5-3 普通
「天草喜一君は、私と同じ静岡の安東高校二年B組の生徒です。どんな人だったかと言えば、クラスでは陽キャラでも陰キャラでもない、そこそこ存在感のある感じかな。成績は学年で中の上ってとこかしら」
それを聞いて穂香は首を傾げて目を宙に泳がせた。
「うーん、掴みにくいキャラね。何か部活とかやってたの?」
「一応サッカー部に所属しているけど、レギュラーでもなかったし、少しサボり気味だったかも」
「何か特殊な能力はなかったのかね? 例えば一度見たことを詳しく絵に描き出すことが出来るといったようなものだが」
「それっていわゆるカメラアイのことですか? そういう能力があるかどうかは知りませんが、確かに絵は抜群に上手でしたよ」
「ところで、僕がいなくなったのはどんな経緯だったのかな。何かクラスで特別なことがあったとか、そういうのはないかな?」
「実はね、行方不明になったのは天草だけじゃないの。ある日突然、四人の男の子が学校に来なくなった。正確に言うとその日無断欠席したのは五人だったんだけど、そのうちの一人はもともとひきこもりの傾向があって、一時は回復したんだけど、偶々その日からまた不登校が始まったの」
喜一が訊ねた。
「恋空さん、その日学校に来なかった人の名前はわかる?」
「もちろん。天草の他は匠繁、宮地武雄、田辺悟の三人。因みにひきこもりで不登校になのは新田圭二っていう子」
「やっぱり名前を聞いても全然思い出せないな」
「そうか。それでね、担任の岡部先生が各家庭に電話したんだけど、新田は家にいることが確認出来たの。でも匠、宮地は家に帰っていなくて捜索願いが出ていることがわかった。田辺のお母さんは海外出張に出ていたので、帰国後息子がいないとわかってすぐに警察に届けたそうよ」
「あの、ちなみに僕の両親は……?」
「実はね、天草のご両親のことはわからないわ。あなたは希望の家っていう児童養護施設から学校に通っていたのよ。施設からはその日の朝一番に学校に連絡があったみたい」
「僕は……孤児だったんだね」
「うん。でも、それで卑屈になっているとか、そういうのではなかったわ。わざと明るく振舞っていたわけではなくて、とにかく普通」
「またしても普通か。僕ってそんなに個性に乏しかったのか……これじゃ、記憶が戻ったところであまり面白くなさそうだな」
その時、直戸が思い出したように言った。
「そう言えばこんなものがあったな。恋空さんにちょっと見てもらいたいんだが」
直戸は以前喜一が描いた人物画を持ってきて訊ねた。「この人物、学校の先生のようなのだが心当たりはないかね」
「あら、数学の但馬先生だわ。この絵、一体どうしたんですか?」
「天草君がね、とあるわらべ歌を聞いた時に反応したんだが、精神科医の元でそのわらべ歌から連想を促した時、この絵ともう一つ山道の絵を描いたのだよ。だからこの絵の人物がわらべ歌について語ったのではないかと我々は踏んでいるのだが、どうだね?」
「いえ、但馬先生がそんな話をしたような記憶はありません。そもそも、授業中に世間話をするような先生でもないし……」
「そうか。いずれにせよその但馬とかいう数学教師、それに学校関係者と話をする必要があるな。しかし静岡か。今私は警察の事件も抱えているからなかなかそこまで時間が割けないな」
「大丈夫ですよ、僕一人で行ってきます。記憶を失う前の世界に行ってみたいし、またそこの人たちとも話してみたいんです」
「そうか、悪いが一人で行ってきてくれたまえ」
「それなら、私が向こうで案内しますよ。その方がスムーズでしょう?」
「うん、それは助かるよ。よろしく」
すると穂香も対抗して言った。
「私も一緒に行くわ。だってこれまでの流れだってあるし……」
「穂香、お前は学校があるだろう。静岡でのことは喜一君と恋空さんに任せなさい」
「嫌よ、学校なんかズル休みする!」
「穂香さん、気持ちは嬉しいけど場所も遠いし、僕のことで学校生活まで支障が出るのは心苦しい」
喜一にそう言われてシュンとなる穂香に恋空は小悪魔的な笑みを浮かべて声をかけた。
「まあ、天草のことは安心して私に任せて、あなたは学業にでも専念してちょうだい」
「何かムカつくわね。まずその天草って呼び捨てにするのやめなさいよ!」
「じゃあ天草君、いつ静岡に来る? 明日?」
「うーん、そうだな……明後日がいいかな」
「わかった。じゃあまた明後日ね、天草君♡」
最後の天草君の後にハートマークが付くような口調で恋空が言ったことが穂香の神経を逆撫でさせた。恋空はそんな様子を楽しむかのように上機嫌でその場を去って行った。
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