうこともあった。そして気が付くと切手はもう50枚ほどしか残っていない。せっかくバースンの誕生(たんじょう)日(び)にと思って集めた切手がこれではなくなってしまう。そこでじーくんは次の日は切手を食べないで、アルバムの台紙を1ページずつ剥(は)がして食べることにした。フランス製の高級台紙はとても美味(びみ)で1ページだけでもお腹がいっぱいになった。

 数日後、いよいよアルバムも最後の1ページになった日、ようやく伝染病がおさまって、外出できることになった。じーくんはまずヤオコーへ行った。ヤオコーで食べ物をたくさん買ってきたから、もう切手やアルバムを食べなくてよくなった。

 つまり、今日ここにあるのはその残りの50枚なんだ。ほとんどが毒キノコの絵柄(えがら)なのは、そういうワケ。

 だからこれだけしかないけど、バースン、お誕生日おめでとう。

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