Bパート 7

 ――勇者に続け!


 騎乗した正騎士たちによる一斉の突撃チャージはしかし、かんばしい成果を見せられなかった。

 騎馬兵必殺の攻撃法を阻んだのは、他でもない……。


 ――キルゴブリンの長槍パイク兵。


 ……である。

 手にした長槍パイクの石突きを地に突き立て、その支えを得て変幻自在移動自由の柵と成す……。

 古式ゆかしい対騎馬兵用の戦術であるが、このキルゴブリン共……これを実に上手くこなす。


 いかに長槍パイクが騎馬兵の天敵であると言えど、そこは徹底的に鍛えられた王国軍正騎士たちだ……防御網の一部を突き崩し、穴と化すことはできた。

 しかし、


 ――キー!


 ――キー!


 キルゴブリン共が言の葉を成せぬ声を発すれば、たちまちの内に他方や後方から増援の長槍パイク兵が送り込まれ、せっかくできた穴を塞いでしまうのである。


 最高指揮官たる大将軍ザギは勇者と一騎打ちを演じているというのに、この連携ぶり……。


 ――違う!


 ――これまで相手取ったキルゴブリンとは、ものが違う!


 言葉として口から出すことこそしないが、騎士たちの脳裏にはその思いがよぎっていた。


「うろたえるな!」


 苦戦する騎士たちを救うのは、天空からに放たれる矢である。

 敵味方問わず、放物線を描きながら弾幕として放たれているそれではない……。

 防御のおろそかな個体を狙い撃ちした狙撃として放たれる矢の主は、王国軍が誇る竜騎士たちであり、先の言葉を発したのは騎士団長たるヒルダであった。


「日頃の成果をここで見せよ!」


 激励げきれいの言葉を発しながら、愛竜にまたがったヒルダは次々と矢を放っていく。


 ――一射一殺!


 彼女がそうする度に、キルゴブリンが断末魔を上げながら爆散していった。


「わたしたちに光の魔力が与えられたのは、まさにこの時のため!

 皆の者! ここで全ての魔力を使い切るつもりで治療に当たりなさい!」


 士気を鼓舞こぶするのは、騎士団長のみではない……。

 最後方で神官団を指揮し、自らもまた惜しみなく治療の魔法を行使している巫女姫ティーナも同様であった。


 戦闘継続に支障をきたす傷を負った兵は、順次この神官団まで後退し治療を受ける……。

 これにより、王国軍は兵力の損耗を最小限に抑えることへ成功していた。


 ――竜騎士の威力、この戦場においても大なり!


 ――神官団による前線治癒、その効果抜群ばつぐんなり!


 騎士団長と巫女姫……勇者に並ぶ王国の象徴たる二人の働きは、間違いなく王国軍の背を支えていたのである。

 それはつまり、支えが必要なほど戦況がひっ迫していることを意味していた。


 竜騎士と神官団……絶大な二つのアドバンテージを得ていながらも、王国軍は押し切れない。

 どころか、むしろ魔人軍に押され始めていることを上空から俯瞰ふかんするヒルダは見て取っていたのである。


 その理由は間違いなく――勇者の苦境!


 誰かが観戦しているわけではない。

 しかし、戦場に空気として伝わる決闘のすう勢は、いかなる要素をも押しのけて戦場全体を支配していたのである。


 勇者と大将軍……両者の存在は、それほどまでにこのいくさにとって大きいものなのだ!


「――くそっ!」


「――癒しをっ!」


 ヒルダもティーナも、全ての力を振り絞る。

 できることは、それしかなかった。




--




 戦っているのは、戦地におもむいている者たちばかりではない……。

 ラグネア城に残った最低限の兵や王宮侍女たちもまた、戦っていた。

 通常の業務を粛々しゅくしゅくとこなしながらも、最悪の場合、敗走した王国軍を即座に受け入れ籠城戦へ移行する準備も進めていく……。

 直接に槍や剣を振るい、矢を射るわけではないが、これもまた一つの戦いだったのである。


 奔走ほんそうする人々の中で、八面六臂はちめんろっぴの活躍を見せていたのが他でもない……新米王宮侍女ヌイであった。


 ――その体力は、もしや無限か?


 周囲の者たちが感心するより先にいぶかしがってしまうほどに、動き回る。

 ただがむしゃらに立ち働くのではなく、その仕事ぶりたるや繊細せんさいのひと言であり、しかも、腕力においては成人した男性顔負けであった。

 後の守りを任された者たちの中で、間違いなく中核と言える働きぶりを見せていたのである。


 そのヌイが、ふと、物資の満載した木箱を抱えながら動きを止めた。


「……兄様?」


 彼女が戦場の方角を見やったのは、大将軍ザギが真の力を見せた時刻と正確に一致する。

 ヌイは木箱を置くと、しばしほうけたようにその方角を眺め続けた。

 やがて、薄い胸を押さえこむようにしながらこうつぶやいたのである。


「それだけじゃない……。

 これは……ショウ、様……?」


 彼女が押さえている場所は、かつて赤光狼魔しゃっこうろうまと化した際、魔人王から授かった力の中核が浮かび上がっていた部位であった。




--




「く……う……!」


 同時刻……。

 致命傷は避けながらも満身創痍まんしんそういと化したギガントホッパーは、それでも再び立ち上がっていた。

 彼を支えているのが、改造人間としての生命力であることは疑う余地もない。

 しかし、それよりも大きいのは勇気であり、戦意であり、そして……使命感である。


 ――負けられぬ!


 ――おれの戦いに、負けは許されぬのだ!


 かつて、秘密結社コブラと戦った際……彼はその背に人類の自由を背負っていた。

 そして、今はそこに、この世界で出会った人々の命運を背負っているのだ。

 不撓不屈ふとうふくつの四文字で済ますには、あまりに苛烈な覚悟と決意がホッパーを立たせていた。


「こおおおおっ…………………………!」


 呼気を整えながら、眼前の黄光剣魔おうこうけんまが最も得意とするかすみの構えを取る。


 ――次でこそ仕留める!


 言葉にはせずとも、その意志がにじみ出した所作であった。

 そして、次にこやつが動き出せば――その意志はおそらく実現する!


 ――力が!


 ――力が欲しい!


 ――奴を上回る力が!


 ホッパーの体内に埋め込まれし輝石きせきリブラが、激しく鳴動する……。

 それはまるで、高鳴った心臓の鼓動がごときであり……。


「――しゃっ!」


 身構えるホッパーを前にしたザギが、必殺の踏み込みを見せた!


 ――気のせいではない。


 これまでは瞬時に視界からかき消えていた剣魔の動きを、ホッパーはしかと捉えていたのである!

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