ゴッドチャイルド 第一部アネモネの花
菜埜華
序章 終わりと始まり
『——本日五月十一日は、ノア建国記念日の日です』
まだ昼間だというのに、辺りは薄暗い。
不規則にちかちかと照らす電灯の明かりも、どこか弱々しい。
その明かりの先に、廃棄物収集処理場が見える。そこから微かに聞こえる不協和音入り混じる音声が、余計に退廃した雰囲気を醸し出していた。金網が張られたフェンスの内に、山のように積まれた使い物にならない廃棄物に混じっている古いラジオから、雑音混じりにニュースの続きが流れた。
『今から七十年前の二月十二日。私達が暮らす地球に巨大隕石が衝突し、世界は過酷な状況に追い込まれました』
ラジオから語られる。昔起きた、世界の終わりの時を。
『約六千五百年前の白亜紀、恐竜が絶滅したと仮説される災害を、私達は身を持って知ることになりました』
それ以上にもっと。もっと残酷に、もっと醜く。
『多くの都市が波にのまれ、大地は崩れ落ち、長い寒冷期が私達を苦しめました。やがて、少ない資源を巡って多くの人々が暴徒と化し、ついには戦争が勃発。災害の少なかった自然地域にも影響が及び、蘇りつつあった自然も徐々に失われていきました』
人々は気付く。自分達の愚かな行為を。——しかし、もう手遅れだった……。
『隕石の災害、戦争による汚染拡大により大地は汚れていき、間もなく、そこから生じる有害な毒の瘴気が発生しました。世界は生物が生存できない環境に陥り、治療及び浄化する手立てもなく、災害から生き残った人々は次々と死に絶えていきました』
ラジオから語られる。新たな世界の始まりを。
『そこで、戦争が徐々に終結していくと同時に、各国の協力と結合により、まだ毒に侵されていない土地に瘴気を遮る閉ざされた世界——世界統一国ノアが、二十一年の年月を経て建国されました。我々の住む新しいこの世界は、近代の科学と技術により、災害前の外の世界によく似た環境を造り上げることに成功し、住み良い環境で過ごせるようになりました』
ラジオから語られる。——詭弁を。
『ノアの建国から二十五年。異文化による戸惑い、価値観の違いもあり、内部での争いも少なくはありませんでした。しかし、私達は七十年前に起きた悲劇を忘れてはなりません。私達は過去の愚行を忘れず、学び、助け合い、平等に、この国をより良く発展させていくこと——ガッ……ザ……ザァ——……』
ブツッと、ラジオの音が切れた。
——過去の愚行を忘れず——……?
笑わせる。なら、今見えるこの光景は一体なんなのだろう。
光のない空間。湿っぽく汚れた重い空気。辺りを見渡せば、まだ戦争の傷跡が残ったままでいる亀裂の入ったの街並みが見える。
「過去の愚行」を、如実に表しているではないのか。
結局この「世界」というものは、理想と虚言で出来た産物だ。
そう簡単に人々の意識は変われないのだ。
けれど……、
それでも……、少しずつ、少しずつ……、
人も、街も、環境も、
時間と共に変わっていくのだろう……。
……嫌い。
私を置いていく、こんな世界なんて……。
……いかないで。
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