「人生で一番幸せな瞬間」
もう、飽きた。
何回目なんだろう、何百回目なんだろう。
「おめでとう!」
「灰谷! 幸せにな!」
「嫁さん大事にな!」
「涼子! 本当におめでとう!」
ウェディングドレス姿で教会から外に出ていくと、両家の親族と互いの友人達がこんな感じで祝いの言葉を集中砲火みたいに投げつけてくる。
そりゃ、最初は思ったよ、『今が人生で一番幸せな瞬間!』ってね。こんな私でも一応女子ですし? 結婚相手の灰原誠とはずっと付き合ってきて満を持しての結婚だったし?
でも、その次の瞬間、私はどこかから放たれた銃弾で心臓を一発で撃たれて死ぬ。
そこで成仏しとけばいいのに、何故か私はタイムリープして、教会の中で父にエスコートされてヴァージンロードを一歩踏み出す瞬間に戻ってしまう。
それがもう、百を軽く上回る回数、続いている。
最初は意味が分からなかった。死後の世界なのか、悪い夢なのか、さっぱり分からないまま十三回射殺されて、ようやく、ああ、これは何らかの手段で射殺を回避するミッションがあるんだ、と勘付いた。
それからというもの、私は教会中を調べて狙撃手がいないか探したり、誓いのキスの時に誠の上着を脱がせて銃を持っていないかチェックしたり、ドアが開いて歓声を上げる人々に対して殺意の視線を向けてくる輩がいないか精察したり、もっと遠方から狙われているのかと近隣の建物に目を遣ったり、挙げ句心臓が狙われるからと匍匐前進で教会から出たりもしたが、どう足掻いても撃ち殺される。
もう、飽きた。
うんざりしてきた。
人生で一番幸せな瞬間も、ここまで繰り返されるともう何も感じない。無味無臭で味気なくて彩度が低くなって、果たしてこれが本当に私の幸せなのだろうかとか禅問答の世界に片足を突っ込んでいる。
回数を数えるのは忘れたが、数百回目に教会のドアから出た時、そろそろ撃たれるな、と身体が反応した瞬間、私はあることを思い出しかけた。
が、次の瞬間また撃ち殺され、はっと覚醒すると父とヴァージンロードを歩いていた。
——なんだっけ?
何か、大事なことを思い出しかけているような気がする。デジャブ? 違う。何か、魔術みたいなもの? 近い。催眠術? ちょっと違う。
何これ?
そこで私はまた射殺された。
だが私の記憶は保持されていた。
『人生で一番幸せな瞬間』、即ち、結婚式の日。
誰もが私と誠のことを無条件に祝ってくれて、私と誠の二人が主人公になれる最高のライフイベント。
じんせいでいちばんしあわせなしゅんかん。
あ。
これ、自業自得だ。
そう気づいた時、私は全てを思い出していた。
◆
>イラッシャイマセー
>あの、お金を払えば何でもやってくれる葬儀屋さん、で合ってますか?
>正確には、本物の葬式以外は何でもやるよー
>依頼があるんです
>ん〜、どんな?
>私、不幸に死にたくないんです。このままずっと生きていって、老後孤独死したり、あるいは天災で絶望の中で命を落としたり、そういうの、想像するだけで恐いんです。
>ふーん、それで?
>葬儀屋さんに見ていて欲しいんです、私のこと。
それで、私が人生で一番幸せな瞬間を味わってると判断された時に殺してください。
>あらま、人任せ自殺? それもオレっちの判断でいいの?
>はい。楽に死ねるようにしてください。
>別にいいけど……
>何か問題が?
>そういう恣意的な自死はね、稀に時間軸を歪めるよ?
仮にオレっちがきみを殺したとして、その後きみが天国や地獄に行けるか、保証できないねぇ。
>構いません。お願いします。
>分かったよ。じゃあ見積もりは後で送るから、支払い完了後、依頼開始するね。
>ありがとうございます!
>毎度アリー、マタドウゾー
◇
ネット上に存在する何でも屋、通称・葬儀屋に、今から十年も前に私はこんな依頼をしていたのだ。そしてそんなことすっかり忘れて誠と付き合い始めて——
葬儀屋はずっと観察を続けていたのだ。十年もの間。
そして、見事に仕事を遂行した。
私が天国にも地獄にも行けず無にすらなれないのは、葬儀屋があの時言っていた、『恣意的な自死』を選んだ私への、罰……。
そう気づいた瞬間、また射殺される。
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