【勇者カカカの冒険Ⅱ】はじめから ▷つづきから 冒頭1話

「ハウンド下がれ!」


 おれは仲間の黒犬に怒鳴った。


 地引網の中からずるり、と茶色いヌメヌメした物が動き出す。


 ここはオリーブン共和国。その北西の端にある砂浜。元の世界なら、小豆島の漁港があったあたりだ。


 くねくねした足が動き出した。


「これ、”大”じゃねえよ!」


 おれはそう言いながら、剣を抜いた。


 「ロードベル」という通信魔法で受けた火急の依頼だ。通信では「漁師の地引網に大タコが引っかかった」と聞いた。


 大タコというから、2~3ⅿの物を予想していた。こいつは10mは超える。巨大ダコじゃねえか!


 足の一本がしなってこっちに来る! とっさに盾を構えた。盾ごと吹っ飛ばされた!


 ころがって起き上がる。盾を拾おうと探した。木製の盾は真っ二つに割れている。くそっ、安物にするんじゃなかった!


 数ヶ月前、バルマーとの戦いで借りた銀鉄の盾。あれは軽かったなぁ。戦いが終わると、あっさり返せと言われた。ダンのけちんぼめ。


 上着の隠しポケットから火炎石を出す。巨大ダコの頭に向けて撃った。


 火の玉はタコの大きな頭に当たるとツルッと滑って方向を変え、波打ち際に落ちてジュン! と消えた。ウソん。


 巨大な足がうねうね同時に動く。胴体までおれのほうに向かってきた。やべえぞ!


「構えー!」


 うしろから男の大声がした。


「放てー!」


 声とともに何本もの銛が、おれを横をかすめて行った。思わず首をすくめる。


 どすどす! と巨大ダコに刺さり動きが止まった。今だ!


 おれは駆け寄って巨大ダコの頭に剣を突き刺した。巨大ダコはそれでも動こうとしたが、剣を抜くと力尽きたように倒れた。


「わけえの、一人は無茶だ」


 ドスの効いた低い声に振り返る。屈強そうな爺さんがいた。


「網元、どうやらこれ一匹みてえです」


 駆けてきた青年が言った。みな肌が黒い。潮焼けなのか? では、このあたりの漁師さんたちか。そして網元と呼ばれた爺さんは漁師の元締めか。


 爺さんは「漁師」というより「フィッシャーマン」と言うほうが似合いそうだ。白髪交じりだが短い金髪。彫りの深い西洋の顔立ちだ。


 その時、死んでいたはずの巨大ダコがぐらりと頭を持ち上げた。巨大ダコが頬をふくらませる。毒か!


「あぶない!」


 おれは爺さんを突き飛ばした。液体が降りかかる。とっさに目をつぶり顔を防御した。


 うん? 体液をかけられたが、痛みもないし痺れるようなこともない。おれは目を開けた。


 両手が真っ黒になっている。なんだ、タコの墨かよ!


