異形の巫女 第1話 縁(えにし)

「異形のもの」


 わたしはそう勝手に呼んでいる。


 たまに見える「うすぼんやりした影」のこと。


 山にある大きな岩や、滝のまわりに見えることが多い。けど、たまに古い民家などでも見かけることがある。


 でもまぁ、わたしがいまいるのはハンバーガー屋。さすがに「異形のもの」は,

どこにもいない。


「アップルパイと、レモンティー。氷なしでお願いします」

「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか」

「はい」


 わたしの大好物。しかも安い。安すぎて財布をだすまでもない。ポケットから小銭入れをだして会計をすませた。


 夕方の六時。でも、そんなに店内は混んでいないので助かった。


「ちょっと、カヤノー!」


 ふり返ると、呼んでいるのはクラスメートの女子三人。とくに仲がいいわけでもなく、おなじ教室という縁があっただけの三人。


「いなくなったと思ってさがしたのよ。そしたら通りからガラス越しに見えるじゃない。なんで、ハンバーガー買ってんのよ!」

「あれ、ごめん、メッセージ送っておいたんだけど」


 手さげバッグから、スマホを取りだし確認してみる。ありゃ、送信ボタン押してなかった。


「ごめん、送信できてなかった。お母さんがね、用事があるから帰ってこいって」

「えー!」


 帰る理由を言ったけど、じつはウソ。でも、かのじょたちには好都合なはず。三人が「どうする?」と相談を始めた。


 そのクラスメートのうしろには、ブレザー姿の男子三人。


 男子は四人でくるという話だった。わたしは人数あわせで誘われただけ。でも、むこうのひとりは風邪かぜでこれなくなった。


 そうなると、むこうは三人、こっちは四人。あまりものには福がある、そう亡くなったおばあちゃんは言ってたけど、今回のわたしに福はない。というか、特にいま彼氏が欲しいわけでもない。


「残念だけど、じゃあまた今度ね!」


 クラスメートのひとりが言った。残念という顔ではない。けれど、それでいいとも思う。


「うん、ごめんね、またね」


 わたしが手をふると、男女六人も手をふった。さらば友よ。友じゃないけど。


「お待たせしました。揚げたてですので、お気をつけて」


 わぁ、去りゆく六人の背中をながめていたら、わたしの大好物がきた。しかも揚げたてですと?


 心して紙袋を受け取る。揚げたて、すぐ食べたい。二時間もの密室における接待「カラオケ」という荒行あらぎょうを終えたわたしには、心の栄養が必要だ。


 揚げたてのアップルパイが紙袋をこえて匂いを放出させている。うきうきで店からでたけど、すぐにため息がでた。そうだった。ここは渋谷だ。渋谷に公園って、あったっけ。


 もともと、あまり渋谷にはこない。電車でくれば三十分ほど。だけど、渋谷は広すぎる。そして人も多すぎた。


 歩きまわっていると、人通りのすくない道になった。道の両側は開店まえの居酒屋ばかり。だめだこれ、飲み屋街だ。


 タイミングの悪いことに、前方から警官がくる。わたしは制服だ。ひと声かけられるのも面倒くさい。もう、だから制服で渋谷にくるのイヤだったのに。


 なにも悪いことはしてないけど、たまにしつこく聞いてくる警察官もいる。わたしは細い路地に入った。


 細い路地に入ってすぐ、ぐにゃりと何かをふんだ。下を見ると足だ。よれよれのスーツを着た中年男性。ゴミのポリバケツがならぶよこに座っていた。


「ごめんなさい!」

「あっはぁ」


 あやまったのに、中年の男性は下からわたしを見て笑った。その視線が気持ち悪い。


 さっと逃げたけど、うしろでポリバケツのたおれる音がした。


 ふり返ると、うっそ、中年男性が立ちあがっている。それも、右手に包丁を持っている!


 これはまずい。迷わず走った。路地の突きあたりを右に曲がる。背後から走ってくる音。ふり返った。あの中年男性も曲がってくる。


「いたっ!」


 なにかにぶつかった。紙袋を持っていたので、地面に手をつけない。肩を地面に打ちつた。


 見あげてみると、人だ。それも女の人。茶色いスカートのスーツ。歳は三十ぐらいだろうか。


かれたか」


 女性が言った。視線のさきは追いかけてきた中年男性だ。


 よれよれスーツの男性は、わたしを見つめ、まばたきもせずに笑っている。


「女子高生のほうが好きらしい。そこそこ、わたしも美人だと思うがな」


 えっ、そんなこと、いま言う?


 顔を見てみると、まあたしかに。茶色くカラーした肩ほどまである髪もきれいだし、きりっとした目と眉毛は美人だった。美人というより、かっこいい。


 そんな顔を見つめていると、女性は上着のポケットに手を入れた。そしてゆっくりと、なにかを肩口に乗せる。


「トカゲ?」


 いや、トカゲじゃない。小さく白いあれは、ヤモリだ。


 なぜか女性が、片手を中年男性へとむけた。そしてぶつぶつと、なにかをつぶやいている。なんの言葉だろう。


「ホムラ」


 その言葉を発すると同時に、手のひらから糸のように細い火の線がでた。


 火の糸が空中をまっすぐにのびる。男性の顔にむかうと思いきや、肩の上にただよう黒い霧のかたまりのようなものに当たり、そのまま巻きついた。


 あの黒い霧のかたまり。


「異形のもの!」


 人に、異形の影が見えるのは初めてだ。


「いぎょうのもの?」


 火の糸をはなった女性が、わたしを見おろしていた。


「おまえ、見えるのか?」


 なんと答えていいか、こまった。そのとき、駆けだす足音が聞こえた。あの中年男性が、わたしにむかって駆けてくる!


「ばかな、ホムラが効かない!」


 女性が上着のなかへ手を入れた。抜きだした手ににぎられていたのは拳銃だ。


「止まりなさい!」


 女性がさけんだ。でも中年男性は足を止めない!


「くそっ!」


 女性がつぶやくと同時に銃声が一発。えっ?


 わたしは、ふり返った。男性がたおれている。


「……えっ?」


 わたしは意味がわからなかった。女性は男性に駆けより、たおれた男性の右手を蹴飛ばした。包丁だ。蹴られた包丁が、地面をすべっていく。


 それからスマホを取りだし、どこかに電話をかけている。


 なにこれ。


 なにが起きているのか、まったくわからない。


 女性はしゃがみ、スマホを持った反対の手で、男の頸動脈をさわった。土の地面に、黒いシミが広がりだした。血だ。


 わたしは立ちあがり、走りだした。逃げないと。なにがなんだかわからないけど、逃げなきゃあぶない!

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