7 親友の誕生
私は固唾を飲んで、彼に注目した。
「私としても、あの世界が、名残惜しいのです。」
「はい。」
「出来れば戻りたいのです。」
「は、はい。」
「これは内密に……どうか、私が乗ってきた時空間歪曲機の修理の許可を、お願い申し上げます。」
彼が膝に両手をつけて、深々と頭を下げた。急激に私の周りの重力が強くなった気がした。彼は何を言っている?うん、言っている意味は分かるけど。分かるけれども!
「だ、だって……機体はバラバラなんでしょ?」
「はい。修繕不可能なものについては海に流しました。それ以外の、特殊な技術を必要とするコアの部分だけは、何とか回収を出来ましたが、時空間歪曲機を作成する為には、私の研究室と莫大な量のレアな鉱石、それから……この世界のどこかに散らばった、重要な三つのパーツを探す方法が必要です。そのことについて、あなたにご助力を願いたいのです。」
「いやあ、ちょっと待ってよ、でもこの世界では、時空間歪曲機を作成する事も、それに乗る事も、禁忌とされているんだよ?それがもし騎士団や帝国関係者に見つかったら……いや、我々以外の誰か、他の市民だって通報するかもしれない。もしそうなったら我々は、死罪……とまではいかなくても重罪だよ。無期懲役があるかないか。」
「ですから内密に。」
何と、困ったことに……彼の、私と協力して時空間歪曲機を作成したいという欲望が、思ったよりも強いらしい。肩も胃も、何もかもが重苦しく、ぶら下がっている感覚がする。出来れば、その研究には関わりたくない。罪人になりたくない。だから少しでも彼を納得させようと、何も思いつきはしないが、適当に言葉を放った。
「研究室もないし。」
「オフィスを貸してください。そんなに場所は取りません。」
「う、内緒に出来るかだって分からない。」
「私が完璧にフォローします。念の為に申しますと、私は過去の世界では、中央研究所の副所長を務めておりました。」
「え。」
それも学校の歴史の授業で聞いたことのある。まだ帝政では無かった
「じゃあ、その世界では、上から二番目だったんだ。大臣的な。その世界でも、と言ったほうが、いいのかもしれないけど。」
「ええ、そうです。当時の市民も許可してくれましたので。」
ジェーンが両手で紅茶の入ったカップを手に持ち、お茶をちょびっと飲んだ。なるほど、言われてみれば、そんな些細な仕草にも品がある。育ちが良さそうだ。
「協力してくれますか?一人では、どうしても出来る事が限られてしまいます。私には協力者が必要です。そしてそれは、あなたがいいのです。」
鼻から大きく息を吐いた私は、ソファに背中を埋めて、天井を見て考え始めた。所長として、許可していいのだろうか、いや帝国民として。そもそも彼の言っている、過去から来たというのは、本当に本当のことなのか?もしそれが嘘だったとして、そんな嘘をついて、しかも罪を犯してまで、時空間歪曲機なんか作りたいと思う人が、この世に存在するだろうか。もし歴史マニアで尚且つ、それを実現出来る技術を身に付けているのであれば、あり得ることはあり得る話なのかな。
ここまでの時点で、一応ジェーンの話していることには、筋が通っているが、物理的な確証が無いので、まだ完全には信じがたい。しかし彼が、他人にしょうもない嘘をつく時間を作るような人間にも思えない。こうしてわざわざ二人きりで相談してくれたのも、彼のような才能だらけの人間が、どうして大人になってから大学院に入学したのか、その事実も……彼の言っていることを信じるのなら辻褄が合う。どうするべきか。
私が手に持っているカップを人差し指でトントンと叩いて考えていると、それを見ていたジェーンが、左腕を私の前に差し出して、彼の白衣の袖を
「それは?」
「この世界に不時着した時に、受けた傷です。暴走する機械の中で、私は咄嗟に座席シートの下に隠れました。幸いな事に、爆発によるダメージを受けることは少なかったのですが、上空から七つの孤島の森へと、勢いよく落ちてしまい、木に掠れてこんな傷に。こればかりは、治るのにかなり時間を要しました。」
「何と。」
その大きな傷は、今も紅くミミズ腫れのように色付いていて、その部分の肌だけがツルツルと輝いていた。治るまでは、きっと深い傷だったろう。もし、この傷の理由が、彼の置かれている状況が真実なら、彼の背負ってきたことは、どんなに過酷だっただろうか。私は彼の傷を撫でながら想像した。知らない世界で、それがもし私だったなら、生き抜く事は出来なかったかもしれない。
私は、彼の言っている事は本当だと、思うことにした。
「分かった。ジェーンは今まで一人で頑張ってきたんだ。これからは私が、あなたに協力します。それに、協力するのは、私がいいのでしょう?……な、何?」
彼は今、ぽかんと口を開けたまま、私のことをじっと見つめている。私は彼の顔に手を振って、彼に意識を取り戻してもらおうと働きかけた。彼は一瞬、ハッとした表情をした後に、少し口角を上げた。
「あ、ああいえ、つい頭が真っ白に。まさか、あなたが信じてくれるとは思っていなかったのです。こんなに馬鹿げた話、魔工学の理論で説明は出来ても、実際にタイムスリップなど……元の世界の私の友ですら、部下達ですら、私がただの事故で死んだのだと思っておりましたし、それに、ああ。誰も信じてはくれないと、今まで思っていたものですから、今回も信じて頂けないことを覚悟の上で、今後、奇異の目で見られるだろうと思われながらも、話して……兎に角、私にしては珍しく頭が真っ白になりました。あなたが理解してくれた時の言葉など、持ち合わせておりませんでした。それもそうだ、私が逆の立場だったら信じません。」
何それ……。途中から感動して話を聞いていたのに、目に涙さえ、うっすらと浮かんできたのに、最後の一言が本当に余計だった。私は簡単に信じてしまった自分のアホさ加減に気付かされた気持ちになり、頬を赤くしてソファから立ち上がって、彼に背を向けて、ギュッと拳を握った。ソファがぎっと音を立てて、彼も立ち上がったのだと分かったので、数歩遠ざかった。
「はあ!あのね、どうせ信じてしまいましたよ!でも、協力するって言ったんだから、ちゃんと協力するよ!ジェーンが帰るには、そうするしかない。」
「キリー……キルディア。」
私の背後に、彼が近づいた気配がした。そしてジェーンは後ろに立ったまま、私の右手を、そっと握ってきた。彼の大きな手が、熱かった。
「ありがとう。あなたは今は、私の上司ですが、それと同時に、私の親友でもあります。あなたに
「抗議?上司と部下の関係に対して、反対したいってこと?それ以上になりたいってこと?」
「ふふ、それで構いません。本当の意味は、深く関係を持つという意味です。」
「ああそう、もういいや。」
彼は私と仲を深めたいのか。彼にとって、この関係は何なのかは分からないが、私にとっては初めての親友の誕生だった。
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