5 孤島の調査結果

振り返ればやはり、そこにはジェーンが立っていた。今日はソーライ研究所指定の白衣を羽織り、中にはシャツとベスト……もしかして昨日と同じもの?を着ていた。アニメのキャラのように、同じものを何枚も持つタイプの人間なのだろうか。滲み出る、何とも神経質な彼の独特な雰囲気に対して、私は少し嫌がりながらも、彼にアリスのファイルを手渡して説明した。


「アリスの持って来てくれたファイルだよ。この事件について調査したいんだって。そうだ、丁度良い、部長として調査許可のサインをしてあげて。」


「どれどれ。」


 ジェーンはアリスのファイルに目を通した瞬間にファイルをパタンと片手で閉じてしまった。あまりの早さに、突然の予想外の出来事に、アリスが「あっ」と声を漏らして、目を丸くしてジェーンを見つめた。彼はいつもの無表情よりも一層冷たい視線をアリスに向けて、話し始めた。


「この件でしたか。これについては帝国研究所の方で極秘ですが、結論が出ています。孤島に行っても、もう何も関連する証跡は残っておりません。」


 それにアリスが反論した。


「だけど、もしかしたら帝国研究所が見落とした何かがあるかもしれない……でも本当に極秘で結論が出たの?それは帝国しか知らないってこと?どうして市民や我々、同業者には知られていないの?少しぐらい調べたっていいでしょ?ねえキリー。キリーは許可してくれるよね?」


 そう言ったアリスが、また私にファイルを渡してくれたので受け取り、記事を読みながら少し考えた。確かに結論が出たという話なのなら、帝国研究所に許可取らなくても更に調査することが可能だし、今はそんなに他に依頼もなくて時間もあるから、これに注力したって、いいかもしれない。


「まあ、少し調べるぐらいだったらいいかもね。」


「ですから、行っても何もありません。時間や労力の無駄です。極秘ですが、もう結論は出ていると話した通りです。」


 するとジェーンが、私からファイルを奪ってアリスへと突きつけた。そのファイルを受け取ったアリスは、ぷうと頬を膨らましてジェーンを睨み、彼に聞いた。


「じゃあその結論について抽象的でいいから教えてくださいよ。」


「いいでしょう。”大したことありませんでした”。では失礼。」


 ジェーンが去っていく背中を皆で見つめている間に、アリスが「まじ何あれ……」と、苛立ちのこもった声を出した。ジェーンが頑なに話さないのは何か深い理由があるのだろうか。あと、「失礼」と言って、真っ直ぐに私のオフィスに向かうのをやめて欲しかった。


 その日は、その出来事以来ずっと、PCで報告書の確認だったり、レポートの作成、収支管理をしていたので、腰が痛くなった。両手を上げて背伸びを力強くしてから、ゆっくりと首を、ぐるりと回した時に、コキコキと音が鳴った。気付けばもう夜で、机の上のマグカップには、随分前に、お茶が底を尽きており、茶色く干からびていた。これはさっき、夕方ぐらいにジェーンが淹れてくれた、アップルティーだった。


 そうだ!しまった、彼に帰っていいとか、何も伝えていないことに気付いて、素早く腕を動かしてウォッフォンで時刻を見ると、二十一時を回ったところだった。今日私は、隕石の件の直後から、ずっとこのオフィスで集中していたし、夕方お茶を貰った時も、PCの画面を見つめたまま生返事をしてしまったので、彼に色々と悪いことをしたという気持ちになり、慌ててウォッフォンのホログラムを付けて、先日手に入れた彼の電話番号を検索した。


 もしかしたら、まだ私が帰りの許可を出していないから、この研究所のどこかで待っているかもしれない。あの機械的な性格だ、その線は濃厚だった。と言うのも、彼が来た初日に「いつでもあがっていい」と言ったら、「それだと分からないので、時間を前もって伝えるか、私に帰宅許可を与えてください」と言われていたのだ。今日はそのどちらもしていないから研究所内に、まだいる可能性は高い。

 番号を見つけた私は、彼にすぐに電話をした。


『はい。』


「あ!ジェーン?」


『私のウォッフォンにかけているのですから、私に決まっています。』


「そ、そうだよね、はは。あのさ、まだこの研究所の何処かにいる?」


『ええ、私の研究室にいますよ。今日はあの隕石の一件から、アリスが私と目も顔も合わせたくないようで、先に帰宅しました。ですから今は、一人で優雅に研究を満喫しております。』


 ああ、もしかしたらあの後、言い合いでもしたのかな。時として博士たちの言い合いは、そこらの裁判よりも長引いて複雑で、互いのことをいかに陥れるかに発展する。ジェーンとアリスの喧嘩が大事になっていたらどうしようと考えただけで、腹の奥がぎゅうと痛んだ。その痛みに眉をしかめ、ため息をついて彼に聞いた。


「はぁ……アリスと、あれから喧嘩でもした?言い合いとか。」


『喧嘩という喧嘩はしていませんよ。彼女が一方的に私に対して怒っていただけです。私から喧嘩をするような態度をとることは、今後も無いに等しいと思ってください。喧嘩なんぞに短い人生の時間を費やすほど、私は非合理的な人間ではありません。まあアリスのことですが、彼女は若いですし、そのうち怒りの感情も治まることでしょう。』


「そっか、ジェーンは何があっても冷静だね。なんだか安心したよ(本当はしてない)。あと今日は、もう帰っていいってことを連絡したんだ。私は今日の分の仕事終わったし、これから帰りの支度して帰るよ。研究所には我々しかもういないし、ロックは私が掛けるから、ジェーンは先に行ってください。それから今日は、連絡遅れてしまってごめんね。これからはジェーンの方から、何もする事が無くなったら私に教えて『今日、時間ありますか?』


 話の途中にジェーンに突然聞かれて、私の頭は真っ白になった。


『あ、申し訳ない。あなたの話を遮ってしまいました。それで、今日は、お時間ありますか?』


「時間?あるけど。」


 そう言えば、ジェーンがここに来てから、彼と二人で飲みに行っていないなと思い付いた。他の調査部や総務の二人とだったら、帰りがけに何人かで飲む事があったのに、彼とはそういう寄り道をした事があまりない。一回だけ、一緒に飲んだことはある。研究開発班と総務部の皆と一緒に、ユークアイランドのバーで彼の歓迎会をした。調査部の二人は今遠征に出向いており、まだ帰ってこれていないので、また別日にと思っている。


 しかし彼と二人では飲みに行った事がないことに気が付いたのだ。そうだよ、彼は他の皆とも違って、私の秘書であり、仕事上のパートナーなのだから二人で飲みにでも行って、コミュニケーションを取るべきだ!


「飲みに!『昼間話した件です。』


 私の予想が外れた上、自分の考えていたことを口に出してしまったことに、また彼に聞こえていただろうという事実に、一気にゆでダコのように顔を赤くして、たまらず無言になった。机におでこを付けて、ゴンと鈍い音が、オフィスに響いた。


『……飲みは今度、二人きりで是非とも、行きたいと思っております。今日は昼間、アリスが資料をまとめていた、あの隕石について、少しお話をしたいのです。それでも構いませんか?』


「え?隕石のことについて話してくれるの?あと……飲みはわかりました、じゃあまた今度行きましょう。」


『ふふ。お願いします。では、あと五分程でそちらに伺います。』


 そう言って彼は通話を終了させた。しかも彼のような合理主義の機械的な思考を持っている人物が、私の飲みの発言についてフォローを入れてくれた。それが少し嬉しく感じて、私の中で彼の好感度が一目盛分だけ上がった。

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