Aパート 5

 卓上には焼肉屋で使われるような炭火のコンロが設置され……。

 その火を受けた鍋の中では、たっぷりの植物油が出番を待ちわびながら煮立てられている……。


 並べられた大皿を彩るのは、適切な大きさに切り分けられたパン、肉、野菜……そして海産物に強い王都ラグネアらしく、色とりどりの魚介類だ。


 ――オイルフォンデュー。


 日本人のおれにはあまり馴染みのない食事形式だが、ここレクシア王国にあっては特別な意味を持つ料理である。

 その意味とは、他でもない……。


 ――戦勝祈願。


 ……であった。


 千年前のかつて……。

 先代の勇者やティーナの先祖たる初代巫女たちは大戦おおいくさのぞむ前夜、親しい仲間たちと共に油の煮え立った鍋を囲み、それで各々食材を揚げて食したという……。

 その古事が転じて、レクシアでは大一番の舞台に挑む際、家族や仲間と共に油の煮え立つ鍋を囲むようになったという話だ。


 おれの感覚でいくならば、受験や博打を目前にした際、カツ丼を食べるようなものである。

 大将軍ザギの襲来とおれに突き付けられた挑戦状について聞いたティーナが、この席を用意してくれたのだ。


 円卓を囲むのはおれ、ティーナ、ヒルダさん、レッカといういつもの顔ぶれである。

 給仕の大役を務めるのはヌイであり、これは本人の仕事ぶりもさることながら、直接ザギと接触したがゆえであった。


「……では、あなたに接触したザギめは、ショウ様の居場所を聞き出そうとしていたと?」


 銀製の串に刺したパンを鍋に投じながら、ティーナはそう確認の言葉を投げる。


「……はい。

 どうしても一目見たいという平民を装って……あたしから話を聞き出そうとしました……」


 ヌイの言葉はまったくの嘘であり、ティーナの勘働きを騙し通せるような代物ではない。

 しかし、ティーナは一瞬おれに目を向けた後……頃合いに揚がったパンを受け皿に取り、黙ってそれを食した。


「大方、戦闘者としての血が騒いで一刻も早く立ち合いたくなったのであろうよ……。

 まったく、敵ながらせっかちなやつじゃ」


 食材を生のまま取り皿に取り、それを次々と口へ運びながらレッカが言う――あいつもお前にだけは言われたくあるまい。


「問題は、次にいつ、どのように仕掛けてくるか……か」


 職業柄、どうしても血肉が欲しくなるのだろう。

 肉を選んではこれを揚げて食しながら、ヒルダさんが思案気に眉を寄せた。


「いつかは分からぬ……だが、どのように仕掛けてくるかは、見当がつく」


 おれは各種食材をバランスよく選んで揚げると、他の皆とは違いすぐには食べず取り皿によそっていった。

 そしてそれを指さしながら、断言する。


「奴は騎士たちを見回しながら、楽しめるだろうと漏らしていた……。

 ならば、導き出される結論は一つしかない。

 ――合戦だ。

 敵味方、入り乱れての、な……」


 取り皿によそわれた、色とりどりの揚げ立て食材たち……。

 おれはそれを通して、そう遠くはないだろう戦場の様相を幻視げんしした。


「あの女怪ブロゴーンの時と同じことが、起こるということですか?」


 その取り皿をレッカに譲り渡すおれを見ながら、ティーナが問いかける。


「いえ……恐らくは、それ以上の攻勢となるでしょう」


 ヌイからグラスに果汁水を注がれつつ、ヒルダさんがそれを否定した。


「あのブロゴーンという魔人は、あくまでも配下の兵を借り受けていたに過ぎず、その兵法もお粗末なものでした。

 しかし、此度こたび相手取るのは仮にも大将軍を名乗る敵軍の首魁しゅかい……。

 以前のように、こちらが一方的な優勢を得ることは難しいと考えるべきです」


「じゃが、あの時と違い今回は主殿が最初から健在じゃ!」


 おれが譲ってやった取り皿を空にし、調理することの恩恵おんけいを理解したのか、レッカが自分でも串に食材を刺しながらそう言い切る。


「我らが一つとなれば、魔人の軍勢など恐るるに足らず!

 ひと息に突破し、大将軍めを討ち取ってくれるわ!」


「ふ……頼もしいことを言ってくれる」


 こうして皆で食事を取りながら話していると、かつての日々が思い出された。

 おやっさん……ナガレ……ミドリさん……。

 秘密結社コブラを壊滅できたのは、おれ一人の力ではない。

 共に支え合い、共闘してくれる仲間たちがいたからこそ、それがかなったのだ。


 そして今、おれの周囲には同じく頼もしい仲間たちがこうして存在してくれている。

 ここにいる彼女らだけではない……。

 共に訓練で汗を流し合う騎士たち……。

 何かと世話を焼いてくれる王宮侍女の皆さん……。

 街中を歩いていると、気さくに声をかけてくれる市民たち……。

 異世界から渡り来た男の授業を素直に聞き、よく学んでくれている孤児院の子供たち……。

 全てが繋がっているのだ。


 大将軍ザギよ……もしもおれ一人で迎え撃つのならば、貴様にかなわないかもしれない。

 だが、貴様が相手取るのはブラックホッパーだけではない。

 このラグネアに生きる全ての人々が、おれと共に戦い、あるいは支えてくれているのだ。


 ――必ず勝つ!


 その思いを胸に抱き、それはそれとしてそろそろ自分で食べる分を揚げるべく銀製の串を手に取ったのだが……果たして。

 大皿の上ではもう――肉も魚介類も全滅していたのである!


 この世界に来て得た新たな仲間たちは、全員食べ盛りな年齢の女子たちであり、ついでに大食漢の聖竜も混じっていた。


「うん……美味しい!」


 そのようなわけで、おれは異世界のパンと野菜を心ゆくまで楽しむことになったのである。




--




 会食の後……。

 来たるべき決戦に備え、それぞれ仕事に戻ったティーナとヒルダさん……そして、昼寝を楽しむべく部屋に帰ったレッカを見送り、おれとヌイは部屋の中で向かい合っていた。


 そうしている理由は他でもない……。

 決意の、確認である。


「ヌイ……今度の戦いで、おれはザギとの決着を付けることになるだろう」


「……ん」


 おれの視線を真っ直ぐに受け止め、ヌイがうなずく。


「当然ながら、負けるつもりはない。おれの戦いに負けは許されない。

 ――おれは、君の兄を倒すことになる」


「……大丈夫。

 人間になったあの時から、あたしはもう、このことを覚悟していたから……」


「そうか……」


 ――覚悟。


 その二文字に宿る響きの、なんと重たいことだろうか……。

 それ以上はかけるべく言葉も見つからず、おれは黙りこくった。


「ただ……気をつけて欲しい……」


 そんなおれを見ながら、ヌイは心配気にそう告げる。


「兄様は……ザギは……あたし以上に陛下から……魔人王から力を強く注がれている……。

 多分……あの時に見せたのは力の全てじゃない……」


「そうか……いや、そうだな……」


 ……あの時。

 ザギは明らかに余力を残していた。

 果たしてそれが、どれほどのものであるか……。

 かつてない死闘の予感に、おれは身を震わせ……。

 それに呼応したのか、体内に埋め込まれた輝石きせきリブラがわずかに鳴動を発した。

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