4-10 供述
浜松中央警察署に出頭してきた石角秀俊は、受付で「捜査一課の雁屋誠憲警部補と話がしたい」と申し出た。外出してきた雁屋は慌てて舞い戻り、石角を第一取調室へと案内した。そこで彼らは灰色の無機質な机を挟んで対峙した。
「お久しぶりだに、石角さん」
「ええ、こんな形でお会いするとは……でも、あなたが刑事で、私を監視していたことには気がついていましたよ」
「いやあ気がついてたとは、俺も焼きが回っただに。ところで、話がしたいということだけぇが、どんな用旨で?」
「あなたがたが追っている、パインと呼ばれる犯罪者についてです。私はそのパインから犯罪に関わる仕事の依頼を受け続けていました」
「犯罪に関わる仕事たぁ穏やかじゃねぇが、どんな
「私の妻は息子がまだ幼い頃に病死しました。彼女は亡くなる直前に私にしがみついて『どうか、……どうか晃弘をお願い!』と嘆願してこの世を去ったのです。私は妻の最後の願いを守るべく、息子の晃弘を大切に守って来ました。ところが……」
「息子さん、難しい病気になっただね」
「そこまで調べてたんですか。そうです、息子は重度の拡張型心筋症を患ったのです。日本では子供の心臓移植はとても困難で、助かる見込みはほぼないと告げられ、愕然としました。亡き妻との約束を果たせない……。
そうして項垂れているところに、怪しげな男が近寄ってきてこういうのです。『おまえの息子、助かる方法がある』と。『どういうことだ?』と訊き返すと、『ピンキーハウスというテレクラへ行き、そこで〝パイン〟から話をきけ』
私は藁をもすがる思いでピンキーハウスに行き、パインと連絡を取りました。パインの言うには、早出総合病院に筋組織再接合法の専門医がいる。心臓手術でも実績があり、そこに息子を転院させて筋組織再接合法で手術を施せば助かる可能性が高い。ただ、心臓の筋組織再接合法は先進医療で患者の全額負担となる上に、非常に高額で数百万円は下らないとのことでした」
「そん治療費、肩代わりする代わりに仕事手伝えと、パインがゆっただら」
「はい。当時私は化学薬品の会社で研究員でした。そんな私に目をつけたパインは、純度の高いアコニチンとテトロドトキシンを精製しろと私に要求したのです。そうすれば治療費は出してやると」
「アコニチンとテトロドトキシンゆうたら、トリカブト事件でアリバイ作りに利用されたとされる、相互の拮抗作用(注)で有名だら」
(注:トリカブト毒成分のアコニチンとフグ毒成分のテトロドトキシンを混ぜると、互いに作用して一時的に人体に無害となるが、テトロドトキシンの方が早く血中濃度が下がるので、時間が経つとアコニチンの毒性が牙を剥くというもの)
「ええ。でも実際に拮抗作用を利用して完全犯罪を実行するには綿密な計算と知識、そして技術が必要です。その全てのお膳立てを私が引き受けたのです。具体的にどの事件に利用されたのかは知らされていませんが、被害者は裏社会の人間だったようで、警察もあまり身を入れて捜査しなかったようです」
「そりゃ、耳の痛い話だに……」
雁屋は額の冷や汗を拭く動作をした。
「そうして私は早出総合病院で息子に手術を受けさせたのですが、その甲斐なく、息子はまもなく命を落としました。すると、今度はフリージャーナリストを名乗る人物が近づいてきて、医療ミスの可能性を指摘したのです。そして病院を告訴するよう、矢鱈とけしかけてきました。でも医療裁判を起こすような経済的余裕は最早ありません。そんな折、また〝パイン〟から連絡があり、裁判費用を肩代わりするから仕事を引き受けろと言ってきたのです」
「また毒物を?」
「いえ。毒物はどれほど完璧でも、殺人事件として取り扱われてしまいます。そこでパインは水に注目したのです」
「水……」
「ええ。パインは言っていました。水こそが最高かつ完璧な凶器であると。凍らせれば殺傷器具としても使え、大量に飲ませれば毒薬としても使える。でもその時パインが要求したのは水難事故を装うための水でした。すなわち発見時にあたかもそこで溺死したように思わせる完璧な水を作れというのです」
「もしかして、それを使ってパインは村下と佐伯を……」
「具体的にどこで使うのか、私には知らされません。でも、パインの邪魔になった人間は、ことごとく私の作った水で溺死させられたと思います」
「で、息子さんの裁判の方は?」
「負けました。どうもおかしいなと思ったのはその時です。弁護士の手配や裁判手続きなど何から何までパイン側で用意してたんですが、何か勝手に押し進められて……おまけにおかしな動きをしていると会社に睨まれて、結局クビになり当面の収入源としてパインの仕事を受けざるを得ませんでした」
「そうやってパインとの
「結局あいつは息子の命を救うフリをして、私を騙して利用していたのです。息子はヤツに殺された。だから……個人的に制裁することを決意しました」
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