Bパート 10

 特別な力どころか、光の魔力すら有していないだろう……。

 広場に駆けつけ、恐るべき獣烈幽鬼へ石を投げつけているのは、なんの変哲もない……ごく普通の子供たちであった。


 上空の虚像を見守る市民の中には、彼ら彼女らの姿に見覚えがある者もいるだろう……。

 子供たちの素性をひと言で表すならば、それは、


 ――孤児。


 ……ということになる。

 彼らこそは、勇者が日頃訪れ教鞭を執る孤児院で養われる子供たちであった。

 孤児院を預かるのは、老齢の神官である。

 おそらくは、その静止なりを振り切り施設を抜け出し、この場へ駆けつけたに違いない……。


「みんな! 何をやっている!? 早く逃げるんだ!」


 立ち上がることもままならず上体を起こしたホッパーが、守るべき子供たちにそう叫ぶ。

 しかし、彼らは決然とした表情で新たな石を手に取ると、それを再びラトルスカに向け投げたのであった。


「逃げません!」


「先生はいつも、わたしたちを守ってくれてるもん!」


「今度は、ぼくたちが先生を守る番なんだ!」


 所詮は、子供たちの腕力による投てきである……。

 投げられた石の内、いくつかは狙いを外していたし、中には獣烈幽鬼へ届くことすらなく広場へ転がるものもあった。

 魔人どころか、普通の人間ですら大したケガとならぬだろう投石攻撃は、しかし、


「な、何を……!?」


 これまで、いかなる攻撃を受けても巨木のごとくこゆるぎもしなかったラトルスカを、二歩、三歩と後退せしめていたのである。


 無論、これなる攻撃に痛みを覚えたわけではない。

 この時、獣烈幽鬼の心に生じていたのは、驚きであり、困惑であり、そして……恐怖であった。


 ――勇者すら圧倒する我を、恐れぬのか?


 ――そんな石ころごときが、通用すると思っているのか?


 ――なぜ、このように矮小わいしょうな者たちが、我へ立ち向かえるのだ?


