ゴースト・キス ~死人(しびと)の口吸い~

田柱秀佳

第一章 春の地獄(スプリング・ヘル) 1

       1



 背後からの視線を感じて彼がふり返ると少女が見ていた。おそら


くはまだ小学校に上がる前だと思われる丸顔でおかっぱ頭の女の子


が身じろぎもせず、瞬きひとつせず、大きく見開いた眼まなこを


高校一年生の清輪武志郎せいわたけしろうへと向けていた。驚いたように、


おびえたように、邪悪なものでも見るように瞳を震わせていた。


「…………」武志郎は首筋あたりにゾワリとした悪寒を感じ、そし


て、合わせてしまった目を彼女から離せなくなっていた。──なぜ


なんだ? なんでこんな年端のいかない子供に見つめられて俺は固


まっている? そもそもどうして、この子はこんなに俺を見ている


んだ? なんだか知らないけれど怖い、かんべんしてくれ! 身動


きひとつとれず、ただただ硬直することしかできない武志郎。


 ──ときが動いた。少女が母親に手を引かれてコンビニから


出ていったのだ。まるで飼い主に引きずられていく子犬のように。


ただ彼女は自動ドアの手前で、肩ごしに武志郎に目をくれた。その


眼差まなざしには、やはりまばたきがなかった。


「なんだってんだ……」口の中でつぶやいた武志郎は立ち読みして


いたマンガ週刊誌の表紙や裏表紙が手汗でジットリとふやけている


ことに気づき、店員に見つからないようラックの奥の方へと戻した。


どう考えても納得がいかない、武志郎は自分の身なりを点検してみ


る。ダサい金ボタンつきの昔ながらの黒い学ラン、いつもの学生服


姿。おかしな所はなさそうだ。ウィンドウの鏡面縦枠に顔を映して


みる。とくになにもついていない。突如とつじょとして今風イケ


メンに変身したわけでももちろんない。まったくわけがわからない。


いまどき、高校生の制服がブレザーではないことが珍しかったのだ


ろうか? いや、あんな小さな子がそんなことを考えるとは思えな


い。もしかしたら発達障害とかの子なのかもしれない──。


 考えても答えが出るはずもなく、武志郎は妙なのどのかわきを覚えた


ので床に置いていた濃紺のうこんのスクールバッグを肩に引っかけ、清涼飲


料の冷蔵棚へと向かった。


 これが半年ほど前、清和武志郎の身におこった不可思議なできご


とである。


                               (つづく)

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