「がはは! いい男二人が台無しだな」


 突き飛ばした爺さんは怒ってないようで、全身真っ黒になっているおれを笑った。


「二人?」


 おれは足元を見た。ハウンドのことか。黒犬も墨を全身に浴びたようだ。もともと黒い毛なみだが、ペンキ塗りたてのように黒光りしている。


「よし、うちで風呂入ってくか!」


 そう言って歩き出した。有無を言わさない人だな。おれの苦手なタイプ。



 その家は歩いて五分ほどの所にあった。石造りで大きな平屋だ。ほかにいくつも離れがある。


「あっちに風呂がある。まあ、話はそれからだわな」


 爺さんが離れの一つを指した。


「客人、こっちへ」


 若い衆が現れ、おれを案内してくれた。


 風呂は広かった。大人四人が同時に入れるだろう。おまけにハウンド用に木のタライまで用意してある。


 チックは脱衣所で待機だ。おれの胸ポケットにいたので汚れてない。それに風呂に入って茹でエビみたいになっても困る。


 ハウンドが暴れたらどうしよう、そう心配したが、何も言わずともタライに入りおれを見上げる。ああ、洗えってことね。


 おれは湯船から湯を移し、ハウンドの体を先に洗った。うん? これ順序おかしくないか? 普通は主が先だろう。


 一通り汚れを落とし、最後に湯をかけるとブルブルブル! と、おれにはお構いなしに体を震わせた。そして扉の前に立って振り返る。開けろと。


「はいはい、仰せのままに」


 おれが戸を開けると満足げに出て行った。ほんとあいつ、主従を間違えてる。でも、あいつのほうが強いからな。いつかおれの方が捨てられる気がするわ。



 自分も風呂をゆっくり楽しみ、脱衣所に出ると男物の服が用意してあった。この国の定番、うす茶色の麻布服だ。


 用意の良さに感心しながら服を着て外に出る。びっくりした。さきほどの若い衆が待っている。


「客人、こちらへ」


 母屋の方に案内された。


 入ると広い土間があり、中央にテーブルのついた大きな囲炉裏があった。そこに木の椅子が二つあり、一つにフィッシャーマンの爺が腰かけている。


「おう、さっぱりしたかい」


 爺さんがアゴをしゃくった。こっちに座れって意味だろう。


 椅子に座り、肩のチックはテーブルではなく足元に置いたリュックの上に移動させた。


 テーブルの中央には囲炉裏がある。チックに熱がこないほうがいいだろう。


 爺さんが、そんなおれの動作を見つめていた。年は70ぐらいだろうか。ガタイも良く彫り深い顔立ち。昔の東映ヤクザ映画なら、間違いなく組長にキャスティングされるだろう。


「噂は本当だったようだな」

「噂?」


 おれは首をひねった。爺さんは太い腕を組み、足元にいた黒犬を眺める。


「このオリーブン共和国を救ったのは、一人の勇者。サソリと犬を連れていると」


 その話か。おれは何も答えなかった。ギルドランクSSS級というのが面倒くさい。


 おれ達のしたことは、ギルドの連中には黙っててもらうことにした。だが、どこからともなく噂は漏れるらしい。


「さて、人違い、じゃないでしょうか」


 おれの言葉に爺さんは、にやっと笑った。


「おい!」


 奥に向かって大声を上げた。若い衆が飛んでくる。急に大声出されると、ちょっと怖いんだけどな。


「倉庫から、一番上等な酒、持ってこい」


 若い衆が頭を下げ、すっ飛んでいった。おいおい。


「あの……」

「ロイグだ」


 爺さんが手を差しだした。


「カカカと言います」


 その手を握り返した。いつも名乗る時は「勇者」をつけるが、今回はつけない。さきほどの話があったから。


「よろしくな」


 ロイグ爺は手を握ったまま、反対の手でパーンとおれの手を叩いた。痛いよ。


「ん? カカカ……カカカか?」

「カカカです」

「カカカかぁ」


 ロイグ爺はもう一度、腕を組んで上を見つめた。


「変わった名前すぎるな。大陸の生まれでも聞かねえ名だ」


 独り言がダダ漏れだ。


 おれは、このへんでおいとましよう。そう思って腰を浮かしかけた。


「そろそろ茹だったころだな」


 ロイグ爺はそう言って、囲炉裏にかけてあった鍋のフタを取った。中には、ぶつ切りにされた白い何かが入っている。もしかして・・・・・・


「巨大ダコ?」

「おう、ありゃ旨えんだわ」


 まじか! そうこう言ってると、奥から大皿が運ばれてきた。オリーブ油のいい匂い。ひょっとして?


「油で揚げたのもある。どっちがいい?」


 うおー! ゲソ天、いやタコ天か。おれ好物なんだよなあ。浮かしかけた腰が、思わず止まる。


「まあ、ゆっくりしていきねえ。あの話は聞かねえからよ」


 にっこり笑う。なるほど、頭とか棟梁とかって、やっぱりあれだ。人をこますのが上手い。笑った顔は優しそうだった。


 まあ、しょうがないか。おれは椅子に座りなおし、ご相伴に預かることにした。

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