 強さこそが全てという魔界で生まれ育った魔人にとって、子供たちの行動はおよそ理解しかねるものである。

 未知は、恐怖を生む。

 ラトルスカはもう、肉眼ならぬ目が捉えた者たちを、ただの子供として見ることができなかった。


 ひどく不気味で、強大で、絶対に否定したい何かが、群れを成し己を攻撃しているように思えたのである。


 無敵の肉体で弾き返すことも、魔法のたぐいで応じることもなく……。

 獣烈幽鬼はただおののき、石つぶてをその身に浴び続けるのであった。


 そして、その時……。

 子供たちの体からごくわずか……ホタルのそれよりも小さい光がこぼれ、漂って行ったのだが……。


 虚像を見守る市民たちは元より、広場にいる当事者たちですらそれに気づくことはなかった。




--




「俺たちは何をしていたんだ!」


「あんな子供たちにばかり勇者様を守らせるな!」


「とにかく手近にある物を取れ! 行くぞ!」


 直近では、戦場となる広場を俯瞰ふかんする大神殿で……。

 それだけでなく、王都中各地の避難場所に隠れていた市民たちが、次々と棒きれなどを手に取り、孤児たちに続くべく飛び出す。


 避難場所の中には、人々の守護や避難誘導を請け負う騎士が配備されている場所もあったが、市民らの動きを止めることはしなかった。

 むしろ、率先して騎士剣を引き抜き、その先頭に立ったのである。

 今の王都に、戦士と市民との垣根は存在しなかった。

 誰もが熱く、燃えたぎるものを胸に宿しながら、勇者を助けるべく立ち上がっていたのだ。

 その胸に宿る炎の名を、勇気という。


 戦場へ駆けつけようとする人々から、やはり小さな光が漂い先んじて飛んで行ったが、気づく者はいない……。




--




「ショウ様……!」


 ラグネア城のバルコニーで……。

 巫女姫ティーナは、静かに両手を組むと祈りを捧げていた。


 隣を見やれば、新人王宮侍女ヌイが同じようにして祈りを捧げている。


 祈りを捧げるのは、二人の少女のみではない……。

 勇者を助けんと慌ただしく行動する男たちに置いて行かれた、女と子供たちが……。

 王都の各所から、一心不乱に祈りの念を送っていたのだ。


 祈念きねんに没頭しているためであろう……。

 その体から、小さな光が漂い飛んで行ったことへ、やはり気づく者はいなかった。




--




「ええい!? いい加減にせぬか!?」


 それは怒りというより、これ以上ただの子供に気圧けおされてはならぬという将としての矜持きょうじであったに違いない。

 獣烈幽鬼のマントが、一つの生き物がごとくうごめき性懲しょうこりもなく放たれる投石を叩き落とす。

 実にあっけなく石が落とされたことで、ようやくラトルスカは我に返った。


 そう……あまりの出来事に肝を抜かれはしたが、現実問題としてこ奴らごときに己を阻む力があるわけではない。


 ――力。


 ……魔界における唯一絶対のことわりをもって、これを制すればよいだけのことなのだ。


「そんなに勇者を守りたいのならば、いいだろう……」


 いまだ倒れ伏す勇者から向きを変え、子供たちに向け一歩、二歩とにじり寄る。


「陛下からは、つまらぬ殺戮さつりくと止められていたが……。

 ――先に貴様らから地獄へ送ってくれるわ!」


「ま、待て――!」


 制止しようとする勇者であるが、もはや死に体のこやつは己の足に手を伸ばすことすらままならぬ。


 誰にはばかることもなく……。

 邪魔な子供らを血祭りに上げるべく、獣烈幽鬼は右手を掲げ黒雷こくらいを発生させたが……。


「――何!?」


 その恐るべき魔法が、放たれることはなかった。

 広場に突き立っていた、聖斧せいふ聖杖せいじょう……。

 勇者の無力さを象徴するかのようだったそれらが、突如としてまばゆい光を放ちラトルスカの目を焼いたからである。


「――くっ!? これはっ!?」


 いや、これを単なる光と呼んでいいものかどうか……。

 二つの聖具から放たれるそれは、あまりにも熱い……。

 それはまるで、全ての生命が原点であるかのような……。

 天空に輝く太陽が、そのまま地上に落ちてきたかのような力強さを感じさせた。


「これは……」


『一体……』


 倒れる勇者と竜翔機りゅうしょうきが、呆然とした声を上げながら光の中心点を見やる。

 聖具から放たれる光は、ラトルスカの目こそ焼いたものの、それ以外の全てに対して無害であった。

 いや、それどころか……。


「力が……湧いてくる……!」


『うむ! 元気百倍じゃ!』


 圧倒的な力に打ちのめされていたはずの両者が、痛みなど感じさせない様子で立ち上がる。


「体が軽い……!」


「奴の術が解けたぞ!」


 救われたのは、勇者たちのみではない……。

 獣烈幽鬼の魔法によって拘束されていたヒルダたち竜騎士が、戒めから解き放たれ立ち上がっていた。


「これは……街中から光が……!?」


 光の中心点――突き立つ二つの聖具を見たホッパーが、異常に気づく。

 ホタルのそれよりも小さく、か細い光が……。

 王都中から聖具に降り注ぎ、増幅されてこの現象を生み出しているのである。


「く……っ!? うう……っ!?」


 圧力に押され、ラトルスカが後ずさったその時……光は一気に収束した!

 そして、一条の光線と化して――ドラグローダーに突き刺さったのである!


『どえええええ!? な、何!? 何!? なんじゃあああああっ!?』


 驚き慌てふためく竜翔機りゅうしょうきに、問答無用の変化が巻き起こった。

 バイクモードともドラゴンモードとも異なる形へ……。

 全身が折り畳まれ、変形していく……。

 しかも、その身は収縮し見る見る内に小さくなっていくのである!


『え!? 何!? ワシ、どうしたの!?』


 困惑の声と共に宙へ浮かぶそれは――バックルだ!

 まるで、飛翔する機械竜の姿を象形化しょうけいかしたかのような……。

 大型のバックルが、宙に浮かんでいるのである!


『――おおおおおっ!?』


「――む!?」


 本人の意思とは関係なく……。

 バックルへ変じたローダーが猛烈な勢いで飛翔し、ホッパーの腰へ取り付く!

 同時に、機械竜の尾部にあたる部分から強靭きょうじんなベルトが飛び出し、しっかりと勇者へ巻き付いたのである!


「――これは!?」


『――そういうことか!?』


 その瞬間、事態を飲み込めずにいた両者の脳裏へ映像ヴィジョンが浮かび上がった。


『――主殿!』


「――ああっ!」


 それは、変化した竜翔機りゅうしょうきの力と使い方を示すものであり……。

 ベルトを巻いたブラックホッパーは、映像ヴィジョンのまま、力を開放するための動作を繰り出したのである!


「真ンンン――――――――――変身ッ!」


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