ほろしつみ

緋糸 椎

Episode 0

SCENE 1 Runaway


 少年は恐怖におののきながら、真夜中の山道をひたすら駆け下りた。死ぬほどの息苦しさに喘ぎながらも、なお走るのをやめようとしなかった。そして耳の奥では、奇妙な歌が絶え間なく鳴り続けていた。


〽︎鷹さん呼ばわばほろしつみ

 鳥さんむかさりみのりつみ

 観音さんのきざはし

 ついにうたげの幕も閉づ

 色の照る日もくうにあり


 少年は歌がきこえないように耳を塞ぎながら走り続けたが、その歌声はますます大きく頭の中で鳴り響いた。

 そして一瞬でも目を閉じれば、浮かんでくるのはあのおぞましい光景──クラスメイトたちが一人二人とばたばた倒れていく光景──それが脳裏に映し出されぬよう、少年はしっかりと目を開き続けた。

 少年はまるで呪いから逃げるように、駆けて駆けてひたすら駆け下りた。しかしいかに体力自慢の高校生とはいえ、山道を全速力で走り続けるのは限界がある。少年はやがて力尽き、膝を両手で押さえて息を整えた。

 ハァハァハァハァ……

(こんなことなら部活もっと真面目にやっておくんだった)

 そんなことを思っていると、ポケットに入れていた携帯が鳴った。

「もしもし?」

「ああ、やっと繋がった。キー兄、どこほっつき歩いてんだよ!」

「ユウスケか?」

「ユウスケか、じゃねぇよ。サブちゃんがキー兄はどこだって騒いでるぜ。ヤバイよ、これ以上は俺も庇いきれないぞ」

「手間とらせて悪いな、でもこっちはもっとヤバイことになった」

「はあ?」

「呪われちまった、もうすぐ死ぬかもしれない」

「バカいってんじゃねえよ!」

「僕もついさっきまでは呪いなんてバカげたことだと思ってた。でもこの世にはあるんだよ、そういう霊とか呪いってやつが。ユウスケ、お前も気をつけろ。元気でな」

「おい、ちょっと待てよ」

 少年は通話終了ボタンも押さずに携帯をそのままポケットに押し込んだ。そして再び山道を歩き出した。麓へ向かってひたすら無心に歩いた。やがて朝が来て昼が過ぎ、そしてまた夜がやって来た。ほとんど何も食べることなく、そうやってただ歩き続け、気がつけば少年は人里の路上を歩いていた。

「ここはどこだろう」

 そう思っていると、突然目の前がパッと明るくなり、凄まじいディーゼルエンジンの轟音が聞こえてきた。振り向くと大型のトラックが至近距離まで近づいていた。

「轢かれる!」

 そう思った瞬間、少年は激しい衝撃を感じ、意識を失った。



SCENE 2 Pine


 村下周作むらしたしゅうさくが真夜中の東名高速で大型のダンプカーを法定速度で走らせていると、後ろから乗用車がせっかちに煽ってきた。バックミラーを覗くと、道路照明灯に照らされてアウディの四つ輪のマークがキラリと光った。それを見て助手席の佐伯智成さえきともしげは向っ腹を立てた。

「けっ、運転が上手いと勘違いしてるクソ野郎め!」

「ほっとけ。それより余計なトラブル起こすなよ。やばい仕事背負ってるんだからな」

「へいへい」

 佐伯は村下に咎められてしぶしぶ怒りの矛先を収めた。佐伯は自分たちが請け負っている仕事の詳細について聞かされていなかったが、彼らの車に偽造のナンバープレートが取り付けられていることだけでも、その仕事の〝やばさ〟を窺い知ることができた。そうしてしばらく走っていると、佐伯の携帯から着メロが流れた。見るからにガテン系の彼らに似合わぬ少女アイドルグループのヒット曲だった。

「佐伯、任務中は携帯切るようにいっただろ!」

「……でも〝パイン〟からの着信ですよ。出たほうがいいんじゃないですか?」

「ちっ、わかった。スピーカーモードにして出ろ」

 佐伯は村下に言われたとおりに携帯の通話ボタンを押し、スピーカーモードにした。つながるなりパインは低い声だが威圧的な調子でいった。

「私だ。村下はそこにいるか」

「村下ですが、こんな夜中に何事ですか」

「すぐに引き返せ。富士山麓で検査がある」

 村下は憮然とした。今更引き下がれるか。金になる仕事だというから危険も顧みずに引き受けたオファーだったのだ。

「話が違いますよ、手筈はきちんと整えてあるから誰に見られても大丈夫だっていってたじゃないですか」

「問答無用だ。万が一にも積荷ソレのことが知られるわけにはいかない」

「じゃあ、積荷コレどうしたらいいんです?」

 村下は後ろの荷台を指差していった。もちろん電話口の相手に見えるはずもないが、そんなことは考える余裕もない。

「適当な穴場を見つけて処理しろ。報酬ははずむ」

「適当な穴場って、ちょっとちょっと!」

 村下が会話を引き延ばそうとするが、〝パイン〟は一方的に切った。

「どうするんです」

「どうするもこうするもパインのいう通りにするしかねえだろ」

「やばいっすよ、それ」

「とりあえず戻ろう。〝穴場〟なら浜松の北の方に心当たりがある」

 村下は不安がる佐伯を尻目に見ながら浜松方面へと車を向けた。

『穴場』で用事を済ませた村下と佐伯は、ダンプカーに乗って浜松インターチェンジに向かっていた。

「村下さん、本当に大丈夫ですよね。何かあっても俺、知りませんからね」

「うるせえ、シラを切りてぇんなら金輪際何もいうな!」

「ちっ」

 村下に強くいわれて佐伯は舌打ちして口をつぐんだ。そして前に向き直った途端、数十メートル先で車道のど真ん中を歩いている人影に気がついてハッとなり、大声で叫んだ。

「村下さん、前!」

「うわっ、あぶねえ!」

 村下はあわてて急ブレーキを踏んだが間に合わず、ドンという鈍い音がした後しばらくしてから車は停止した。村上と佐伯はしばらく放心状態だったが、佐伯の方が気を取り戻していった。

「やっちまいましたかね、一応見てきますか」

「いや、幸い誰も見ていないようだ。ナンバーも隠しているからお前さえ黙っていれば誰にもわからないさ」

 佐伯はそれを聞いてこれ見よがしにため息をついた。

「もうこんなのばっかり、勘弁して欲しいっすよ」

「とにかく一刻も早くこの場を立ち去ろう」

 村下はそういってエンジンを掛けなおし、慌てて車をその場から撤収させた。それからしばらく経って、トラックと接触して倒れていた少年の手がピクリと動いた。

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